2021年から続いていたインフレが鎮静化し、金利が低下するとみられていた米国経済。しかし、11月以降も消費と雇用が好循環をみせるなど、「絶好調」といえます。株式会社武者リサーチ代表の武者陵司氏が、そんな米国経済の“信じがたい強さ”の秘密を解説します。

絶好調の米国景況にみられる「3つの特徴」

米国経済は絶好調、2023年は年間で3%近い成長になるだろう。IMFの1年前予想に対しては2ポイントの上振れであり、利上げにより減速不可避とのコンセンサスは見事には否定された。

なぜか、米国でIT技術の深化による産業革命と経済の構造転換が起こり、潜在成長率が底上げされている、という仮説を立てざるを得ない。

現在の米国景況に関して3つの特徴が指摘される。第1は消費と雇用の好循環が続いていること。経済を引っ張っているのは消費、その消費を支えているのは堅調な雇用というポジティブループが起きている。本来遅行指標である雇用が先頭で経済を引っ張っている。

第2に好調な雇用は企業における価値創造の好調さによって支えられている。生産性が高まり賃金上昇分を吸収してもなお労働分配率は低水準で、企業の潤沢なキャッシュフローが確保されている。

第3に「大きな政府」への転換、政府の財政支出が効いている。コロナ禍の下での家計給付金に加えて、CHIPS法やIRAなどの産業政策により、財政資金を投じて産業振興が行われている。

以上の3要素は、構造的な要因である。米国経済の好調さはその構造要因によって潜在成長率が高まったためだと考えるべきではないか。

サイバー世界の「新産業革命」を牽引する米国

「第7大陸」はほとんど米国企業が独占

インターネットやAI、ロボットなど、サイバーの分野で歴史的技術変革が起きている。このサイバーの世界は国境がない、いわば「第7大陸」で、誰でも利用者としても企業としても瞬時に入れる知恵の世界である。

この「第7大陸」をほとんど米国企業が独占している。世界最大のBright Spotはインドでもグローバルサウスでもなく「第7大陸」、そのBright Spotを米国がほぼ独り占めしている。

2023年(12月15日まで)1年間の株価パフォーマンスを見るとS&P500指数は23%上昇であるが、米国テクノロジー7社、Magnificent 7(荒野の7人:グーグル・アップル・マイクロソフト・メタ・アマゾンテスラ・エヌビディア)の合計株価が75%と突出し、それ以外の493社は12%と大きな格差がついている。

この株価動向から米国には2つの経済領域があるということが読み取れる。ひとつは新産業革命を牽引しているサイバー上の成長経済圏、もうひとつは、他国と同じくほとんど成長をしない一般経済圏、この「第7大陸」での価値創造が米国経済の構造を大きく変えている。

大リストラで生産性を高め、企業収益を押し上げた

2022年後半スマートフォン普及一巡でいったん終わったと思われていたハイテク革命が再び加速し始めた。2023年初頭にはインターネットプラットフォーマーはじめハイテク企業でリストラの嵐が吹き荒れた。

このリストラはハイテク企業の新技術による労働代替を加速し、一段と生産性を高め、企業収益を押し上げたようである。雇用拡大が全産業で続いているなかで、情報産業だけ雇用が減少していること(前掲図表2)は、ハイテクでビジネスモデルが進化していることを物語る。

[図表7]にみるように、コロナ前からのGAFAMのキャッシュフローを吟味すると、

1.2022年の落ち込みはコロナ巣ごもり特需の反動に過ぎなかったこと

2.この不況を口実に大リストラを実施したこと

3.同時に研究開発費を著増させ表面利益を抑えたこと

4.2022年4Qから鋭角的売上利益増加が始まっていること

がわかる。Magnificent 7の株価は2022年の大幅下落(ほぼ30%)の反動に加えて、この利益回復を織り込んでのものである。

コストダウンと販価上昇のダブルメリット

またハイテク企業は独占的地位を利用し、販売価格を押し上げている。ChatGPTなどの生成AIに必須の半導体GPUを独占するNVIDIAはその高額販価によりTSMCインテルを引き離し半導体業界売上高首位に躍り出た。

知的財産権が価格支配力を生み、価値はそれによって決められていく。他方技術向上は生産性を上昇させコストダウンをもたらす。この価格支配力とコスト低下の相乗作用がインターネットプラットフォーマーなどハイテク企業の衰えない利益成長力を支えている。

GAFAM5社の税引き利益は2024年には4,000億ドルに達するとみられるが、それは日本の法人企業全体の利益額にほぼ匹敵する。

また世界株価指数であるMSCIACインデックスの構成割合をみるとM7は17%と、日本、フランス、中国、英国の合計の15%を上回っている(WSJ12.18.23)

M7の株式時価総額の大きさがうかがわれる。このように巨大化した「第7大陸」が依然として指数関数的成長を続けている事実はもっと重く受け止められるべきだろう。

インフレは沈静化も…FRBが利下げ期待を「牽制」するワケ

米国経済の深刻な減速や株価の急落は考えられない情勢である。いまの米国の政策金利5.25~5.50%から利下げがスタートするので2~3%もの利下げが可能、それはアニマルスピリットを鼓舞し株価を大きく押し上げるだろう。

しかしリセッションの危険がなければ利下げを強行し、過度に株価を押し上げる必要はない。これまでは決まって急速な利上げのあと、急速な利下げが実施されてきたことから、市場は今回もそれが繰り返されると見て性急に金利低下を織り込もうとしている。

しかしFRBは繰り返しHigher for Longerと述べて、市場で高まる利下げ期待に牽制をかけている。

そもそも利上げの発端であるインフレは大きく鎮静化した。当社の主張どおり、2021年後半からのインフレが一過性であったことはいまや明白である。

エネルギー価格、サプライチェーンの混乱、食品価格は完全に沈静化した。サービス価格と家賃はまだ上昇が続いているが、サービス価格の決定要因である平均時給はピーク時前年比7%上昇から年率で2~3%まで低下している。また、帰属家賃は住宅価格をもとに遅れて計算されるもので、これから下がってくることが見えている。

このように2%台のインフレが見えているのに政策金利は5.5%、実質金利は2~3%と過去15年間で最高の水準が維持されるのはなぜか。FRBはなぜHigher for Longerのスタンスを維持しているのだろうか。

それは持続的な経済成長を維持するのにふさわしい、いわゆる中立金利の水準が上がってきたからと考えるしかないのではないか。しかし正しい中立金利の水準は誰にもわからないので、これまでFRBは瀬踏みをしながら利上げを続けてきた。

パウエルFRB議長がジャクソンホール会議で言った名言「我々は曇天の下で星を頼りに航海をしている」はそれを示している。

金利高止まりは「悪いこと」ではない

このように考えると、現在進行中の金利上昇と金利高止まりは良いことであるとの結論に至る。過去50年間の金利趨勢を振り返ると、金利上昇は悪いこと、金利下落は良いこととの感覚が続いてきたようである。

1970年代の金利上昇は悪い金利上昇であり、インフレ、政府の信認の低下、ドル不安等が起こってリスクプレミアムが高まり金利が上昇し株価は低迷を続けた。

[図表10]により物価上昇率でデフレートさせた実質NYダウ指数を見ると、金利上昇が始まった1966年ピーク1982年のボトムまで17年かけて75%下落と、大恐慌並みの下落となった。まさに悪い金利上昇であった。

これに対して1981年以降の40年間の長期の金利低下はインフレの低下、貯蓄余剰の高まり、それに伴うリスクプレミアム低下による良い金利低下だった。実質株価は1982年から2022年までの40年間に32倍(年率9.1%)となった。しかし金利上昇は悪、下落は良と単純に決めつけることはできない。

[図表11]に示すように、いまの金利上昇が潜在成長率の高まりによるものだとすればそれは良い金利上昇である。成長率が高まり、中立金利が上昇している下で、低水準の政策金利を維持し続ければ、インフレや資産バブルの恐れが高まる。FRBはインフレ懸念が去っても、高金利を維持しなければならない。

これがFRBのHigher for Longerの真意であるとすれば、いまの金利高は株高要因といえる。

金利上昇により、乖離し続けた利潤率と利子率が「収斂」する

より本質的に考えると、いま「乖離し続けた利潤率と利子率の収斂」が急進展していることが重要である。当社は過去10年以上にわたって利潤率と利子率が乖離し続ける異常性を指摘し続けてきた。

日本も米国も2000年前後から金利が下がる一方で利潤率が上がるという、ワニの口を開けたような両極化が進行した。2007年に上梓した「新帝国主義論」(東洋経済)でこの奇妙な現象を指摘した(p108)が、当時その理由はよくわからなかった。その直後のリーマンショックで利潤率が低下してワニの口はいったん閉じたが、その後両者の乖離はさらに大きく拡大した。

利潤率の指標としては、総資本利益率、ROE(自己資本利益率)、株式益回り(利益/株価)などがあるがワニの口の拡大はどの利潤率指標を見ても明白である。

[図表12]は利潤率の代表としての株式益回りと利子率(10年国債利回り)の推移を見たものであるが、2000年頃まで強く連動していた両者が以降大きく乖離したことがわかる。

しかしこの乖離は今回の金利上昇で大きく収斂した。

FRBはかつて株価のフェアバリューとして《予想1株利益/10年国債利回り》というモデルを提起したことがあった。それは株式益回り《予想1株利益/株価》が10年国債利回りと等しくなる水準が適正株価であるとするものである。

このモデルに基づけば、過去20年間金利が低下した過程で株価の上昇が不十分なために株式益回りは低下せず、株価のアンダーバリュー状態が続いていたことになる。

このフェアバリューとの比較で著しく割安だった株価が、金利の上昇によってフェアバリューに大きく近づいたということになる。

「資本主義の危機」が回避され、経済が回り出した

さて、この利潤率と利子率の乖離は破局に至る危険な前兆である。資本主義では、儲かる仕事があるから資金の争奪戦が起こり、お金が有効に活用されることで金利が上がっていく。

しかし企業が儲かってもその資金が遊んでいて使われず、金利が下がっていくとすれば、それは資本主義が機能していないことを意味する。遊んでいる企業の儲けを経済の再循環過程に還流させないと大変なことになる、大恐慌に至るような危険なシグナルだと主張してきた。その概念図を[図表13]に示したので、一瞥されたい。

資本を経済の循環過程に還流させる方法はいくつかあるが、いまの米国ではそれがうまく機能し始めたことによって金利が上昇し、遊んでいる資金が有効に活用され始めた、そう解釈すれば、いま起こっていることを整合的に説明できる。

では、遊んでいた資金がどのように動き始めたのか。そのひとつは財政政策である。政府が遊んでいるお金を有効に活用し始めた。イエレン財務長官が主導する高圧経済政策(MSSE)が見事に寄与していると思われる。

金融緩和、資産価格上昇が「需要創造=雇用創造」をもたらした

もうひとつが金融政策。金融緩和でお金が有効に使われ始めた。ただし、金融緩和が効果を実現するプロセスはこれまでと違う。

従来の金融緩和では金利が下がり銀行貸し出しが増えることで、遊んでいる金が経済活動に還流したが、いまは銀行が貸し出ししようとしても借り手がいない。

では今回、金融緩和で企業が儲けたお金がどのように回ったかというと、自社株買いと配当である。企業は儲けをまるまる株主に返すことで株価が上がり、その結果として経済の好循環が起こったのである。

米国の家計貯蓄の半分以上は、年金を含めて実質的に株式なので、株価が上がると貯蓄が増え、資産効果で景気が良くなる。

米国の企業部門のフリーキャッシュフローは、特にリーマンショック以降、そのほぼ8割から場合によってはすべてが配当と自社株買いで株主に還元されてきた。家計の給料はさほど増えないとしても、持っている金融資産の上昇が消費のエネルギーになっている。従来とは違うメカニズムによって米国の経済の好循環が支えられてきたといえる。

この結果、利潤率と利子率の乖離が収斂するプロセスに入り、それが今回の金利上昇という形になって現れている、と考えられる。インフレで政策金利が引き上げられたことがひとつのきっかけではあったが、底流にはそういう金利上昇要因があったのである。

だからFRBは、インフレが収まっても簡単には利下げをしないと考えられる。

基調としての米国の高金利、基調としてのドル高

米国経済の成長率が産業革命・技術革新によって他国よりも高くなったのだとすると、その結果として高金利になり、高金利の米国に世界の資金が集まってドル高になっていく。米国のイノベーションの強さが続くとすれば、ドルが強い時代がしばらくは続く。

加えてドル高を支える要因がもう1つある。それはいままでのように米国がどんどん対外赤字を増やす時代が終わりつつあるということである。

1971年のニクソン・ショック以降、米国は金の裏づけがないままにお札を発行できるようになり、どんどんお札を刷って海外からモノを買ってきた。

その恩恵を最初に受けたのは日本で、次に韓国、台湾、そして中国が続いた。中国があれほど強くなったのは、米国がどんどんモノを買ってくれたからである。

しかしいま米国はもうお腹がいっぱいで、これ以上輸入を増やす余地がなくなったということが重要である。米国の輸入依存度(米国人が必要な財のうち、どれだけ輸入に頼っているか)は、1971年のニクソン・ショックまでは10%程度、当時の米国はテレビも服も全部国内で作っていた。

ところがいまや、9割程度を輸入に頼っている。これ以上米国の財の輸入が増える余地がないので貿易赤字は頭打ちになっていくだろう。

他方で、米国の目に見えない対外取引の収入はこれから大きく増えていく。それはサービスと知的財産権、それから資産所得である。これらはいわばサイバー世界の収入と考えるとわかりやすい。

サイバー世界は米国企業の独壇場であるから、そこからの収入がどんどん増える時代に入ってきたのである。

武者 陵司

株式会社武者リサーチ

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)