いよいよスタートした新NISA。始めるにあたって、どの投資信託を選ぶべきか悩む人も多いことでしょう。「つみたて投資枠で選べる投信は成長投資枠でも選べるので、新NISAで選ぶべき『ベスト投信』といえる」と、証券アナリスト(CMA)資格も持つ日本経済新聞編集委員、田村正之氏はいいます。田村氏の著書『間違いだらけの新NISA・イデコ活用術』より、新NISAの投資信託選びで重視したいポイントをみていきましょう。

信託報酬ではなく「総経費率」が真のコスト

2024年からの新NISAの導入を前に、投資信託の信託報酬の引き下げ競争が活発化しています。同じ運用内容なら、コストが小さいほど投資家の資産が増えやすいためです。

しかし実は、信託報酬はコストの一部にすぎず、その他の費用を加えた真のコストである「総経費」をみることが重要です。2024年4月以降は、購入時に開示される目論見書に「総経費率」の掲載が始まります。

投信の運用においては様々な費用がかかります。その代表例が信託報酬です。主に資産の管理・運用に必要な費用で、運用会社や販売会社などが受け取ります。

しかし海外資産の保管費用、監査費用などは、一般には信託報酬に含みません。指数に連動する投信などで、対象となる参照指数の使用料や作成が義務づけられた書類の印刷費用などは、信託報酬に含める投信と含めない投信があります。

これらを含めた費用全体を対象とする総経費をみれば同じ基準で投信のコストを比較できます。海外では通常、総経費を純資産総額で割った「Expense Ratio(総経費率)」でコストを考えます。

純資産総額に対する信託報酬の割合と総経費率は、どれくらい違うのでしょうか。

「QUICK投信分析評価サービス」のデータを基に、2023年3月末時点で1年以上の運用実績のある投信を調べました。対象資産別の平均では、国内株型の総経費率は信託報酬の1.04倍、先進国株型は1.11倍、新興国株型は1.27倍でした。債券では、国内債券型は1.03倍ですが先進国債券型は1.09倍、新興国債券型は1.10倍でした。

個別の投信には大きく差がある例もあります(図表2)。例えば基準価格がREIT(不動産投資信託)指数の逆方向に2倍程度の値動きになるA投信。信託報酬が年0.9%に対し総経費率は18倍の年16%強でした。印刷費用や監査費用など、信託報酬以外の費用がかさみました。

先進国の債券に投資するB投信は、運用を金融機関に任せる「ラップ」運用に使われています。

信託報酬は0.20%と低いのですが、海外資産関係の保管費用などがかかり、総経費率は年12%でした。日本株の買いと空売りを組み合わせる「ロング・ショート型」のC投信も総経費率は12%強。空売りに関する信用取引費用などが膨らんだとみられます。海外資産で運用する投信にも高いものが目立ち、インド株で運用するD投信は5%を超えていました。

総経費率が高くなりやすい投信には、大まかな傾向があります。①純資産総額が小さい、②保管費用が高くなりがちな新興国など海外資産型、③値動きが指数の動きの数倍となる高レバレッジ型や、ロング・ショート型など取引手法が複雑な投信、④株式比率が高い―などです。

特に注意すべきは、純資産総額かもしれません。資産規模にかかわらず一定額発生する経費は多く、純資産総額が小さいと費用の割合が大きくなります。A投信やB投信はいずれも1億円未満です。

純資産総額の小さい投信については、一般に、早期償還のリスクが高いことなどが指摘されてきました。総経費率が高くなりがちであることもデメリットと言えそうです。

総経費率は、こうした差の大きい投信だけでなく、基本的には購入を考えるすべての投信で確認することを心がけましょう。長期の運用では、小さなコスト差が資産に大きな影響を与えるからです。

総経費率は正確には決算後にわかります。2023年春までは運用報告書で開示され、購入時の目論見書では通常、信託報酬しか開示されていませんでした。そのため運用報告書で総経費率の実績をみておくことが重要でした。

しかし2024年4月からは、総経費率は購入時の目論見書でも参考情報として過去実績が開示されます。もちろん、同一基準での比較が困難な組み入れ銘柄の売買手数料が計算には含まれないなど、総経費率も万能ではありません。それでも信託報酬だけの場合に比べ、コストを比較する際に正確性が格段に高まるのは間違いないでしょう。

信託報酬の値下げ競争が続くも、見るべきは「総経費率」

「投信値下げ、消耗戦に」―。2023年後半、様々なメディアで何度もこうした見出しが使われました。

例えば日興アセットマネジメントは、低コスト投信「Tracers」シリーズの「MSCIオール・カントリーインデックス(ACWI)」の信託報酬を年0.05775%に下げました。

野村アセットマネジメントも、新NISA向けに新たに投入した「はじめてのNISA」シリーズのうち「全世界株式インデックス(オール・カントリー)」の信託報酬を同じ水準に設定しました。ともにそれまで業界最低水準の信託報酬を維持していた三菱UFJアセットマネジメントの「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」の半額程度としたのです。

ただこれまで書いたように、本当に重要なのは総経費率。総経費率は最初の決算が出てからでないと正確にはわかりません。

特に、日興アセットマネジメントは指数使用料などを信託報酬の外枠にしていたため、「まだ本当に安いとはわからない」と疑う声も聞かれました。これに対し同社は、Tracersの信託報酬以外のその他費用を上限でも0.03%にすると新たに表明しました。すると、信託報酬にこの上限額を加えても総経費率は0.0878%にとどまることになります。

業界最低水準をうたっていた三菱UFJアセットマネジメントもこれに対抗、「全世界株式」などの信託報酬を同じ0.05775%に引き下げました。

運用会社にとっては厳しい状況ですが、投資家にとっては大きな恩恵です。図表3にこうした動きも踏まえた、つみたて投資枠で買える低コストインデックス型投信を一覧にしました。

つみたて投資枠で選べる投信は成長投資枠でも選べますから、これらはそのまま、新NISAで選ぶべき「ベスト投信」でもあります。今後明らかになっていく総経費率などにも注目しながら、新NISAで何を選ぶか検討してみてください。

……と言っても、「何か1つ選ぶならどれ?」という質問が来そうです(笑)。筆者のお勧めは「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」です。

1本で全世界に投資できるうえ、「eMAXIS Slim」シリーズは「他社がより低いコストを出してくれば追随して引き下げる」ことを打ち出し、過去も実行してきたからです。

ちなみに同じ三菱UFJアセットマネジメントで「Slim」がつかない「eMAXIS」というシリーズが別にあります。こちらは主に対面金融機関用でコストがやや高いうえ、他社に追随して下げることは打ち出していませんので、「eMAXIS Slim」シリーズの方を選ぶことをお勧めします。

投信は純資産が小さいと繰り上げ償還や総経費率の上昇などが起きやすいのですが、純資産も2023年9月末で約1兆5,000億円と、全世界株投信の中で最大です。

筆者は正直、「オルカン」と呼ばれるこの投信1本でよいと思っていますが、例えば米国株や日本株の比率を上げたければ米国株や日本株の投信を一部トッピングするなど、自分で資産全体の比率を調整する選択肢もあります。

ときどきアドバイザーの方などが、全世界株に投資するなら、小型株も多く含めた指数である「FTSE グローバル・オールキャップ指数」に連動する投信をお薦めしていることもあります。

FTSEの対象は小型株を多く含むため約9,600銘柄に達し、MSCIオール・カントリー(約2,800銘柄)を大幅に上回ります。そして小型株には成長力の大きな銘柄も多くあるので、小型株を含めた指数の方が上昇しやすいイメージがあるからです。

しかしオルカンが連動するMSCI ACWI指数とFTSEグローバル・オールキャップ指数の動きを数十年単位で比べると、実際にはほぼ全く同じなのです。ともに時価総額の比率に合わせて銘柄を組み入れている結果、値動きは結局、時価総額の大きな大型株で大半が決まってくるからです。

FTSEも良い指数だとは思いますが「小型株も含んでいるので長期的にはより大きく上がるはずだ」と思って選ぶのは間違いです。

田村 正之

日本経済新聞

編集委員

(※写真はイメージです/PIXTA)