いよいよ1月13日AFCアジアカップが開幕する。日本代表が最後に優勝した2011年大会、李忠成オーストラリア代表との決勝戦で決めたボレーシュートは、今でもサッカーファンの記憶に深く刻まれている。昨季限りで現役を引退し、今回のアジアカップ解説者として臨む。「誰が日本代表を優勝に導くゴールを決め、劇的なヒーローになるのか。僕が楽しみにしているのはそれだけです」と展望を語ってくれた。

取材・文=舩木渉

◆「時が止まった」。人生を変えた決勝ボレー

――李忠成さんといえば、やはり2011年に日本代表をアジアカップ優勝に導いた決勝戦のゴールです。延長後半の109分に決めたボレーシュートは日本サッカーの歴史に刻まれる1点になりました。
李忠成 今の僕からすると、よくトラップせずにダイレクトでシュートを打ったなと(笑)。長友(佑都)選手からクロスが上がってきた時はトラップの「ト」の字もなく、ボレーシュートを打てば絶対に入るという気持ちでシュートしました。自分の人生の中で「時が止まった」のはあのゴールが最初で最後。周りの景色を写真に撮って、ボールの縫い目が見えるような感じで時が止まり、足にボールが当たった。その記憶は今でも鮮明に残っています。

――あのゴールはその後の人生を変えましたか?
李忠成 間違いなく変わりましたね。プロサッカー選手として20年過ごして、現役を引退した時に「李忠成ボレーシュート」という、わかりやすいシグネチャー・ムーブ(特徴的な得意技)ができました。それを作ってくれたのは、間違いなくあのアジアカップ決勝でのゴールです。忘れられない1点ですし、自分にとって象徴的であり、さらに記録にも記憶にも残るゴールを決められたのは、プロサッカー選手としてすごく幸せなことだと思います。

――李さんは、あのアジアカップで日本代表に初めて選出されて、決勝のオーストラリア代表戦が2試合目の出場でした。そして、日本代表初ゴールがあのボレーシュートです。10年以上経ってもアジアカップを語る時に必ず映像が流れますし、サッカーファンなら誰でも知っているようなゴールとして残っているのはすごいことだなと。
李忠成 日本代表は応援していますけど、優勝してほしくないなというのが正直な気持ちですね(笑)。まあ、それは冗談ですけど、客観的に見ても本当に素晴らしいゴールだなと思います。あの時はたまたま僕がゴールを決めただけで、今大会で優勝したら僕を超えるヒーローが出てくるかもしれません。そのヒーローの座を、エースストライカーに射止めてほしいと思っています。

――新たなヒーローとして期待している選手はいますか?
李忠成 森保(一)さんは、誰に1トップを任せるかまだ決めていないと思います。今は上田(綺世)選手が抜きん出ている印象がありますけど、アジアカップは長丁場なので、その時の調子を見て起用する選手を決めるはずです。まずは誰が1トップを任されるのかは、すごく興味深いポイントです。上田選手にはすごく注目しています。それほど身長は高くないですがジャンプ力があって、シュートセンスも抜群ですし、全てのベースが高いですよね。そして、FWらしい動き出しの鋭さも魅力です。やっぱりストライカーならではの動き出しの感覚ってあるんですよ。上田選手の場合は、パスの出し手の能力も彼の一瞬の動きに引き出される。パッと顔を上げた瞬間に、「裏に出せ」というオーラを放つんです。ただ止まっているだけでも、そういう雰囲気があるのは、佐藤寿人さんに通じるものがあるなと感じます。

――FWの動き出しとパスのタイミングは、出し手と受け手のタイミングをお互いに理解していないと合わせづらいのではないかと思っていました。
李忠成 いや、雰囲気でもボールを引き出せるんですよ。しかも、上田選手の場合は予期せぬタイミングでパスが出てきた時にとんでもない速度でボールに反応できます。髪の毛をかきあげている時にスルーパスが出てきても、それに反応してしまう。かといって髪をかき上げている間も、裏のスペースのことを考えていないわけではないと思います。だからパスが出てきたら咄嗟に反応できる。足元でボールを受けることを考えながら、常に「裏」という引き出しを潜在意識の中に持っているというのは、まさにストライカーですよね。

――先ほど「アジアカップは長丁場」というお話もされていました。2011年のアジアカップで約1カ月にわたる大会を戦って日本代表が優勝できた要因は何だったのでしょうか。
李忠成 メンバーは23人いましたけど、グループステージまでで起用されていたのは15人くらいだったと思います。けど、決勝トーナメントに入ったら、伊野波(雅彦)選手や細貝(萌)選手、そして僕と“日替わりヒーロー”が出てきて勝ち進むことができました。これを実現できたのは、本当の意味でチームが一丸になっていたからだと思います。なかなか出番のない選手も常にモチベーションを高く保って、試合に出た時にしっかりと結果につながるプレーをする。チームとして全ての歯車がうまく噛み合ったからこその優勝でした。僕はJリーグYBCルヴァンカップ天皇杯などでも優勝していますけど、タイトルを獲るチームに共通しているのは「大会中に成長する」ということです。2011年のアジアカップでもグループステージ初戦のヨルダン代表戦に比べて、決勝のオーストラリア代表戦では明らかに成長していました。メンタル面が向上するだけでなく、みんなサッカーが上手くなっていましたね。チームビルディングという意味でも素晴らしい経験ができました。

――どうすれば大会期間中にチームを成長させることができるのでしょうか。
李忠成 ベンチや食事会場、リラックスルームなどで話を聞いていると、香川(真司)選手や岡崎(慎司)選手、本田(圭佑)選手などがお互いの要求を細かくすり合わせていました。彼らはピッチ内だけでなくピッチ外でも、常に話し合っている。課題が出たら、その都度修正する。そういうことを地道に続けられていたからこそ、チームが成長していったんだと思います。

◆“史上最強の日本代表”が「どんなドラマを見せてくれるのか」

――では、李さんの目からは今の日本代表はどのように見えていますか?
李忠成 史上最強の日本代表だと思います。ボランチが中央でしっかり相手の攻撃を止めて、サイドから速く攻める。FWがカウンター攻撃のフィニッシャーとしての役割をしっかり果たす。そういった戦術の形もはっきり見えます。カタールワールドカップではドイツ代表やスペイン代表を相手に引いて守り、カウンター攻撃という戦い方がハマって勝つことができました。けど、アジアカップでは逆に日本代表が相手に引かれる側になります。そうなると手堅く守る相手に対しては、縦に速い伊東純也選手よりも久保建英選手の方がいいかもしれないし、三笘薫選手のドリブルが通用しなかった場合は中村敬斗選手が力を発揮するかもしれない。南野拓実選手や堂安律選手もいますし、森保さんは選手の組み合わせのパターンをたくさん考えているはずです。

――チーム内の競争力も、かつてないほどに高まっていますね。
李忠成 どんどん新しい選手が入ってきて、その新戦力たちのパフォーマンスを見たら悩んでしまいますよね。僕が一番驚いたのは、中村敬斗選手を見た時でした。最初は左ウィングの3番手か4番手だったと思いますが、先発した10月のカナダ代表戦で素晴らしいパフォーマンスを披露していて、選手層の厚さを実感しましたね。かつての日本代表は中田英寿さんや中村俊輔さんなどの中心選手が1人いなくなっただけでガクッと戦力ダウンしてしまう印象でしたけど、今では仮に三笘選手や伊東選手が怪我をしても全く問題ないわけですから。

――日本代表は初戦でベトナム代表と、その後はイラク代表、インドネシア代表と対戦します。グループリーグ突破に向けた戦いをどのように勝っていけばいいと考えますか?
李忠成 まずは自分たちのサッカーを90分間続けて、焦れないことが大事になると思います。そして、グループステージでは初戦が何よりも重要です。今の日本代表は非常に強いので、ファン・サポーターの皆さんは「全試合4-0、5-0で勝って当たり前だろう」と思っているかもしれませんが、初戦は1-0でもいいくらいの気持ちで臨むべきです。特に初戦となるベトナム代表戦の前半は焦ってゴールを奪いにいくのではなく、「いつか入るだろう」くらいの感じで的確にパンチを撃ち続けること。精神的な落ち着きが必要ですね。2011年大会の時、僕は初戦のヨルダン代表戦に後半途中から出場しましたけど、全然活躍できなかった。完全に焦っていたと思いますし、試合結果も引き分けに終わってしまいました。あの時の教訓を、今の日本代表にも生かしてほしい。当時を知る選手はもうあまりいないので、(遠藤)航に電話しておきます(笑)。

――確かに2011年大会はグループステージ初戦で引き分けましたが、最終的には優勝を果たすことができました。初戦で勝ち点を取りこぼしても巻き返しは十分に可能なので、焦りは禁物ですね。
李忠成 100%と言い切ることはできないですけど、ベトナム代表戦に勝つことができればグループステージは絶対に突破できると思っています。カタールワールドカップでもアルゼンチン代表はグループステージ初戦で敗れながらも優勝していますからね。

――先ほど少し話に出た遠藤航選手は李さんの浦和レッズ時代の後輩ですが、今ではリヴァプールに所属し、日本代表のキャプテンを務めるまでになりました。彼の成長ぶりをどうご覧になっていますか?
李忠成 まさかリヴァプールに移籍するとは思わないですよね。でも、プレミアリーグでのプレーを見ていると「役割」の幅が広がっているなと感じます。派手さはないけど、潰すところはちゃんと潰して、抜かれたとしても自分の役割を果たしてから抜かれるというのが航の強みです。サッカーには絶対に相手に抜かれない選手はいないですけど、「いい抜かれ方」というのはあります。航の場合は、その「抜かれ方」の幅が広がっていて、相手からすると突破口が狭くなっているんです。例えば前方180度のうち100度を航が切ってくれていたら、他の選手は残り80度をケアすればいい。そうなると周りは対処しやすいですよね。吉田(麻也)選手も同じような守り方をするんですけど、航のディフェンスには成長を感じますし、チームにとっては心強いと思います。

――李さんは森保監督のこともよくご存知だと思います。
李忠成 森保さんは昔から全く変わっていないですね。カタールワールドカップのアジア最終予選では、初戦でオマーン代表に負けましたよね。その後もなかなか勝てずに苦しい時期があったと思うんですけど、そこから今の強い日本代表を作ってこられたのは間違いなく森保さんの力があってこそです。僕のイメージですけど、森保さんは土台ができているチームを加工して、進化させる能力にすごく長けた監督です。だから最初は苦労したと思います。それでもほぼゼロの状態から史上最強とも言える日本代表を作り上げたのは、本当にすごいと思います。森保さんも航も、サッカーに対して真摯に向き合っている人にはサッカーの神様が微笑んでくれる。僕が森保さんのことを話す時は、毎朝5時に起きてお経を唱えて、お寺を雑巾で磨いて綺麗にするお坊さんに例えるんですけど、そんな人に対して唾は吐けないですよね。日本代表のメンバー選考も、試合のスタメンも、誰も異論を唱えられないくらい考えに考え抜いて決めている。それを選手たちもわかっているから、スタメンではなかった時に「監督ふざけんなよ」ではなく「自分の実力がまだ足りないんだ」という考えになる。そう思わせる監督は本当にすごいですし、森保さんはそれくらいサッカーに対して真摯に取り組んでいて、その姿勢はサンフレッチェ時代から見えていました。

――では、日本代表がアジアカップ優勝を目指すうえでライバルになりそうな国はどこだと考えていますか?
李忠成 韓国代表、カタール代表、そしてサウジアラビア代表ですかね。韓国代表は国際大会になるとどえらい力を発揮します。最近の対戦では日本代表が勝っていると思いますけど、韓国代表は戦術云々ではなく驚異的なメンタル面の強さで試合をひっくり返すことのできるチームだと思います。カタール代表とサウジアラビア代表は、ともに国内リーグのレベルが飛躍的に上がっている国の代表チームです。彼らはクリスティアーノ・ロナウドカリム・ベンゼマサディオ・マネマルコ・ヴェッラッティといった世界的なスター選手を指標にできる環境にいます。世界基準の物差しを持ったことで、選手たちは猛スピードで成長していますし、そこにチームビルディングがうまくハマったら、すごく手強い相手になると思います。

――改めて、アジアカップに臨む日本代表に期待することを聞かせてください。
李忠成 誰が日本代表を優勝に導くゴールを決め、劇的なヒーローになるのか。僕が楽しみにしているのはそれだけです。

――アジアカップを制して、今後10年間使われる映像が自分のゴールではなくなっても構わないですか?
李忠成 それは本当に嫌ですけど(笑)。けど、やっぱりヒーローは現れなければいけないと思います。僕たちが優勝した2011年大会も、川口(能活)さんのPKストップが優勝につながった2004年大会も筋書きがないどころではない素晴らしいドラマがありました。なので、今大会もドラマティックな1カ月間を見せてほしいな、と。今の日本代表は優勝の大本命で、競馬の単勝オッズなら1.2倍くらいだと思います。アジア中が「日本代表を倒すのはどの国なんだ?」と注目している。その中でどんなドラマが待っているのか。もちろん圧勝し続けることもドラマティックな展開と言えるでしょうし、とにかく最後には優勝して日本代表がアジアの頂点に立ってほしい。森保さんが率いるチームがどんなドラマを見せてくれるのか、今からとても楽しみです。

――李さんはグループステージ初戦のベトナム代表戦で、引退後初めて日本代表戦の解説を担当されますよね。
李忠成 引退したからこそ、心の底から日本代表を応援できますし、僕はアジアカップ優勝を経験したメンバーの中にいたので、ピッチ内でもピッチ外でも優勝までの流れを知っています。そういった自分の経験を解説として言葉に乗せて、視聴者の方々に日本代表の魅力を伝えられればと思っています。

――今後のキャリアについての展望や目標も最後に聞かせてください。
李忠成 今年は子どもたちにもサッカーの魅力を伝えて、サッカー界に恩返ししていきたいと考えています。僕は小学1、2年生くらいの時にプロ選手にサッカーを教えてもらったことがあったんですが、後で聞いたらその時の“おじさん”は釜本(邦茂)さんだったんです。それを聞いただけで「僕は日本代表の選手にサッカーを教えてもらったんだ」と感動したのをよく覚えています。だからこそ今度は僕が全国を回って、子どもたちの未来が明るくなるような機会を提供したいんです。大都市圏の子どもたちは恵まれた環境にいるかもしれないですけど、地方の子どもたちにとってはたった1回のサッカースクールが人生を変える機会になるかもしれない。僕が何かのきっかけを作って、これからの日本サッカー界を支える子どもたちに夢をつないでいけるように頑張っていきたいと思います。

[写真]=Getty Images