130以上の国や地域で事業を展開し、売上高の約60%を海外事業が占めるグローバル企業、味の素うま味調味料である「味の素」を武器に、どのように世界の食品市場を攻略してきたのか。作家の黒木亮氏は、著書『地球行商人―味の素グリーンベレー』(中央公論新社)で、同社の海外進出の手法をつぶさに解き明かした。前編となる本記事では、米陸軍特殊部隊と同じ異名を持つ、直販部隊を指揮する日本人社員たち「味の素グリーンベレー」の活動の様子や、独自の戦略について話を聞いた。(前編/全2回)

JBpressですべての写真や図表を見る

■【前編】文化も食生活もまったく違う異国の地で、なぜ味の素は市場を攻略できたのか?(今回)
■【後編】海外市場で商品を徹底的に現地化、それでも味の素が失わない日本的な良さとは

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

「味の素」が世界各国で受け入れられる理由

――ご著書『地球行商人―味の素グリーンベレー』では、アジアや南米、アフリカなど、世界各国の市場を回りながら、地道に味の素やその他の商品を広めていく「味の素グリーンベレー」の活動が描かれています。そもそもなぜ、味の素に注目したのでしょうか。

黒木亮氏(以下敬称略) 味の素の海外進出について興味を持ったのは、本書のカバーにもなっている宇治弘晃氏(元エジプト味の素食品社社長。現在は味の素ファンデーションのシニアアドバイザー)と知り合ったことがきっかけです。私は1990年代後半に、証券会社の事務所長としてベトナムハノイに駐在し、そこで彼と出会いました。

 宇治氏から「味の素を広めるために、とても地道な活動をしている」という話を聞かせてもらったのですが、それが非常に面白かったです。そして、2016年に私が別件でエジプトに行った際に、宇治氏と再会しました。その時、彼はエジプト味の素食品社の社長だったので、詳しい話を聞いたり、行商を取材させてもらったりしました。

 私は元々、作品のテーマとしては、人の汗や葛藤、苦労などを感じられるものが面白いと思っています。宇治氏の話を聞いて、味の素もそういう面白さがあると思って取り上げることにしました。

――「味の素」は、世界130の国と地域で販売されており、人々の食生活に欠かせないものとなっています。味覚も文化も違う外国人に、ここまで「味の素」が受け入れられた秘訣は何だと思いますか。

黒木 第一に、やはり製品が良いからでしょう。「『味の素』を料理に入れたらおいしくなる」という事実がないと、営業マンがどれだけ努力しても売れません。世界中で受け入れられているところを見ると、うま味は世界共通の感覚なのだと思います。

 次に、世界では珍しい直販体制をとっていることです。卸問屋を通さず、市場の小売店を直接1軒1軒回って地道に売っていくことで、その土地の人々の食卓に「味の素」を根付かせるよう努力を重ねてきました。そのことが功を奏したのだと思います。

直販方式を続ける陰にあった「現地社員への徹底した営業教育」

――本書では、現地の人を雇い、基本的な礼儀作法、規律やチームワーク、しゃべるだけでなく商品を見せて、手に取らせて売り込む営業方法「トーク、ショウ、タッチ(TST)」などを徹底して教え込み、営業マンとして育て上げていく様子が描かれています。国によっては仕事に対していい加減な人が多いなど、現地の人の育成が大変だったことと思います。

黒木 海外で味の素のように直販方式をとっている日本の会社はあまりありません。言葉や文化の壁がある中で、直販方式に馴染みがない現地の社員に営業のやり方を教え込むのは本当に大変だったと思います。

 そうした中、味の素では現地スタッフに対する指導を一切妥協することなく行ってきました。海外の人たちは、日本人ほど緻密かつ勤勉には働きません。そんな彼らに対して、規律や「顧客志向」を徹底して教え込み、仕事をさせるのは容易なことではありません。

 例えば、エジプトの人は、自分が汗水を流して人に頭を下げてセールスをしている姿を見られるのは恥だと考えます。そのため、「この地域は親戚がいるから担当を変えてくれ」などと平気で言ってくるわけです。アラブはある意味で日本とは対極にある文化なので、そこに日本的な直販方式を根付かせるまでには、かなりの苦労があったようです。

 日本企業が海外に進出する場合、「これがこの国の文化だから」と妥協してしまうケースが非常に多く見られます。しかし、味の素の人たちは一切妥協しませんでした。

――海外で、現地の人に日本人と同じように顧客志向を持ち、働いてもらうのは難しいのですね。

黒木 実は、海外の人たちも自分が客の立場である時は「本当にわが国のサービスはひどい!」と憤慨したりします。ですから、サービスに対する概念はあるし、顧客志向は世界共通のものなのでしょう。味の素はその点に着目し、世界中どこであっても顧客志向を貫き通しました。

 そのため、味の素では「顧客志向を貫ける資質がない人」は現地では採用しないようにしていました。特に、リテール(小売り)営業は地道な繰り返しをしなければならない仕事です。ですから、プライドの高い大卒の人は、ほとんど採用していません。

 ベトナムでもエジプトでも最初は大卒の人を採っていたけれど、彼らはプライドが高く、要求通りの働き方をしてくれなかったそうです。とはいえ、中卒だと必要な計算ができない人が多い。そのため、高卒の人を雇ってリテール営業を行うようになりました。

 このように、まずは味の素の営業スタイルについていける人を採用します。そして、彼らを第一線の営業マンとして鍛える育成方法をとっています。そうすることで、顧客志向を妥協せずに貫き通すことができているのです。

海外市場開拓チームを「グリーンベレー」たらしめた優れた能力

――黒木さんは、どこに「味の素グリーンベレー」のすごさを感じていますか。

黒木 まず一つは、やはり非常に精神的にタフなところです。海外で仕事をしていると、文化的な衝突などが起こるものです。裁判沙汰になるのはしょっちゅうですし、日本人社員が逮捕されるような事態も起きます。そのため、そういったトラブルを乗り越えられるタフネスさが重要です。

 もう一つは、コミュニケーション能力の高さです。本書に出てくる営業の宇治さんや研究開発の小林健一さんなどは、元々語学が堪能だった人たちではありません。しかし、コミュニケーションを取るのがとてもうまいのです。海外では語学力以上にコミュニケーション能力、すなわち現地社員と同じ高さの目線を持ち、彼らの仲間として自然に溶け込んでいける人柄が大事なのだと、取材を通じて改めて認識させられました。本書には書きませんでしたが、こうした能力を持っていないことで、「味の素グリーンベレー」から脱落していった人もいたようです。

 また、組織の統制が非常によく取れていることも注目すべきポイントです。現地の社員を含め、規律や統制を重んじているところは、さすがに「グリーンベレー」と呼ばれるだけあると感じました。

――海外で活躍できなかった人には、どのような能力・資質が足りなかったと考えられますか。

黒木 現地の暮らしに興味を持てない人、日本のように清潔で整った環境でなければ生活できない人は、海外で活躍することが難しいと思います。海外市場の開拓を成し遂げる人の条件としては、現地の文化や暮らしに興味を持っていること、快適な環境でなくても楽しく生活できること、色々な意味で精神的な余裕を持っていることなどが挙げられると思います。

――商品開発の際に現地の料理を作ってもらい、その土地の味を学ぶ様子が印象的でした。

黒木 例えば、海外の寿司屋に行くと、日本の寿司とは全然違うものが出てきます。ご飯が酢飯でなかったり、突拍子もないネタを使っていたり、変わったソースがかかっていたりとか。しかし、現地の人にとってはそれがおいしいわけです。そのため、正統派の寿司よりもそちらの方が売れるわけです。それと同じで、味の素の人たちは現地の人の味覚を常に考えて、その上で営業や研究開発をする姿勢を持っています。
 
 ひと口に「現地の味覚に合わせる」と言っても、実際は大変なことです。彼らはナイジェリアの道端にある堀立小屋の一膳飯屋とか、手づかみで食べるインドの大衆食堂とか、コムビンザン(米平民)と呼ばれるベトナムの露店の食べ物屋など、一見普通の日本人が不安になるような店で、庶民と同じものを食べて現地の味を学んでいます。

 私も一緒に同行しましたが、本当に現地に根ざして生活していることに感心しました。味の素の本社の社長や役員も出張で来た時は、同じように現地のものを食べると聞いています。味の素が本当に徹底して海外の市場開拓を進めているとわかるエピソードではないでしょうか。

【後編に続く】海外市場で商品を徹底的に現地化、それでも味の素が失わない日本的な良さとは

■【前編】文化も食生活もまったく違う異国の地で、なぜ味の素は市場を攻略できたのか?(今回)
■【後編】海外市場で商品を徹底的に現地化、それでも味の素が失わない日本的な良さとは

<著者フォロー機能のご案内>
無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
会員登録(無料)はこちらから

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「失敗」を糧に、味の素食品が見出したスマートファクトリー化実現のカギとは

[関連記事]

サイゼリヤ社長を13年務めた堀埜一成氏が語る、企業変革に必要な「図々しさ」

味の素が実証、PBR1倍割れを3倍に跳ね上げた「無形資産」重視経営の真価

作家 黒木亮氏(提供:中央公論新社)