地形が険しい能登半島では、大地震により道路が寸断され、支援の手が滞っています。陸路が使えないなら海路からと、海上自衛隊ホバークラフトを展開していますが、こちらもガンガン送り込めばよいというものでもなさそうです。

海自のホバークラフトは本来何用?

最も起きて欲しくない地域での地震でした。石川県能登半島は、紀元前500年ごろに中国で書かれた兵法書『孫子』でいうところの「隘」「険」の地形です。こういった場所は一度に通れる人数が少ないため、戦時なら少数の兵力で大兵力の敵を効率的に迎え撃つことができると『孫子』では解説されています。

被災地では、もともと少なくて狭い陸路が寸断され、十分な救援が送り込めない事態となっています。陸路が使えなければ海路からということで、能登半島北部では海上自衛隊輸送艦おおすみ」が搭載するエアクッション艇(LCAC)が、海から物資を輸送しています。

いわゆるホバークラフト(ホーバークラフト)であるLCACは、浮上航行できる特性を生かして港湾施設がなくても陸に乗り上げ、重機やトラック、支援物資を被災地に直接送り込めます。海上自衛隊が装備しているのはアメリカ製で、アメリカ海兵隊が使用しているものと同型です。1993(平成5)年から調達が開始され、2024年現在はおおすみ型輸送艦3隻に2艇ずつ、計6艇を保有しています。

LCACの本来の任務は島嶼防衛ですが、東日本大震災をはじめ、いくつもの災害派遣でも活躍しています。ただ、これさえあれば今回のような状況を一気に打開できるというものでもありません。能力を発揮するには前後の手順があります。

例えば、上陸する場所の選定です。LCACを砂浜に乗り上げさえすればよいというものでもなく、砂浜の砂も上陸作戦の大敵になります。

上陸後に注意!

実際に砂浜を自分の足で走ってみると分かりますが、足元が沈みかなり体力を消耗します。ビーチバレーは見た目以上にハードな競技です。上陸作戦では、舟艇から歩兵が降りて徒歩で海岸に展開しますが、携行した装備の重さで砂地に足を取られ、転びやすく動きは緩慢にならざるを得ません。

そうした時、砂浜を乗り越えて運んでくれる水陸両用車のありがたみが分かります。自動車は4WDでも、油断すればタイヤはすぐに砂に潜り込んでスタックしてしまいます。

LCAC自体はある程度の海面浮遊物も乗り越えて砂浜に到達できますが、ようやく運んできた車両は、降ろされた瞬間からスタックする危険性があるのです。実際に上陸訓練でも車両がスタックするシーンを見かけます。

またLCACを海岸に付けるには様々なノウハウが必要です。LCACは全長約28m、全幅約14m、基準排水量85tという大きさで、強烈な風圧も巻き起こすためどこの海岸でも入り込めるというわけではありません。天候も含め海岸の状況を事前偵察し、誘導員を配置し車両を降ろせる適切な場所を選定する必要があります。

大型トラックが下手なところでスタックすれば障害物にすらなってしまいます。車両の選定や運ぶ順番も見極めなければなりません。ブルドーザーやレッカー車、道路マット敷設車など上陸支援機材も必須です。

海がダメなら空から? 物資の空中投下が「推奨されない」ワケ

LCACは「使える」乗りものですが、物資を出発地から目的地に運ぶ物流ネットワークの一部に過ぎず、物流を成立させるには前後の経路が構成される必要があります。孤立地域に輸送機ヘリコプターで物資を空中投下しろ、などという意見も聞かれますが、冬季の日本海側では地形と天気予報を見るだけで荒唐無稽だと分かります。さすがのLCACも海が荒れてくれば航行できません。

輸送機ヘリコプターにしても、LCACにしても、輸送手段単体の能力だけに着目し、その特性や前後の経路構成を考えなければ無意味です。LCACや大型輸送ヘリコプターなどの装備を持っている自衛隊が、なぜ物資を徒歩で搬入しているのかといえば、それがその現場でのその時点における最善策だと判断されたからです。

現在、能登半島の陸上経路は非常に狭隘になっており、政府や石川県一般車の乗り入れを自粛要請するような事態です。「隘」「険」の地形に人員を送り込むのは『孫子』の時代から変わらず困難です。こういった場合には、人員の逐次投入が良い場合もあります。LCACで運ばれた重機がようやく通路を啓開しても、一般車が集まって渋滞するようではそれこそ無意味なのです。

石川県輪島市の大川浜に各種機材を揚陸する海上自衛隊のLCAC(画像:海上自衛隊)。