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通帳にいくら数字が並んでいても、認知症になってしまえば自由にはならない(写真:アフロ

都内に住む女性(55)は、一人暮らしの母親(80代)のことが心配で仕方がないという。

「最近、母は物忘れが激しくなって、トラブルも増えてきました。このまま判断能力が低下して、『意思の疎通ができない』と判断されると、銀行の口座が凍結されるということをニュースで聞きました。

もし、そうなったらお金は私たち家族が肩代わりすることになるので不安です」(女性)

年末年始は実家にきょうだいが全員集まるので、対策を考えたいと思っているそうだ。

「金融機関で『意思の疎通ができない』と判断されると、預貯金の引き出しや口座の解約などの手続きができなくなります。口座凍結を避けるためにも、親御さんが元気なうちに『将来、認知症になったらどうするのか』といったことを、きょうだいと相談しておく必要があります」

行政書士で相続・終活コンサルタントの明石久美さんがそう語る。

判断能力が低下した場合は成年後見制度の「法定後見人」に財産を管理してもらうことになる。法定後見人は家庭裁判所が弁護士や司法書士など専門家のなかから選ぶ。その報酬は管理財産額によっても違うが、月2万~6万円が目安とされている。家族にとっては少なくとも年24万円ほどの想定外の出費になる。

預貯金の引き出しや不動産の売却などの手続きができなくなるといったトラブルから財産を守る方法は2つある。「家族信託」と成年後見制度の「任意後見契約」だ。

■親が長生きすると家族信託のほうが安く済む場合が

「家族信託は本人の判断能力が低下する前に、信頼できる家族に財産の管理や処分をまかせる方法です。信託できる財産は、現金、土地や建物といった不動産(農地を除く)、株や国債などの有価証券(証券会社による)のほか、ペットなどの動産や著作権特許権などの知的財産権も可能です。

お母さんが所有している財産を長女に預けたいというケースでは、お母さんが『委託者』で『受益者』、長女が『受託者』になり、委託者と受託者の間で契約書を交わします」(明石さん、以下同)

家族信託の費用は、信託契約コンサルタント料などとして専門家への報酬が、信託財産の1%程度かかる。

一方の「任意後見」は、あらかじめ家族、専門家など依頼したい相手と公正証書で契約をしておき、判断能力が低下したときに任意後見人になってもらいスタートする。

契約をスタートさせる際には、家庭裁判所への申し立てが必要となるほか、任意後見監督人が選任され、その報酬(月1万~3万円ほど)が別途発生する。

「家族信託」を利用して、3千万円の自宅と、1千万円の現金を信託財産にあてたケースでは専門家の報酬、不動産登記の手続き、公正証書の費用などを含めて100万円程度の初期費用がかかる。

「任意後見」がスタートしてから毎月かかるコストを比較すると、長生きすると家族信託のほうが安く済む場合があり、それが家族信託に注目が集まる要因の一つとなっている。

また、自宅などの居住用不動産の売却は、「任意後見」では任意後見監督人の同意が必要だが、家族信託では不動産を受託者の名義に登記変更するため、受託者が必要に応じて売却できる。

■契約書は司法書士など専門家に相談しよう

では、「家族信託」は、どのように手続きを進めたらいいのか。明石さんに教えてもらった。

【1】専門家に相談する

家族信託の仕組みとメリット・デメリットを理解したうえで、自分たちが相談したい内容をまとめておこう。きょうだいが全員そろって意見がまとまると、後からトラブルを防ぐことができる。

「契約書を家族が作成することは否定されていません。そのほうが費用はかからないと思うかもしれませんが、自己流で作成した契約書では、不備があると使えない契約書になります。中立な立場でアドバイスをしてくれる専門家にお願いしたほうがスムーズに手続きが進みます」

【2】信託契約の内容を決める

専門家が作成したたたき台「提案書」をもとに、疑問点をクリアしていこう。

「図のケースでは母が委託者で、受益者、娘が受託者になります。

母名義の実家と現金(専用口座で管理)の一部を信託財産にします。母の判断能力が低下したら受託者である娘が実家の売却等を行えるので、売却益を介護施設等の入居費用にあてることができます。

また、家族信託にした現金の一部から、固定資産税などの費用の支払いもできます。さらに毎月、一定額の金額を生活費として母に渡すこともできます」

提案書の内容をもとに作成された「信託契約書」を確認しながら、準備を進めていく。

【3】公証役場で信託契約書を締結する

「信託契約書」を法的に有効なものにするため、公証役場に専門家と行き、公正証書にする。費用は信託財産の額にもよるが3万〜10万円程度。書面に署名と捺印をするので、必要なものは事前に確認しておくと手続きはスムーズにいく。

【4】信託財産の手続きをする

信託する現金は、金融機関で「信託口口座」を開設して入金するなどの手続きをする。

信託財産が自宅など不動産の場合には、司法書士に信託不動産の登記をしてもらう必要があるので、報酬と登録免許税がかかる。

契約が完了したら「家族信託」がスタート。

「注意点はいくつかあります。認知症になった親が施設に入居する場合、受託者である子どもが親の代理人として入居契約をすることができません。また、信託財産は相続財産ではなくなるため、親が亡くなったら信託契約の内容に従って処理されます。信託財産と相続財産の割合や内容によっては、家族間でトラブルにもなりかねないので、『遺言書』も同時に作成し、信託契約書の内容を決めたほうがいいでしょう」

長い介護生活になった場合でもラクに過ごすために、早めに親子間で話し合っておこう。