インフレについて、現状と今後について考えるうえで、重要なものが「脱炭素化の流れ」と「人口構造の変化」です。本記事では、元IMF(国際通貨基金)エコノミスト東京都立大学経済経営学部教授の宮本弘曉氏による著書『一人負けニッポンの勝機 世界インフレと日本の未来』(ウェッジ社)から、脱炭素化と高齢化がもたらすインフレへの影響について解説します。

考えなくてはいけない、構造的なインフレ

現在進行中のインフレはコロナ禍が主要な原因であり、それにロシアによるウクライナ侵攻が拍車をかけている形ですが、足元そして今後のインフレを考えるうえで重要なものが2つあります。

脱炭素化の流れと人口構造の変化です。それぞれについて見ていきましょう。

広がる「グリーンフレーション」

「グリーンフレーション」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? これは、脱炭素化など地球環境に配慮して経済活動を行うことを表す「グリーン」という言葉と、インフレーションを組み合わせた造語で、脱炭素化に伴う物価上昇を指します。

地球温暖化による気候変動は、私たちが直面する最大の課題です。経済はもちろんのこと、人間生活に壊滅的な打撃を与える可能性が高いと考えられています。

例えば、世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書2023」では、今後10年間に発生する可能性が高いグローバルリスクの上位5位のうち、4つが環境リスクに関連しています。

このような状況を受け、世界各国は気候変動対策に取り組んでいます。地球温暖化の原因とされる温室効果ガスの排出量をネットゼロにする脱炭素化の動きが急速に進んでいます※1。

※1 ネットゼロとは、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることで、温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いた合計がゼロとなる実質ゼロを指す言葉です。

日本では、2020年に菅前首相が2050年までに温室効果ガスの排出をネットゼロにする方針を掲げました。アメリカ、イギリス、EUも2050年までに温室効果ガスを実質ゼロにすることを目指しています。

「脱炭素」重要の高まりにより価格が高騰

このような脱炭素化の取り組みが物価上昇を招くと考えられています。

国際社会が脱炭素化へと舵を切る中、石油や石炭などの化石燃料への新規投資を行うことは座礁資産※2になる可能性があります。化石燃料に対する投資が抑制されれば、その結果、化石燃料の供給が鈍化し、価格が上昇します。

※2 市場や社会環境の大きな変化と連動し、価値が大幅に減少する資産のこと

また、脱炭素化が進む中では、価格が上昇したからといって、産油国はこれまでのように増産に応じづらくなると考えられます。さらに、長期的に需要が減少する見通しのため、産油国は、安易に増産を行わず、高値を維持し、今のうちに収入を得ようとするかもしれません。

脱炭素化を実現するためには、温室効果ガスの代表である二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーへの転換が不可欠ですが、それには時間や膨大な費用がかかります。

そのような中、欧州を中心に、石油や石炭に比べて相対的に環境負荷が少ない天然ガスへの需要が高まり、価格が押し上げられています。実際、2021年春以降、欧州の天然ガス価格は急騰しています。

さらに、太陽光発電風力発電電気自動車(EV)など、脱炭素社会を実現する技術は、銅やアルミなどの金属資源を大量に必要とします。

例えば、EVは車体軽量化のために多くのアルミを使用し、モーターなどに使われる銅の使用量は従来のエンジン車の4倍にもなるといわれています。また、太陽光発電では、火力発電の4倍の銅を使用することになります。

これらの金属資源への需要が高まり、価格が上昇する現象も、グリーンフレーションの一種です。ブルームバーグNEFによれば、太陽光、風力、蓄電池、電気自動車などのエネルギー移行技術の進展に欠かせない主要金属の需要は、2050年までに5倍に増大すると予測されています。

将来、脱炭素化が進めば、こうした化石燃料や金属資源の価格変動が経済全体の物価に及ぼす影響は低下していくと考えられますが、移行期間においては、グリーン化がむしろ化石燃料や金属資源の価格を押し上げ、インフレを加速させるリスクがあります。

さらに言えば、グリーンフレーションは構造的な問題で、短期的な話ではありません。専門家の中には、グリーンフレーションが解消されるまでに20〜30年かかるとの見解を示す者もいます。

人口大逆転の影響

人口構造の変化がインフレに影響を与えるという興味深い見解もあります。高齢化が経済に及ぼす影響を考える際、重要な視点のひとつは、貯蓄と投資への影響です。

一般的に、高齢化は消費や投資の低下につながると考えられています。そして、消費が投資よりも早く減少することが予想されており、結果として貯蓄超過が増加し、利子率が低下すると考えられています。

金融政策がこれらの変化を十分に取り込まなければ、インフレ率への持続的な下方圧力がかかることになります。

また、部分的に重複する要素もありますが、別の観点として、人口構造の変化は総需要と総供給に影響を及ぼします。

高齢化により消費が減少し総需要が低下する一方、労働供給の減少により総供給も減少すると考えられます。需要の減少が供給の減少を上回れば、超過供給が生じ、価格は低下します。つまり、インフレ率は低くなります。

高齢化によりさらにインフレが進むという意見も

これらが一般的な見解ですが、高齢化が貯蓄や需給バランスに与える影響が逆になる可能性も指摘されています。

例えば、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの名誉教授チャールズ・グッドハートとマノジ・プラダンは、低出生率高齢化により、これまでのディスインフレ基調から本格的なインフレと金利上昇時代が到来すると主張しています※3。

※3 チャールズ・グッドハート/マノジ・プラダン著、澁谷浩訳(2022)『人口大逆転 高齢化インフレの再来、不平等の縮小』日本経済新聞出版

実際、高齢化インフレの関係はどうなのでしょうか。データをもとにした研究では、高齢化デフレにつながっているという結果と、高齢化インフレにつながっているという結果があり、いまだに両者の関係に確定的な結論は出ていません。さらなる研究が求められていると言えます。

宮本 弘曉

東京都立大学経済経営学部

教授

※画像はイメージです/PIXTA