キヤノンの優れたミドルレンジモデル

プロやアドバンスドアマチュアターゲットとするハイスペックフラッグシップモデルの影には、必ずと述べてよいほど優れたミドルレンジモデルが存在する。「ニコンF/F2」に対する「ニコマートFTシリーズ」、「ニコンF3」に対する「ニコンFM/FEシリーズ」、「ミノルX-1」に対する「ミノルタXE」などなどだ。「キヤノンF-1」にもそのようなモデルが存在しており、その一つが「キヤノンFTb」である。

FTbは、元々絞り込みマニュアル測光を採用する「キヤノンFT」の後継モデルで、F-1と同じ1971年に登場した開放マニュアル測光の一眼レフカメラ。ガッチリとした重量級で大柄なボディに、外装カバーは真鍮を採用する総金属製のボディなどF-1の弟分に相応しい質実剛健なつくりとしている。もちろん1000分の1秒の最高シャッター速度や固定式のペンタ部などフラグシップモデルと異なるところは多々見受けられるものの、当時のミドルレンジクラスの一眼レフとしては不足のないスペックと言えるだろう。

キヤノンFTb1971年に発売。TTL開放測光を採用し、測光範囲は画面中央部12%とする部分測光としていた。1973年にマイナーチェンジが行われ、ファインダー内のシャッタースピード値の表示やセルフタイマー/絞り込みレバーの形状の変更など行われたが、基本的なスペックはそのままであった。写真の個体もマイナーチェンジ後のいわゆるFTb-N

実は、私にとってFTbは最初の一眼レフカメラ。父親の友人で写真館と写真店を兼ねたお店を経営している人から父親自身が買ったものらしい。ただし、元々父親はカメラや写真にはまったくと言ってよいほど興味はなく、趣味といえば時折出かける釣りとパチンコ程度。お洒落に気をつかうことなどもなく、本のたぐいも読んでいる姿をみかけたことのない素朴な田舎の人間で、なぜ購入にいたったのか未だ疑問の残るところである。買ったFTbにしても私が使うまでは押し入れにしまい込んだままであった。ちなみに父親は15年ほど前に他界し、父親の友人で写真展を営んでいた方もすでに亡くなっているので、購入の経緯や動機などもはや知るすべはない。

中学1年からこのFTbで鉄道や当時飼っていた猫など撮影して楽しんでいたのだが、幼かったことや知識、経験の少なさなどから、当然ながらこのカメラについて、ひいては一眼レフ全般について正しく理解しているとはいい難いものであった。その完成度の高さに幼いなりに気づかされたのが高校1年の終わり。「ニコンF2 Photomic AS」を手に入れたときだ。

他社よりも1歩先を行くFDマウント採用

当時ニコンは、それまで開放F値をレンズ交換の度に手動でカメラに伝える方式(通称:ガチャガチャ)から、自動的に開放F値をカメラに伝えるAi方式に変更して間もない頃である。

同時に、私にとってはじめてのニコン、はじめてのFマウントと言うこともあり、いろいろ眺め回した(いじり回したと書いたほうがよいかもしれない)。

ところが絞り値の情報をカメラに伝えるレバーも、開放F値を伝えるピンもマウント内部にすっきりスマートに収まるキヤノンのFDマウントにくらべ、カメラもレンズも外部にそれらがあることや、数年前までレンズの開放F値を手動でカメラに伝える必要があったことなどを知るようになるとニコンマウントはどこか何か古めかしいつくりだと思うようになる。さらにFTbでは使うことはないものの、絞りをカメラ側から操作できるAマークを絞りリングに備えるなど、キヤノンマウントの先進性を未熟なりにも感じたのである。

ちなみにF2 Photomic ASを手に入れたときは、すでにキヤノンからシャッター優先AEと絞り優先AE、そしてプログラムAEを搭載する"カメラロボット"「キヤノンA-1」が発売され、私のようなカメラ小僧の間ではとても人気があったが、カメラ誌などからやや偏った影響を受けていた私は頑なにマニュアル測光のカメラに拘っていたのである。

そのほかFTbのほうが自分に合っているように思えたのが、部分測光としていたことだろう。こちらも拙いカメラに関する知識からだったのだが、当時生意気にも主題以外への測光は不要だと思っていたし、余計な部分の測光までしなくてよいと勝手に思い込んでいたのである。ちなみに、これは後年「キヤノンNew F-1」を使うようになるまで自分のなかでは続くのである。

また、フィルムのスプールへの巻き上げが、F-1と同じ順巻きであったことも好みであった。と言うのも極寒冷地では逆巻きではフィルムが切れてしまうことがあると何かの本で読んだからで、それを最も顔で当時の写真仲間に力説していたのである。住んでいるところは温暖と謳われる南九州だし、中学生高校生が極寒冷地に行くことなどまずないにも関わらず、だ。今にして思えばちょっと恥ずかしい思い出である。

    テキスト
フィルム巻き上げは、いわゆる順巻きを採用。さらに当時のキヤノンの多くのカメラが採用していたQL(Quick Loading)機構を備える。これはフィルム先端を巻き上げスプール上の定位置に置き、裏蓋を閉じて巻き上げを行うだけでフィルムが装填されるものであった。緑色のダイモテープは中学時代に貼ったもの
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前期モデルと後期モデルの違い

話を戻そう。そのFTbだが、1971年発売の前期モデルと1973年発売の後期モデルに分けられる。違いは主に外観で、後期モデルは巻き上げレバーへのプラスチック製指当ての取り付け、セルフタイマー/絞り込みレバーの形状の変更、シャッターボタンの大型化、ファインダー内へのシャッタースピード値の表示、シンクロ接点カバーの搭載などとなる。

兄貴分のF-1とよく似たシャッターボタン側のトップカバー。ただし、最高シャッター速度は1/1000秒であった(F-1は1/2000秒)。シャッターは布幕横走りフォーカルプレーンシャッターを採用している。巻き上げレバーの巻き上げ角度は174°、小刻み巻き上げが可能だ
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カラーについては、前期、後期ともシルバーとブラックが存在する。バッテリーは本来MR-9(HD)という水銀電池だが、すでに製造は終わっているので、ボタン電池LR44やSR44を市販の変換アダプターを使い装填するとよいだろう。ただし、電圧の関係から多少の誤差が生じることを留意しておく必要がある。

    テキスト
バッテリーは水銀電池MR-9(HD)を使用する。ただし、現在は製造が終わっているので、ボタン電池LR44やSR44を使用する市販の変換アダプター(写真では金色の丸い部品)を使い装填するとよい
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とことん付き合えるフィルム一眼レフカメラ

中古のFTbを探すのは簡単と言えば簡単、難しいと言えば難しい状況だ。タマ数は比較的多いほうなので、中古カメラショップなどでよく見かける。しかしながら、その多くはジャンクだったり、整備の行き届いていないものだからだ。

可能であれば適切なアドバイスをくれる中古カメラショップで購入し、必要であれば整備を然るべき修理業者にお願いするとよいだろう(メーカーの修理はとっくの昔に終了している)。基本的には壊れにくく、万一壊れても修理しやすいカメラだから、大切に扱えばマニュアル露出、マニュアルフォーカスの優れたフィルム一眼レフカメラとしてとことん付き合えるはずだ。


大浦タケシ|プロフィール
宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマン、デザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌をはじめとする紙媒体やWeb媒体、商業印刷物、セミナーなど多方面で活動を行う。
公益社団法人日本写真家協会(JPS)会員。
一般社団法人日本自然科学写真協会(SSP)会員。

キヤノン FTb[記憶に残る名機の実像] Vol.01