能登の被災地へいち早く入った自衛艦が、多用途支援艦「ひうち」です。戦闘用ではない小型の艦ですが、ほかの艦にはない能力を生かして、縁の下の力持ち的な存在で活動しています。

最大の護衛艦「いずも」を引っ張れます

2024年1月1日に発生した能登半島地震に対し、海上自衛隊は10日現在、護衛艦輸送艦など艦艇9隻を投入し、被災地支援にあたっています。なかでもいち早く救援物資を積んで被災地入りしたのが、日本海側に位置する京都府の舞鶴基地を母港とする3隻の自衛艦。そのひとつ「ひうち」は舞鶴地方総監部の公式X(旧Twitter)において救援物資を積載し、緊急出港する様子が公開されています。

実はこの「ひうち」は護衛艦ではありません。多用途支援艦と呼ばれる補助艦の一種で、武装は皆無(搭載火器として機関銃を積載)。船体サイズも、自衛艦のなかでは比較的小さい方です。

この艦がいち早く被災地入りした理由は、護衛艦よりも多用途性に優れ、見た目から想像できないほどの使い勝手の良さを兼ね備えているからかもしれません。

そもそも「ひうち」は、ひうち型多用途支援艦のネームシップで、姉妹艦としてほかに4隻が建造されています。この数は、前出の舞鶴を始めとして日本全国に5つある「地方隊」と呼ばれる地域別警備部隊に1隻ずつ配備するためです。

ひうち型は基準排水量980トン、全長65m、乗員は約40名。最大の自衛艦である、いずも型護衛艦(基準排水量1万9500トン)と比べると、基準排水量で約20倍もの差があります。

そのいずも型を、子供のように小さなひうち型が “引っ張る” ことができるよう設計されています。

それは、ひうち型の用途のひとつに「航行不能になった艦艇の曳航(えいこう)」が含まれているから。そのため、押すことこそできないものの、タグボートのような能力を有しているのです。

加えて、ひうち型は自衛艦の曳航以外にも、多用途支援艦の呼び名どおり、さまざまな用途に使えるべく設計されており、その能力の一部は今回のような災害派遣で適任と言えるものだったりもします。

メイン装備は船体中央の大型クレーン

災害派遣で役立つ機能に挙げられるのが、人員および物資の輸送です。後部デッキはフラットな形状で、ここに各種コンテナやトラックを載せることができます。そのため、この部分は一段低く、人の乗り降りや物資の揚げ降ろしがしやすくなっています。

しかも、物資やトラックの揚降用として、大型クレーンを船体中央に装備しています。これは、ひうち型多用途支援艦の最大の「武器」といえるもの。このクレーンを使えば、港に接岸する際に、船体と岸壁の間のクッションとして用いる防舷物や、人が乗り降りするためのタラップ(梯子)も自力で設置できます。

加えて、ひうち型は船体下部の喫水線下に、バウスラスター(サイドラスター)を備えています。これを使うことで、狭小な港でも回頭したり、タグボートの支援を受けることなく離着岸したりすることができるため、その点でも災害派遣に有用な艦だといえるでしょう。

実際、今回の能登半島地震で「ひうち」は、ふ頭などに亀裂が入った輪島港にいち早く接岸し、運んできた救援物資を陸揚げしたり給水支援を行ったりしています。

その後、金沢港へ移動し、そこでほかの護衛艦などが運んできた物資を搭載し、再び輪島方面へ運ぶといった任務に就いていることからも、前出したような「ひうち」の各種性能がいかんなく発揮されていることがわかります。

自衛艦屈指の「バイプレーヤー」

ほかにも、ひうち型は特筆すべき能力を備えています。そのひとつは、おもに射撃を中心とした訓練の支援です。

海上自衛隊には無人標的機(ドローン)を操って、艦対空ミサイルなどの実射訓練を支援する「訓練支援艦」があり、こちらがおもに対空射撃の訓練を支援しています。それに対して、ひうち型では水上における射撃の訓練支援が行われます。

遠隔操縦で動く標的用の無人高速ボートを目標に、護衛艦が艦砲や機関砲を射撃します。水上標的を用いた訓練は、不審船対応訓練などで重要視されており、あえて当てない撃ち方、いわゆる威嚇射撃などをこれでマスターするそうです。

また、ひうち型は外洋で起きた船舶火災や海上施設火災などに対応できるよう、艦橋最上部に放水銃を備えています。

なお、ひうち型の後期建造型である「げんかい」と「えんしゅう」の2隻は、それぞれ潜水艦基地がある呉と横須賀に配備されていますが、潜水艦の訓練支援を行うために水中通話装置も装備しているほか、波の荒い外洋航行に対応できるよう、横揺れを抑えるための減揺タンクも備えています。

ちなみに、2011(平成23)年3月の東日本大震災における福島第一原発事故では、ひうち型が原子炉冷却用の真水が満載された艀(はしけ)を現地まで運びました。当時の報道によると、積まれていた水は1100tだそうです。これは、大型艦も曳航可能で、さらに自力で離岸と接岸ができる能力をあわせ持っていたからこそ、こなせた任務です。

いうなれば、タグボート輸送艦、訓練支援艦、そして消防船の機能を1隻に集約したような存在が、ひうち型です。後方支援がおもな任務であることから、普段あまり注目を浴びることのない艦艇ですが、今回の大地震発生時など、災害派遣の際には頼りになる能力を備えた、縁の下の力持ち的存在といえるでしょう。

令和6年能登半島地震で被災した石川県の輪島港で給水支援に従事する多用途支援艦「ひうち」(画像:海上自衛隊)。