東京都は昨年12月5日、2024年度から私立も含めすべての高校の授業料を実質無償化する方針を明らかにしました。この衝撃的なニュースに対して喜ぶ家庭がある一方、不平等だと感じる家庭も少なくありません。武蔵小杉のタワマンに住むAさん夫婦はこの恩恵を受けられず、ご立腹です。しかし、息子のひと言でハッと我に返ったのでした。本制度の詳細や意義について、事例とあわせて石川亜希子AFPが解説します。

“武蔵小杉のタワマン”に住むAさん…「高校無償化」のニュースにご立腹

Aさん(44歳)は、妻Bさん(43歳)と中学3年生の長男(15歳)の3人家族です。夫婦ともに都内にある上場企業に勤め、世帯年収は1,300万円。長男は都内にある中高一貫校に通っています。

住まいは武蔵小杉駅から徒歩5分のタワーマンションです。住宅ローンの返済はまだ続きますが、立地が多摩川のそばで眺望がとてもよく、自宅から花火大会を楽しむことができるところも気に入っています。

Aさんはある日、朝通勤のために電車に揺られながらスマホを開いていたところ、「東京都高校無償化」というニュースが目に飛び込んできました。

東京都の思い切った方針に驚き、「それは助かるなぁ」と思ったAさんですが、よく読んでみると“都内にある高校に通っていても、都内在住でなければ対象外”ということが判明。

息子は中高一貫校のため高校に上がっても引き続き都内に通う予定ですが、住まいのある武蔵小杉神奈川県川崎市に位置しています。一瞬喜んでしまっただけに、Aさんはなんともいえない不平等感にモヤモヤした思いで1日を過ごしました。

帰宅すると、妻のBさんも同じニュースをテレビで知った様子。Aさん同様、不服なようです。

都心へ通うのが便利だから武蔵小杉に家を買ったのに、こんなことなら多少不便でも東京の郊外とかにしたほうがよかったのかな

夫婦で話しても、不満は晴れません。長男が黙ってテレビを見ているなか、ついつい不毛な話を繰り広げてしまいました。多摩川の向こうが果てしなく遠く感じます。

「高校無償化の所得制限撤廃」とは? 

現在、国の「高等学校等就学支援制度」により、世帯年収910万円未満の家庭については公立高校の授業料は無償となっており、私立高校の場合は上限で39万6,000円まで助成されることになっています。

この国の制度に上乗せする形で、さらに東京都は「私立高等学校等授業料軽減助成金」として、私立高校等に通う世帯年収910万円未満の家庭に最大47万5,000円まで助成を行っています。

ところが今回、東京都はこの910万円という所得制限を2024年度に撤廃する方針を明らかにしたのです。

高校の授業料は現在、都立高が年間一律約12万円、私立高で平均約48万円となっていますので、都内在住のほぼすべての高校生が無償化の対象となります。都内在住の子どもがいる家庭にとっては、大変ありがたい制度になることは間違いありません。

一方、東京都から川を隔てただけの神奈川県に住むAさんにとっては、長男が都内の高校に通う予定であっても、なんの恩恵も受けられないことになります。

「高校無償化」の“恩恵”と“課題”

高校の無償化が実現されれば、進路の選択肢が広がります。これを機に中学受験を検討する家庭もあるでしょう。教育費の負担が減ることで、少子化対策につながっていく可能性もおおいにあります。

ただしその反面、課題も多いといえます。新たに助成されるお金の「財源」についても気になるところですし、「費用面の負担が変わらないのであれば、私立校に進学しよう」と考える家庭が増えれば、都立校の存在意義なども問われることになるでしょう。都内へ引っ越す家庭が増え需要に供給が追いつかなくなれば、さらに住宅価格が高騰するという事態にもつながりかねません。

また、Aさんのように恩恵を受けられない人にとっては「不平等だ」と感じてモヤモヤする人が多いということも事実です。たとえば、以下のような点が不平等であるといえます。

都道府県によって制度が異なること

・同じ学校に通っていても、助成を受けられる家庭と受けられない家庭があること

・所得制限の撤廃を打ち出した東京都大阪府についても、その内容が異なること(助成の上限を超える分について、東京都は保護者負担、大阪府は実質学校の負担になります)

国民には等しく教育を受ける権利があるはずですが、上記のような地域格差についても問われることになるでしょう。

不満は消えないが…Aさんが反省した長男のひと言

数日後、Aさんは朝食を食べながら、テレビで流れる高校無償化の続報を横目に、また不満が再燃。すると、一足先に朝食を終え出かける間際の長男が言いました。

「お父さん、都内の学校に行きたいって言ってごめんね。オレ、大学受験はなるべくお金がかからないように勉強がんばるから。じゃ、行ってきまーす!」

Aさんはハッとしました。現在長男が通う中高一貫校は、長男が小学生の頃Aさんが文化祭に連れていったことがきっかけで憧れとなった、親子ともに第1志望の学校です。Aさん自身もその学校に通う長男の姿を夢見て、応援していました。

そんな学校に、長男は一生懸命勉強して、合格を勝ち取ったのです。

「長男にあんなことを言わせてしまうなんて……」Aさんはとても後悔しました。

A家は対象外であることから、引き続き年間47万5,000円×3年間の教育費がかかります。モヤモヤとした不平等感は消えたわけではありませんが、しかしAさんは、「子どもの前で不満ばかり言っていてはいけない、あとで長男に謝ろう」と反省しました。

そして、長男が在学しているあいだに、全国で制度が統一されることをそっと期待することにしたのです。

まとめ

東京都の高校無償化については、その立場や環境によって受け止め方はさまざまです。助成の点だけで進路を決めるものではありませんが、それでも、「親の所得に左右されずに自身が望んだ環境で教育を受けられる」ということは、長い目で見れば未来の日本のためになるといえるのではないでしょうか。

これを機に、学ぶことの意味を親子で話し合ってみるのもいいかもしれませんね。

石川 亜希子

AFP