大災害によって建物が崩壊したソウル。残された一棟のアパートに避難する生存者たちと、住居や食料を求めて押し寄せる“よそ者”たち。アカデミー賞国際長編映画賞韓国代表に選ばれ、トロント国際映画祭など海外映画祭に出品されて話題となった『コンクリートユートピア』が公開中。イ・ビョンホン、パク・ソジュン、パク・ボヨン、パク・ジフと人気俳優が共演していることも話題だ。MOVIE WALKER PRESSでは、ファングンアパートのカリスマ的リーダーを演じたイ・ビョンホンと、独立系映画出身で今作が初の大作映画となるオム・テファ監督に独占インタビューを行った。

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※本インタビューは2023年に実施されたものです。本記事には、地震を想起させる表現が含まれることを、あらかじめご了承ください。

■「最初に脚本を読んで『いいな』と思ったのは、キム・ソニョンさんが演じた婦人会会長のグメ」(イ・ビョンホン)

コンクリートユートピア』は、人気ウェブトゥーンが原作。凄惨な舞台設定を映像で再現するために巨大なセットが作られ、CG制作にも充分時間をかけたと言う。オム・テファ監督は、「ウェブトーン原作だからというより、原作が持つ漫画的な部分にどうリアリティを持たせるかを基盤に脚本と演出を練りました」と語る。原作では第二部にあたるアパート内外の混乱を物語の核に置き、能動的なキャラクターを主役に設定した。その能動的なキャラクター、ヨンタクを演じるのは韓国を代表する大スター、イ・ビョンホン。一見地味な男だが、アパート内で起きた火災に危険を顧みずに対処した行動力を買われ、住民代表に選出される。権力を得て傲慢さを見せ始めるヨンタク、住人たちを従えカラオケに興じるヨンタク、さらに豹変するヨンタク…と、イ・ビョンホンの七変化は今作の見どころの一つでもある。

目を見開き体を張った演技を見せたイ・ビョンホンは、「変身するために作品を選んでいるわけではないです」と断り、今作における役作りについてこう語る。「以前演じた役と似たようなキャラクターだとしても、その人物にはまるよう努力をして演じると、結果的に今までと違う表現ができているような気がします。同じキャラクターを演じているわけではないので、当然ですよね。今回は、脚本の段階で監督と話し合い、アイデアを出し合いました。人間とは、就いたポジションによって少しずつ変わっていくものです。ヨンタクの場合は権力を得て強気になっていく。あまりにも過度に変化を見せると演じる側としても感情移入が難しいので、客観的に見て『自分でもああなるかもしれないな』という程度に抑えました。観客が納得してくれるくらいの説得力のある変化を目指しました。そういう変化は過程がおもしろそうだな、と感じました」。

ちなみに今作はほぼ時系列通りの撮影順だったので、感情の流れも継続しやすかったという。イ・ビョンホンは、「たまに、次のシーンを撮るまで1か月以上空いたりすることがあるんです。そうすると、キャラクターを思い出すのも大変です。こうやってインタビューを受けるときも、パンデミック前に撮った作品だったりすると、3年くらい空いているわけです。監督や共演者たちが集まった時に『あれ、君も出演してたっけ?』という確認から始まったりする(笑)」と笑う。

イ・ビョンホンは近作だけでも、『KCIA 南山の部長たち』(20)、『非常宣言』(22)、ドラマ「イカゲーム」や「私たちのブルース」など作品ごとに違う顔を見せてきたが、いままで演じたことがない、挑戦してみたい役は「特にありません」と言う。「良いストーリーに出会いたいとは思うけれど、こういう役を演じてみたいとは考えないほうです。良い物語に出会うと、どんな役でも一緒にやりたいと渇望します」と言いながら、「『コンクリートユートピア』は役柄を聞かずに脚本を読みましたが、最初に『いいな』と思ったのは、キム・ソニョンさんが演じた婦人会会長のグメでした」と明かしてくれた。

■「韓国でポスト・アポカリプス(終末世界)を描くのに、アパートほど適切な場所はない」(オム・テファ監督)

災害後の避難場所として、アパートは住民のユートピアとなる。オム・テファ監督は「アパートという空間に対して韓国人が持つ特別な感情と情緒を描きたかった」と語り、とても韓国らしい作品だと自認する。「アパートもそうですが、家族に対する考え方も国によって違いますよね。アパートは富の象徴でもあり、分断を生む原因にもなる。韓国の高度成長期に、国が主導してたくさんの住民を収容できるアパートを建設しました。発展と共にアパートの数は増え、今ではブランドアパートメントやラグジュアリーアパートメントといったものも現れ、富の象徴として住宅形態が捉えられています。これは最近の韓国ならではの問題なのではないかと思います。国民の50%以上がアパートに住んでいて、僕自身もアパートで育ちました。韓国におけるポスト・アポカリプス(終末世界)を描くのに、アパートほど適切な場所はないと思ったのです」。ハリウッド映画にも出演しているイ・ビョンホンは、「韓国におけるアパートは、政治、社会、歴史、文化的に様々な文脈を持っています。なので、日本や外国の方々がどうご覧になるのかとても気になっています」と、世界での受け取られ方にも期待を寄せる。

オム・テファ監督は、グラフィック・デザインを学んでいた大学時代に短編映画を撮り始め、オムニバス映画『美しい夜、残酷な朝』の1篇であるパク・チャヌク監督の『cut』(04)、『復讐者に哀れみを』(05)に監督アシスタントとして参加。師匠のパク・チャヌク監督から学んだことは、「ディテールの重要性」で、『コンクリートユートピア』は3階建の巨大なセットを建築し、小道具にも実際に再開発で廃棄された資材を用いた。今作の編集中にはパク・チャヌク監督が全編をくまなく見て、1シーン1シーン講評をしてくれたという。

オム・テファ監督は2011年に韓国映画アカデミー(KAFA)に入学し、初長編作品『イントゥギ』(12)で注目を集めた。ちなみに『イントゥギ』の主演は、監督の弟のオム・テグ。子どものころはお互いに映画を志しているとは知らず、オム・テファ監督が短編映画を作る際に、劇中で実際に髪を切る役を誰にも頼めず、弟のオム・テグに頼んだのが兄弟コラボレーションの出発点だったという。オム・テグは『コンクリートユートピア』にも印象的な役で出演しているが、キャスティング理由は「この役は声がとても大事でした。誰かいないかな…と思っていたら、弟が思い浮かんだんです」と語っている。

オム・テグが演じた浮浪者の役は劇中ではっきりとは描かれていないディストピア世界のヒントを与える。だが、オム・テファ監督はこの作品を悲劇とは捉えていないそうだ。「この映画が描いていることは適切な解決策ではないでしょう。でも、やがて天候が回復すれば、だんだん人々の心も溶け協力し合うようになるかもしれません。一つのおにぎりにその希望を込めました」と語る。そして、「撮影中もこういう話をしていました。大地震で崩壊しなかったアパートは他にもあるはずで、そこにはそれぞれの住民がそれぞれのコミュニティを形成し暮らしているでしょう。ということは、続編やシーズン2、シーズン3では違う物語を描くことができます」と、イ・ビョンホンは希望のある展望を話してくれた。

取材・文/平井伊都子

『コンクリート・ユートピア』に主演したイ・ビョンホン&オム・テファ監督にインタビュー/[c]2023 LOTTE ENTERTAINMENT & CLIMAX STUDIO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.