不祥事や事故が起きると、ネット上では当事者の責任を追及する意見が目立つようになります。再発防止のためにも、当事者が、不祥事や事故が起きた原因を明らかにし、責任を取ることは不可欠と言えます。

 ただ、当事者の責任を追及する動きばかりが強まると、不祥事や事故が発生した経緯が見えにくくなるとして、事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部・准教授の島崎敢さんが警鐘を鳴らします。

当事者が真実を明らかにしない可能性も

 不祥事や事故などが起きたとき、私たちは「誰が悪いのか」「誰に責任があるのか」を明らかにしようとし、悪さをした人や責任者を断罪して辞めさせようとします。批判の対象は個人だけでなく、その人が所属する集団や管理者に向けられることがあり、時には連帯責任的な対応が取られます。

 不祥事や事故などで被害者がいる場合、被害を与えた人が損害を補填(ほてん)するのが合理的なので、被害者救済のためには悪さをした人や責任者を特定することに一定の意味はありそうです。また、悪さをした人を「見せしめ」にすることで、将来的に悪さをする人を減らすという効果も多少は期待できるのかもしれません。

 しかし、このような責任追及型のやり方には、さまざまな問題があり、問題の根本的解決に結びつかないかもしれません。順に見ていきましょう。

本当のことが言いづらくなる

 責任追及のみに注力すると、当事者や関係者はペナルティーを恐れ、真実を語ることをためらうようになります。悪いことと知らずに、あるいは、悪意を持って悪いことをしている人もいますが、中には悪いことを自覚していて「やめたいけどやめられない」と悩んでいる人もいます。

 しかし、悪事が発覚した途端に強烈なペナルティーが与えられると分かっていれば、周囲に相談するハードルは高くなります。

 誰かの悪事に気付いた人も同様です。相手を全く知らなければ気軽に通報できますが、悪事を働いているのが親しい同僚や友人だとしたら、強過ぎるペナルティーは通報をためらう原因になるかもしれません。ましてや、連帯責任で自分にまでペナルティーが及ぶのであれば、「見なかったことにしよう」という気持ちが強く働きます。

全容が見えづらくなる

 周囲に相談しにくい状態は、問題の全容を見えづらくします。当事者や関係者は自分から問題を告白しなくなるし、第三者に発見された場合にも、自分に対するペナルティーを軽くするためには、なるべく話さない方が良いということになります。

 不祥事や事故には、最終的にその場にいて「引き金を引いた人」だけではなく、その人を後押しした関係者や、その人が引き金を引きやすい状況をつくった背後要因があります。しかし、当事者がペナルティーを恐れて口を閉ざすほど、関与した他の関係者や、引き金を引きやすい状況をつくった背後要因が見えなくなってしまいます。

根本的な解決ができなくなる

 事態の全容が見えなければ、根本的な解決はできません。周囲の関係者や背後要因の影響で当事者が不適切な行動をしたのであれば、本人にペナルティーを与えたり排除したりするのではなく、周囲の関係者の行動を変えたり、背後要因をつぶしたりする必要があります。しかし、周囲の関係者や背後要因の影響が見えなければ、再発防止策が打てません。

 心理学者のクルトレヴィンは「行動は個人特性と環境の関数である」と言っています。不適切な行いがあったとき、それはその人の人格のせいかもしれないけれども、周囲の環境がそうさせているのかもしれないのです。

 しかし、個人に責任を押し付ける考え方は、環境の影響を否定しています。原因が当事者の人格だけにあるなら、当事者を排除すれば事態は解決します。しかし、実際には環境の影響も少なからずあるため、当事者を排除しても、同じ環境に置かれた別の人が、また同じことをやってしまうのです。

「見せしめ」が逆効果になる

 冒頭で悪さをした人を「見せしめ」にすることで、将来的に悪さをする人を減らす効果が期待できると書きましたが、見せしめには逆の効果もあります。

 まだ悪いことをしていない人は、見せしめによって「悪いことはやめておこう」と思えるかもしれません。しかし、すでに悪いことをしている人は「バレないようにしよう」と強く思うだけです。このような状態に陥ると、問題の早期発見や予防の機会を失い、さらに深刻な状況を引き起こす可能性があります。

 2023年夏に発覚した、日本大学アメリカンフットボール部員による違法薬物事件が、「責任追及型対応」の典型的事例であったかもしれません。この事件を巡っては、大麻などの違法薬物の所持容疑で逮捕された部員の実名が公開されたほか、迅速に通報や情報公開しなかった大学上層部に対して、世間は「隠蔽(いんぺい)しているのではないか」という批判を浴びせ、廃部を強く支持しました。

 世論は「当事者を断罪して罰則を与える」「責任者を追及して辞任を迫る」「周囲の関係者を道連れに連帯責任を取らせる」ということを強く要求したわけですが、これらは再発防止に寄与するどころか、事態の全容が明らかになりにくくなり、再発防止を妨げているようにも見えます。

 冒頭で、被害者救済のために責任の所在を明らかにする意味があると書きましたが、違法薬物の所持・使用は、暴力や性犯罪などと違って、加害者と被害者は基本的に同一人物です。従って、加害者を特定し損害を補填させる必要はありません。

 また、彼らは加害者であると同時に被害者でもあると言えるため、罰則ではなく、治療やカウンセリングの機会を提供する方が再発防止に効果的かもしれません。違法薬物を所持・使用するに至った背後要因や、違法薬物が使用できた状況についても対策を打つ必要があります。

 日大アメフト部の事件の本当の意味での加害者は、違法薬物の密売人です。しかし、インターネット上では、違法薬物を所持した本人や、大学当局の対応への批判は山程あるのに、入手ルートや密売人に関する言及は数えるほどしか見当たりません。密売人はいまだに逮捕されていないようです。

 もちろん、警察は引き続き捜査をしているのだと思いますが、世間の関心は、もっと違法薬物の供給源やその根絶に向いても良いのではないでしょうか。

 根本原因を断つのも大切ですが、すぐにできない場合には、背後要因や環境に対するアプローチも重要です。

 トップアスリートたちは常に勝利に対する強いプレッシャーにさらされており、違法薬物がこのストレスを軽減してくれたのかもしれません。また、違法薬物の悪影響や関係法令、社会的な制裁などについて正しい知識がなかったのかもしれません。あるいは「悪いことをするのはカッコいい」とか「一流選手はみんなやっている」などの不適切な規範や同調圧力があった可能性もあります。

 もしこういったことが間接的に違法薬物の所持・使用を後押ししていたのだとすれば、薬物に頼らないストレスコーピングの方法を身に付けてもらったり、薬物の影響に関して正しい教育をしたりすることでリスクを減らせる可能性があります。また、不適切な規範や同調圧力を解消するためにチーム全体に働きかければ、再発防止を防げるかもしれません。

 上記の背後要因は筆者の憶測に過ぎないため、実態と違うかもしれません。実際のところは本人たちに語ってもらわなければ分からないので、重要なのは当事者や関係者から背後要因を聞き出し、それに基づいた対策を打つことです。

 そして、これを実現するのは「悪事は断固として認めず、当事者を厳罰に処して排除する」という態度ではなく「なぜそうするに至ったか、同じ過ちを犯さないためにはどうすれば良いか、一緒に考えていこう」という態度であるはずです。

 後半では日大アメフト部の事例を取り上げましたが、ここに書いたことは、あらゆる組織の事故や不具合、コンプライアンス違反など、多様な問題に当てはまります。

 何か問題が起きたときに、当事者に罰則を与えて責任者を辞めさせ、その後、組織を解体して問題が解決した気になっても、きっとまた同じことが起こります。本当の再発防止と問題解決のためには、私たちの「責任追及思考」を「再発防止思考」に切り替える必要があるのです。

 1月2日には、東京・羽田空港の滑走路で日本航空JAL)の旅客機海上保安庁の航空機が衝突、炎上する事故が発生し、現在、原因究明の調査が進められています。この調査に当たる人も、そして読者の皆さんも、責任追及ではなく再発防止を重視してほしいと思います。

近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢

記者会見の冒頭、頭を下げる日本大学の林真理子理事長(左)(2023年12月、時事通信フォト)