「DINKs」ということばを聞いたことがあるでしょうか。これは“Double Income No Kids”の頭文字をとったもので、「共働きで子を持たない夫婦」のことを指します。世帯年収1,780万円で貯蓄は約1億円というDINKsのA夫妻は「完璧な老後計画」を立てていたはずでした。しかし、牧野FP事務所の牧野寿和CFPに相談したところ、思わぬ落とし穴が……。詳しくみていきましょう。

老後に向けて“完璧”な準備を進めていた共働きのA夫妻

Aさん(54歳)とBさん(48歳)夫婦は、都内の賃貸マンションに住んでいます。2人は大学卒業後、Aさんは都内に本社を置く大手金融会社に、Bさんは都内の大手小売会社に勤務しています。夫婦には子どもはいません。

老齢厚生年金の受給見込額や退職金の額が明確になるにつれて、老後の生活が不安になった2人。夫婦で計画表を作成したあと、Aさんの知り合いと親交のあった筆者のFP事務所を訪れました。

A夫妻の家計収支は…

A夫妻の世帯年収は、現在約1,780万円です。そのうちAさんの年収は約1,200万円で、6年後の60歳で定年退職すると、2,000万円の退職金が受給される予定です。その後は65歳まで、現在の約50%の年収で再雇用として勤務する予定となっています。

また、Bさんの年収は約580万円で、60歳で定年退職すると退職金が約850万円支給されます。

公的年金の受給見込額は、下記のとおりです。

<Aさん>

65歳から……老齢厚生年金314万5,800円

71歳から……老齢厚生年金274万8,300円

<Bさん>

65歳から……老齢厚生年金171万8,600円

Aさんが71歳、Bさんが65歳となり、夫婦ともに年金を受給するようになると、年金受給額はあわせて446万6,900円(月額37万2,242円)となります。この金額は、現在の2人の年収の4分の1です。

※ 加給年金397,500円(令和5年度の額)を含む。

一方、毎月の生活費などの消費支出は約37万円※1で、夫婦の貯蓄は約1億円※2です。貯蓄については、夫婦がお互いの収入から出し合って貯めています。

※1 勤労者世帯(平均54.3歳)の消費支出額は36万2,648円(家計収支家計調査報告家計収支編2022年(令和4年)平均結果の概要より)。

※2 50歳代の貯蓄平均値は1,792万円。中央値750万円(金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査令和3年)」より)。

A夫妻の「理想の老後計画」

また、夫婦が作成した老後の主な計画は以下のとおりです。

① <住宅購入>Aが55歳になったら、7,000万円(諸経費すべて含み)の新築平屋の戸建て住宅を現金で購入。

② <リタイア年齢>A:65歳、B:60歳で完全リタイア。

③ <老後の生活費>退職後の生活費は、月30万円で維持。

④ <介護>介護が必要になったときは、夫婦とも自宅での介護を望む。

⑤ <相続>夫婦の資産はなるべく夫婦で使い切り、残った遺産は兄弟や甥姪に相続する

夫婦は相談の際、特に①について「住宅ローンを組まず、現金で家を購入することは可能か」と心配しておられました。

そこでまず、「現金7,000万円で新築戸建て住宅を購入する場合」と、「6,000万円を借り入れ、20年間の住宅ローン(全期固定金利、年利1.8%)を組んで返済する場合」をそれぞれ計算してみることにしました。

購入する住宅が「認定住宅」であれば、ローンを組むと「住宅ローン控除」で所得税が約340万円控除されます。しかし、返済利息が約1,149万円にのぼり、支払い総額は現金の場合より多くなります。

したがって、夫婦の計画どおり現金で購入したほうが得策です。

筆者の試算では、現金で住宅を購入して介護の必要なく生涯を過ごせば、Aさんが100歳を超えても7,800万円の貯蓄が残ります。

A夫妻は「自宅での介護」を望むが…

ただし、介護が必要になった場合、④「<介護>介護が必要になったときは、夫婦とも自宅での介護を望む」というA夫妻の希望には問題がありそうです。

まず、どれくらいの介護費用が必要なのか計算してみます。[図表1]は、公的介護保険サービスの自己負担費用を含む、要介護度別の介護費用(月額)です。

次に、介護期間についてみていきましょう。[図表2]は上から多い順になっており、介護にかかった期間は「4~10年未満」がもっとも多いことがわかります。

仮に、もっとも費用がかかる介護度5の状態で9年間生活した場合、[図表1・2]をもとに計算すると介護費用は1,144万8,000円必要になります。しかしA夫妻の場合、貯蓄から賄うことが可能です。

問題は、夫婦が望んでいる「自宅での介護」です。介護度が重くなったり、介護期間が長引いた場合、年老いた夫婦だけで担うには体力・精神ともに持ちそうにありません。

2人は気づいていない…死後に待ち受ける「相続トラブル」

また夫婦は⑤の相続について、「子どもがいないのだから、お金を貯めておかないと老後が心配です。貯めた資産は2人で使い、残った資産は、私たちの面倒を見てくれた人に相続しようと思っています」と話します。

たしかに正論ですが、ここに問題があります。それは、「2人のうちのどちらかが先に亡くなるケース」です。そうなると、遺産を2人のためだけに使うことが難しくなります。

筆者は改めて、夫婦のご両親からの相続の予定と家族構成を伺いました。

筆者は上記のように夫婦の相続について整理し、「相続については、『遺産分割』と『相続後に遺されたほうの家計負担』という2つの点を改めて考える必要があるかもしれませんね」と話しました。

1.遺産分割

Aさん、Bさんが亡くなったときの法定相続人と法定相続分は以下のとおりです。

[図表5、6]をみてわかるように、A夫婦の配偶者が亡くなっても、法定相続人が相続を放棄しない限り、すべての遺産が遺された配偶者に渡るわけではありません。そこで、配偶者に希望の額を相続したり、あるいは相続人以外の特定の人に遺贈したりするには、あらかじめその旨を記述した遺言書を作成する必要があります。

※ 相続人以外に財産を贈ること。

ただし、遺言書を書き残しても、相続人が受け取れる最低限度を保障する「遺留分」という制度があります。配偶者と両親の遺留分は法定相続分のそれぞれの1/2です。このとき、兄弟姉妹に遺留分はありません。

遺族の家計負担が増える可能性も

2.相続後の相続人の家計負担

今後、夫婦の主な資産となるのは、Aさんが購入する自宅と、Bさんが親から相続する築35年の木造アパート(1棟8室)の土地建物、それから貯蓄です。

貯蓄は1円単位まで遺産分割することができますが、自宅やアパートといった不動産は均等割することが難しく、また売却するにしても時間がかかります。

さらに、住宅を相続すると、その住宅が必要であろうとなかろうと、毎年固定資産税の納付が必要です。また、相続する遺産の課税価格の合計額から基礎控除額を差し引いた、課税遺産総額に相続税が課税されます。

これらの出費は、のこされた相続人の家計の負担になりかねません。 ※ 基礎控除額は、(3,000万円+600万円×法定相続人の数)で算出できる。

同様なことは、Bさんが相続するアパートにもいえます。相続したあとに思わぬ改修費用が必要になったり、立地によっては入居者が減ることも考えられます。Bさんは時代に即した経営戦略を考えておかなければなりません。

この場合、Bさんが「相続時精算課税」を利用して、建物だけを親から生前贈与をしてもらい家賃収入を得たり、部屋のリフォームをしたり、建替えるというのも一案です。 ※ 土地は使用貸借して相続するまで無償で借りる。

◆まとめ…A夫妻の「大きな決断」

ここまで筆者が話すとAさんは、「自分たちの老後までは考えていたつもりでしたが、介護や相続までは考えが足りていませんでした」と反省した様子です。

また、Aさんは続けて「身内で養子を探して託したほうがいいのかな。実は、私の兄の次男を養子に、という話が以前あったのですが、立ち消えになりまして……。もう1度話してみてもいいかもしれませんね」と言い、この日は帰られました。

後日改めてお話を伺うと、親族会議を開いた結果、兄の次男を養子に迎える準備を始めることになったようです。

子どものいない夫婦の場合、現役時代は潤沢に資産があっても、相続発生後に遺された配偶者や親族が思わぬトラブルに巻き込まれる可能性もあります。したがって、老後のことを考える際には、長い目でみて計画を立てることが重要です。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)