株価がコロナ禍以前の約3倍に上昇し、2023年3月期決算で最高益を更新した味の素。130以上の国や地域で事業を展開し、売上高の約60%を海外事業が占める日本有数のグローバル企業である。なぜ、味の素はここまで世界で飛躍することができたのか。前編に続き、書籍『地球行商人―味の素グリーンベレー』(中央公論新社)を著した作家の黒木亮氏に、各国の直販部隊を指揮する日本人社員「味の素グリーンベレー」の活躍や、味の素のカルチャーについて話を聞いた。(後編/全2回)

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【前編】文化も食生活もまったく違う異国の地で、なぜ味の素は市場を攻略できたのか?
■【後編】海外市場で商品を徹底的に現地化、それでも味の素が失わない日本的な良さとは(今回)

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徹底した顧客志向を生み出す「味の素独自のカルチャー」

――前編では、味の素の日本人社員の方々が各国文化との違いに直面しながらも、顧客志向を貫き通す様子についてお伺いしました。味の素はアジアやアフリカや南米の各国の人たちを営業マンとして育て上げ、日本的な直販方式で商品を世界中に根付かせていますが、同社のカルチャーの特徴を挙げるとすれば、どのようなことがありますか。

黒木亮氏(以下敬称略) 味の素には「みんなで面白いことをしようよ」というカルチャーがあるように感じます。本書は、雑誌の連載をまとめたもので、私が味の素の社員だった宇治弘晃氏(元エジプト味の素食品社社長、現在は味の素ファンデーションのシニアアドバイザー)や小林健一氏(元味の素グループ社員、現在はペルーで製麺業ナン・フーズを経営)に勝手に話を聞いて書いたものです。しかし、連載中に味の素の広報部門(グローバルコミュニケーション部)から内容に関して注文をつけられることはなく、記事の内容についても尊重してくれていました。

 また、一人ひとりの社員を型に当てはめない会社という印象があります。ユニークで個性的な人を排除しないで、自由に伸び伸びと仕事をさせる風土があるようです。組織ですから各役職の権限は決められていると思いますが、細かなところは現場の裁量に任せるカルチャーがあるのだと思います。

――本書に出てきた皆さんは精神的にもかなりタフで、異文化にもしっかり溶け込んでいました。味の素の自由闊達なカルチャーが「味の素グリーンベレー」の皆さんのような方々を産んでいるのでしょうか。

黒木 そうですね。彼らは異文化の中に溶け込んでも、日本の良さは絶対に失わない強さがあります。どの国に進出するにしても、日本的な顧客志向は徹底しています。

 たとえば、味の素ペルーで即席麺を開発する際、研究開発担当の小林氏は現地の料理を積極的に食べて、自分の味覚を徹底的にペルー人に合わせていきました。そうして生まれた「アジノメン」は、ペルー人に受け入れられて爆発的な成功を収めました。ご本人たちは当たり前のことと思っているようですが、そこまで徹底して現地のニーズに合わせることができない企業も多いものです。

 また、小手先だけの現地化をしている日本企業も見受けられる中、味の素は本当にその土地に根付いて現地化を進めています。本書に書いた国以外にも、ポーランドでラーメンを作ったり、アジア・中南米・アフリカだけでなくイギリスフランスでも「味の素」を広めたり、アメリカやベルギーで医療品事業を展開したり、アメリカ・ヨーロッパ・中国などで冷凍食品を製造したりと、世界中でさまざまなことに取り組んでいます。

味の素は現地への理解を深めつつも「日本的な良さを失わない」

――言葉も文化も全く異なる国に合わせていくのは大変なことだと思いますが、味の素が他社とは違う点はどのようなところでしょうか。
 
黒木 彼らはそれぞれの国で同じように現地を理解することから始めています。かつ、顧客志向という日本的な良さを失わずに現地化している点がユニークです。

 営業の体制に関しても、今この瞬間にもペルーアンデスの山中やナイジェリアの奥地やベトナム各地で、現地社員が小売店を回り、味の素を1袋1袋売っています。そういった体制を築き上げたことは、同社の資産とだと思います。いくら現地化と言っても、日本人が現地にいなくなれば機能しなくなってしまう企業は多いものです。しかし、味の素は現地にきちんと根を下ろして、現地での人だけで事業を進めていける体制をつくっています。これこそが真の現地化といえるのではないでしょうか。

――黒木さんは、ご自身も長年海外で暮らしていらっしゃいますが、他の日本企業はあまり現地のニーズに合わせられていない印象なのでしょうか。

黒木 いえ、そんなことはありません。たとえば、ホンダナイジェリアに進出後、かなりの事業規模を保っています。ユニ・チャームも複数の新興国で現地化を成功させているという話をよく聞きます。きちんと現地に即した仕事をしている日本企業も少なくないですし、現地のニーズに合わせた商品やサービスを提供できていることが成功の条件だと思います。

 私は、日本の金融機関や総合商社に23年あまり勤めましたが、銀行や証券会社は海外であっても日本の規制に守られているので、現地化も今一つ中途半端です。しかし、味の素のようなメーカーは規制に守られることなく、現地に根ざして現地の人だけでも取り組める体制を築いています。その力強さは素晴らしいと思います。

海外生活をする上で求められる「危険を見極める力」

――本書では、エジプトの情勢が不安な中、それでも市場で営業を続ける「味の素グリーンベレー」の姿が描かれていました。時には命が危なくなるような状況もある中、彼らを突き動かしていたものは何だと思いますか。

黒木 「すべきことはきちんとする」「休む理由がない時は休まない」といったごく基本的な姿勢を実践した結果ではないでしょうか。エジプトのスタッフたちはプライドが高く、自己主張が強い人が多いようです。ですから、あまり簡単に休みを認めると休み癖がついたり、何かあるたびに「休ませてくれ」と言ってきたりする可能性が高いのです。常に手綱を引き締めていなければならない、といっても過言ではないでしょう。

 また、現地で武力衝突や暴動があっても市場が開いていれば在庫がなくなってしまいますし、在庫が切れるとみんなが商品を使わなくなり、やがて商品は売れなくなってしまいます。だからこそ、リテール(小売り)の商売は、途切れずに在庫を供給していかなければなりません。そうした事情があるからこそ、休むことなく売り続けた面もあったのだと思います。

 さらに、海外生活をする上で、危険を見極める能力も大事な能力の一つです。2011年から2014年にかけてのエジプトの動乱の時は、確かに危険な場所もありましたが、市場は平時と同じように営業していました。ですから、一度市場に入ってしまえば危険は少ない、と見極めていたのでしょう。どんな時でも行けるところには足を運び、消費者や顧客との関係を維持していくことが海外市場開拓を進める上で大事なことなのだと思います。

――海外市場の開拓を試みる企業は、「味の素グリーンベレー」からどのような視点で学びを得ればよいでしょうか。

黒木 「味の素グリーンベレー」から学ぶべき一番のことは、正しいこと、すべきことを貫く勇気ではないでしょうか。

 海外市場開拓というと、小手先のことに走る企業が多い印象ですが、短絡的な結果にとらわれずに顧客のニーズを本当に見極めた上で、しっかり取り組むことが大切です。そして、当たり前のことを地道に、愚直に続けることが大事ではないでしょうか。「本当に顧客のことを考えて、ぶれずに正しいことやすべきことをしていく」という姿勢が重要だと思いますし、私はそういったところを「味の素グリーンベレー」から学びました。

 味の素は、コロナの感染拡大前に比べて、株価が約3倍になっています。それが彼らの取り組みが正しかった証ではないでしょうか。

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作家 黒木亮氏(提供:中央公論新社)