世界的な一流投資家たちは、みなそれぞれ独自の信念と哲学を有している──。本連載は、金融ジャーナリストであるウィリアム・グリーン氏の著書『一流投資家が人生で一番大切にしていること』(早川書房)より一部抜粋して紹介し、一流の投資家たちの成功哲学を探ります。本稿で取り上げるのは、2015年に109歳で生涯を閉じた、最年長の現役投資家であり慈善家であったアービング・カーン氏。カーン氏が亡くなる数ヵ月前にグリーン氏が行ったインタビューの内容について書かれた箇所を、抜粋して紹介します。

109歳の投資家が語った「充実した人生を送る鍵」

2015年、アービング・カーンは109歳で長い生涯を閉じた。ふたつの大戦、1929年の大恐慌、ソ連の台頭と崩壊、コンピューターの発明などさまざまなものを目撃し、生きぬいてきた。

彼の師であり友人でもあるベンジャミングレアムから、頭脳を駆使した投資の秘訣を授かり、その知恵を生かしてカーンは、息子のトーマスや孫のアンドリューとともに、名高い投資会社〈カーンブラザーズ・グループ〉を設立した。結婚生活は65年にわたり、孫やひ孫が大勢いる。

私はカーンが亡くなる数ヵ月前にいくつかの質問をタイプしてアンドリューに託し、アンドリューは数日間かけて祖父の答えを書きとめてくれた。

私がいちばん知りたかったのは、単に年数の長さではなく、充実した幸せな人生を送るうえで何が鍵だったのかということだった。「むずかしい質問ですね。人によって答えはちがうでしょう。ですが私にとっては家族がとてもたいせつでした」。

人生を振りかえったときに、最も誇りと喜びを感じたことは?

「家族がいて、元気な子どもたちがいたこと、事業の成果を見たこと、これらすべてが大きな喜びを与えてくれました。さらに、自分より賢い人たち、だいじな答えを教えてくれる人たちと出会えたことも幸せな出来事だった。人生には不思議なことが多すぎる。どこかで誰かに道を聞かなければなりません」

豊かで実りある人生を実現するには何があればいいのだろう? 家族。健康。やりがいがあって誰かの役に立つ仕事──これには顧客の貯蓄を何十年にもわたって損を出さないように複利運用することも含まれる。そして、学び──とくにグレアムからの学び。カーンは、グレアムから「運や偶然に頼らず、企業を吟味し、緻密な調査によって成功する方法を教わった」と言う。

100歳を過ぎても働くという自由

カーンにとって、日々の楽しみの多くは知的な発見から得られるものだった。企業を研究したり、ビジネス、経済、政治、技術、歴史などに関する本を読んだりするのが好きだった。莫大な収入のほんのわずかしか使わず、富を誇示することもなかった彼の唯一の道楽が、好きなだけ本を買うことだった。高級レストランでの贅沢なディナーよりもハンバーガーを好み、1930年代に、気に入りの中華料理店で妻と一緒に75セントの食事をとったことを楽しげに思いだす。

100歳を過ぎても、週に何日かバスで通勤していた。彼のオフィスを訪れたとき、あまりに質素な部屋であることに私は驚いた。くすんだ壁は塗りなおしが必要だったし、飾り物といえば、家族のスナップ写真と恩師グレアムの古い写真が留めてあるコルクボードぐらいだった。

「父は新しい発想に興味をもっていた」と、現在はファミリー企業の後継社長を務めるトーマス・カーンが言う。

「ウォール街の人はたいてい金のために仕事をしている。オーダーメイドのスーツを着て、フロリダのビーチに豪邸を買い、高級車を買って運転手を雇い、自家用機を手に入れる。彼らの目的は金を使うことにある。だが、父アービングはちがった。物質的なものは目的ではなかった。父が何よりだいじにしていたのは、正しいおこないをして、よい選択をして、よりよく生きているという満足感だった」

それでもやはり、金はいくつかの点でおおいに重要だった。金があるからこそ、カーンは自分の好きなように生き、好きなように仕事できたのはたしかだ。息子トーマス・カーンのことばを借りれば、「資本を築いてしまえば、自立しているのだから、あとはなんでも自分の好きなようにできる」のだ。

「市場が下落した、だから?」

私がこれまでに取材してきた、大きな成功を収めた投資家の多くにとって、自分の情熱や個性に合わせて人生を構築する自由こそが、金で買える最大の贅沢かもしれない。意表を突く賭けで知られる豪胆な億万長者のビル・アックマンはかつて言った。

「キャリア初期のころ、私個人にとって最も大きな原動力だったのは自立することだった。経済的に自立したかった。自分の考えを言えるだけの独立性がほしかったし、自分が正しいと思うことを実行できるだけの独立性がほしかった」

人とちがう控えめなやり方で、カーンは自分自身に忠実だった。私たちの多くは、100歳になってもマンハッタンのオフィスにバスで通勤するという光景にあまり魅力を感じない。だがカーンは、リタイアしてのんびり暮らすことには興味がなく、美術館や劇場や旅行に出かけることにも興味がなかった。トーマスは言う。「父は仕事を楽しんでいた。それが趣味だったんだ」。

自由に生きることと同じくらい重要なこととして、金はカーンに心の平安を与えた。彼が重んじたのは、利益を最大化することではなく、資本を保全し、何十年も継続して発展させることだった。

充分な現金を手元に取りわけておけば、利益は減っても、逆境のときに投資先をあわてて売却する事態に陥らずにすむ。この安定した基盤と、彼の節度ある消費習慣のおかげで、経済がどれほど混乱しても耐えることができた。

「市場が下落した、だから? 市場が下落してもハンバーガーは食べられる」と息子トーマスは言う。「 『たしかにいまは苦しいときだ。でもほかの人たちのように崖っぷちにいるわけじゃない』って言えるのはじつにありがたいことだ」。

このような根強い安心感は貴重だ。2008年から2009年の世界金融危機では報道業界がガタガタになり、私は国際誌の編集者としての仕事を失い、投資でもひどい痛手を被った。子どもふたりが私立学校に通っており、ロンドンの住居費も高額だったため、家族の生活を支えていけなくなるかもしれないという恐怖を身をもって体験した。幸い、借金をしていなかったので、投資資産を売りはらうことなく危機を乗りきることができた。

だがこのときのおそろしい経験から私は、困難な時期を生き延びるには、経済的だけでなく精神面でも容量の大きさが何よりだいじだと確信した。順調なときにはこのことを忘れがちだ。

金はかけがえのない緩衝材であり、生命線であり、予想外の出来事や不運に対する重要な防御手段となる。だがそれだけでは足りない。嵐を乗りきり、土台を立てなおしていくには、強靭な精神と回復力が必要だ。

ほとんどの人にとって、人生の質は経済的なものよりも、平静さ、受容、希望、信頼、感謝、根拠のある楽観などの内面的な特性に左右される。ジョン・ミルトンが失明後に口述した『失楽園』(岩波書店)のなかにあるように、「心というものは自己の場所であって、そこでは地獄を天国に、天国を地獄に変えうる」ものなのだ。

金融ジャーナリスト

ウィリアム・グリーン

画像:PIXTA