税務調査といえば、個人事業主や富裕層といった一部の人以外には無関係に聞こえるかもしれません。しかし、実際には誰もが税務調査の対象で、さらに「資産を持っている」ことに無自覚であるほど、税務調査官に狙われてしまいます。今回、都内の企業に勤めるAさん(55歳)の事例をもとに、多賀谷会計事務所の現役税理士・CFPの宮路幸人氏が「相続税申告時の落とし穴」を解説します。

調査官「それ、かっこいい時計ですね」→追徴税額1,200万円

2年前に父親を亡くしたひとりっ子のAさん(55歳・年収700万円)は、都内の企業に勤務する会社員です。

Aさんはある日、母親から「なんか相続税のことで今度税務調査が入ることになったんだけど……1度帰ってきてくれない?」と連絡がありました。

「そんなに相続財産も多くないはずなのに、なんでウチに税務調査が来るんだ?」と、Aさんは不思議に思いましたが、とりあえず実家に向かうことにしました。

長年歯医者を営んでいた父。相続財産は多くなかったが…

Aさんの父は長年開業医として歯医者を営んでいましたが、体調を崩したことをきっかけに廃業することに。その後は、母と2人で年金暮らしをしていました。

相続発生時、父が所有していた財産は、自宅のほかに2,000万円ほどの預金のみ。株式などもなく「そんなに複雑な内容ではないな」と思ったAさんは、会社で経理をやっていたこともあり、自ら父の相続税の申告書を作成し、提出していました。

それから1年が経ち、相続税の申告についてはすっかり忘れかけていた折、税務調査に立ち会うことになったのです。

調査の際、父の形見である高級時計をつけていたAさん。これに気づいた税務調査官から、次のようなやりとりがありました。

調査官「それ、かっこいい時計ですね」

A氏「ありがとうございます。これ、親父の形見なんですよ」

調査官「そうでしたか。お父さんは時計がお好きだったんですか?」

A氏「そうですねえ、かなり入れ込んでいたと思います。そのせいで遺産は全然残っていませんでしたけどね(笑)」

調査官「それはすごい。ぜひ他の時計もみせていただけますか?」

A氏「ええ。どうぞ」

実は、高級腕時計のコレクターだった父。有名なロレックスをはじめ、世界三大高級時計のひとつオーデマピゲやドイツの高級ブランドA.ランゲ&ゾーネなど、数百万~1,000万円近い腕時計を複数所有していました。

父は他に趣味らしい趣味がない分、腕時計をコレクションしているというのは生前聞いていたものの、Aさんは特段興味がなく、それらに非常に高い価値があるというのを知りませんでした。

そのため、惜しげもなくコレクションを税務調査官に見せたAさんでしたが、調査官が放った次のひと言に衝撃を受けました。

調査官「なるほど、なるほど……ありがとうございます。残念ですが、これらの腕時計は申告が必要な財産であるため、相続税の申告漏れとして申告が必要となります

A氏「えっ、そんな……! これは親父の形見ですよ!?」

結局、腕時計の価値は約5,000万円と評価され、Aさんは約1,200万円ほどの追徴税を支払うはめになってしまいました。

Aさんに税務調査が入った「2つの理由」

なぜA家に税務調査が入ったのでしょうか? 考えられる理由は次の2つです。

1.父が「開業医」だった

まず、Aさんの父は長く開業医を務めていました。開業医は個人事業主ですから、毎年確定申告が必要です。このため、Aさんの所得について税務署はおおむね把握しています。

そこで今回相続税の申告を確認したところ、「どうも過去の所得からみて相続財産が少ないのではないか?」と疑いをもたれ、税務調査対象に選ばれたと考えていいでしょう。

もちろん過去の所得からみて実際に遺産が少ない場合もありますが、それには理由があるはずです。こうした場合は、なぜ少ないのか税務署から問い合わせがあったときに答えられるよう、把握しておく必要があります。

2.税理士に依頼せず、自分で申告を行った

また、相続税の申告の場合、申告が複雑であるため多くの人は税理士に依頼します。そのようななか、税理士を頼まず自己申告した場合、調査対象に選ばれやすいのです。

「形見の高給腕時計」も課税対象

Aさんは父が所有していた高級腕時計について、ロレックスくらいは知っていたものの、その他のブランドについてはよく知りませんでした。またこれらの腕時計は、父の形見でもあることから「相続税の課税財産にはならない」と考え、相続税の申告に含めていませんでした。

しかし、相続税の課税対象は、「金銭的価値があるすべてのもの」と定められています。つまり、自宅のなかにある家財などもすべて相続税の課税対象です。

具体的には、自動車・宝石・掛け軸など1つあたり5万円を超えている家財道具は、個別に財産評価をして相続税財産として加える必要があります。

とはいえ、1つ5万円を超える家財がそれほどないご家庭などの場合は、まとめて「家庭用財産一式10万円等」として申告するケースも多いです。

税務調査の際は「雑談」に要注意

優秀な税務調査官ほど「雑談が上手い」

相続税の税務調査と聞くと、「なにを聞かれるのだろう」「どうやって答えればいいんだろう」「どんな怖い人が来るんだろう」と想像し緊張する人も多いでしょう。そこで、税務調査の流れについて簡単にお伝えします。

通常、税務調査は朝の10時ぐらいに調査官が2名でやってきます。そして調査が始まり、お昼を挟んで夕方の4時~5時ぐらいに終わることが多いです。おおむね1日で終わりますが、内容によっては2日行われることもあります。

調査といっても、朝10時に来ていきなり「あれを見せてください」などとは言いません。最初の1時間ぐらいは、亡くなった人の人となりや、経歴や趣味等についてのゆっくりとした雑談から始まることが多いです。

しかし、この「雑談」に注意が必要です。優秀な人ほど人当たりが柔らかく、聞き上手な調査官が多い印象です。

今回のケースでも、調査官がAさんのつけていた腕時計に着目し、「それ、かっこいい時計ですね」と話しかけたことから申告漏れが発覚しました。雑談に緊張しすぎる必要はもちろんありませんが、性格的におしゃべりな人は気をつけたほうがいいかもしれません。

申告漏れした財産については相続税の本税のほか、ペナルティとして「過少申告加算税」と「延滞税」が課されます。

また、故意に財産を仮想隠ぺいして申告した場合、35%~40%の「重加算税」という重いペナルティが課されることになります。今回のような申告漏れがあった場合、「故意に隠していたかどうか」というのが大きなポイントとなりますので、相続税の申告の際は漏れのないよう計上する必要があります。

Aさんは結局、追徴課税を支払うために、父のコレクションのなかから数本の高級腕時計を泣く泣く売却し、納付に充てることとしたそうです。

まとめ…相続した“お宝”に要注意

確定申告などで毎年所得税の申告をしている場合、税務署はおおよその財産を把握していますので、相続の際はなにか申告が漏れていないか、よく確認する必要があるでしょう。もし、テレビ番組『開運!なんでも鑑定団』に出すような“お宝”を保有している場合、その金銭的価値を見積もって必ず申告するようにしましょう。

また、今回のケースのように「形見だから」と申告が漏れた場合、あとで本税のほか各種加算税や延滞税なども課されることになってしまいます。

なお、最近ですと、被相続人がネットバンクビットコインなどのデジタル資産を保有していて、相続人がそれを知らずに申告漏れするケースがあります。特に高齢者は、自己の財産の把握のためにも、あらかじめ保有財産の一覧表などを作成し、保管しておくとよいでしょう。

宮路 幸人

多賀谷会計事務所

税理士/CFP

(※写真はイメージです/PIXTA)