スペイン生まれの戦闘機HA-1112「ブチョン」は、ドイツの名機メッサーシュミットBf109と似ています。なぜ似ているのか、実はそこに出自の秘密が隠されていました。しかも実戦経験は皆無なのに、「とある戦場」では大活躍しているそうです。

名前知らなくても映画などで見たことあるハズ!

ドイツが生んだ傑作戦闘機メッサーシュミットBf109。そんな名機にソックリの機体がスペインにあります。同機の名はイスパノHA-1112。日本ではあまり知名度は高くはありませんが、実は「とある戦場」で大活躍してきた戦績を誇っています。

一体、このイスパノHA-1112とはどのような飛行機で、「とある戦場」とはどこなのでしょうか。

そもそも、Bf109とHA-1112はまったくの無関係でもありません。ドイツで開発されたBf109は、第2次世界大戦を最初から最後まで戦い抜いた名戦闘機で、その生産機数は戦闘機として世界最多の3万3984機(異説あり)と伝えられます。

初陣は、1936年から1939年にかけて起きたスペイン内戦第2次世界大戦の前哨戦と言われたりもするこの戦いでは、ドイツイタリアの支援を受けたフランコ将軍の反乱軍が最終的な勝利を収め、以降、フランコは同国の初代総統として、「世話になった」両国と良好な関係を保ちます。

このような流れの中で、第2次世界大戦勃発後の1942年スペインメッサーシュミットBf109G-2のライセンス生産に関する契約をドイツと結びます。ただこの時、エンジンやプロペラ、機関銃など国産化に時間がかかる機材はドイツから輸入することとしたので、スペイン国内で製造されるのは、機体を中心とした一部部材に留められました。

そのため、スペインには半完成の機体が複数と設計図の一部が提供されたものの、戦局の悪化にともなって、エンジンなど肝心の部材はドイツからの提供が滞ってしまいました。

そこでスペインは、自国で製造するエンジンを組み合わせることを企画します。こうして生まれたのが、HA-1109-J1Lです。

かつて敵だった戦闘機どうしを「合体」!

HA-1109-J1Lは、スペイン飛行機メーカーであるイスパノ社が、同国国内に残置されていた未完成Bf109に、自社製のイスパノ・スイザ12Z液冷エンジンを搭載したものでした。これによって、何とか使える戦闘機を手に入れたスペインは、この技術を基にドイツの敗戦後もHA-1109-J1Lを量産し続けます。

その後、各部を改善しエンジン出力を向上させた発展型としてHA-1112-K1Lを開発。1951年に初飛行を成功させると、同機を65機生産しました。

このHA-1112-K1Lのさらなる性能向上型がHA-1112-M1Lになります。こちらは1954年3月29日に初飛行しました。本型はイスパノ・エンジンに代えて、かつてはBf109のライバルとしてたびたび戦ったイギリスのスーパーマリン「スピットファイア」やアメリカのノースアメリカンP-51マスタング」に搭載されていたロールスロイスマーリン」液冷エンジンを搭載したのが特徴です。

第2次世界大戦中には考えられない敵同士の戦闘機部材のニコイチ。こうして生まれたHA-1112-M1Lは172機が生産され、1965年12月27日まで現役でした。

なお、オリジナルのBf109G-2にはダイムラーベンツDB605液冷エンジンが搭載されていたため、機首周りはほっそりとしていましたが、ロールスロイス製の「マーリン」を搭載したことで、HA-1112-M1Lの機首は下部が張り出すシルエットとなりました。

ちなみに、この「顎下が張り出した」スタイルから、「ブチョン」という愛称で呼ばれるようになります。ブチョンとはスペイン語でポーター種の鳩のことで、本種は頭の直下にある首部分の素嚢(そのう)が前に膨らんでおり、これがHA-1112-M1Lの機首下部の張り出しに通ずるとして付けられたといわれます。

結局、「ブチョン」が戦火の洗礼を受けることはありませんでした。では、冒頭に記した「とある戦場」で大活躍、とはどこかというと、それは銀幕の中です。

オリジナルの代役として「実戦」デビュー

大戦終結からしばらく経つと、Bf109は母国ドイツが敗戦国だったこともあって、飛行可能な機体が著しく少なくなりました。そこで、「代役」として白羽の矢が立ったのが、前述した経緯から見た目がよく似ていたHA-1112-M1Lでした。

まず1つめは、1957年公開の『撃墜王 アフリカの星』。この映画は、ドイツが誇る撃墜王で「アフリカの星」ことハンスヨアヒムヴァルタールドルフジークフリートマルセイユの生涯を描いたものですが、劇中でドイツの名優ヨアヒム・ハンセン演じる主人公マルセイユの乗機として「出演」しています。

その後、1969年に公開されたバトル・オブ・ブリテンを描いた超大作『空軍大戦略』では、イギリス空軍の「スピットファイア」や「ハリケーン」といった往年の名機を相手にスクリーン上で激戦を展開しました。

また1990年に公開された『メンフィス・ベル』は、ドイツを爆撃するボーイングB-17「フライングフォートレス爆撃機を描いた物語ですが、ここでも劇中、ドイツ軍機の役でB-17を追い回す敵機としてスクリーンの中を飛び回っています。

最近でも、2017年公開の『ダンケルク』において、英仏海峡上空で「スピットファイア」と「戦って」いました。

2023年現在もHA-1112-M1L「ブチョン」には、まだ飛行可能な機体が何機も残っています。しかも、中にはエンジンをオリジナルのBf109が積んでいたダイムラーベンツDB601やDB605に換装し、「顎下の素嚢」を切除することで「先祖返り」した機体もあります。

傑作機Bf109は、第2次世界大戦を描いた映画やドラマでは常連といえるほど、よく出てきます。なので、今後もその代役として本機の「銀幕の戦場」での活躍が続くのは確実です。

スペインが開発・量産したHA-1112-M1L戦闘機(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。