(昆虫料理研究家:内山 昭一)

JBpressですべての写真や図表を見る

欧米から押し寄せた昆虫食の波

 食の欧米化とともに食卓から姿を消した昆虫でしたが、逆に欧米か昆虫食の波が押し寄せてきました。その象徴的な事件が2013年に国連食糧農業機関(以下FAO)が出した報告書でした。『食用昆虫―食料と飼料の安全保障のための展望』と題するこの報告書の執筆主体は、食料と農業の分野で著名なオランダのワーゲニンゲン大学でした。

 執筆者の一人だった当大学の昆虫学者アーノルド・ヴァンフィスは、報告書をまとめた動機について次のように語っています。

 熱帯地域の害虫駆除や生物農薬の研究をしていたヴァンフィスは、アフリカの多くの国や地域を巡って昆虫利用に関する聞き取り調査をしたところ、その多くが食用昆虫に関するものであり、昆虫が西洋とは異なる価値を持っていることがわかったのでした。

 西洋では昆虫は「貧者の食べ物」とみなされているので、熱帯地域の人々の多くは昆虫を食べることへの劣等感があり、もっと豊かになったら西洋的な食事に替えたいと考えていました。しかし真剣に検討してみると昆虫は「すぐれた代替食」だと考えるようになり、本格的に取り組むようになったのです。その成果がこの報告になります。

 本報告書に先立つ2008年にタイのチェンマイで開催されたアジア太平洋資源とその開発の可能性に関するFAOのワークショップ「森の食用昆虫:人間は噛み返す」があります。

 このワークショップでは、食物源としての昆虫の可能性についての認識を高め、農村部の生活を改善し、栄養を強化し、昆虫の生息地の持続可能な森林管理とその保全への繋がりが強調され、2013年の本報告書の土台となっています。

昆虫の美食事業を推進

 牛や豚、鶏などの従来の動物性たんぱく源に比べると昆虫には様々な利点があります。(図版「牛とコオロギの比較」参照)

・飼育のための水や餌、土地などが少ないこと
・可食部が多いこと
・飼育期間が短いこと
・牛などに比べてメタンなど温室効果ガスの排出が少ないこと
・食品ロスなど廃棄物を餌にできること
・種によって餌が人間の食べ物と重ならない(例えばカイコ
・種類が豊富(世界では約2000種の昆虫が食べられている)

 昆虫はタンパク質、脂肪、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富に含まれ、高栄養で健康的な食料といえるでしょう。ただ昆虫は種類が多いため栄養価にはばらつきがあります。同じ種類の昆虫でも変態段階、生息環境、餌によって栄養価が異なります。

 報告書では昆虫の「採集と養殖」が対になって併記されているのが目立ちます。熱帯地域では昆虫は「採集」によって得られており、昆虫食にとって採集も養殖も大事であることを意図した併記ではないかと推察します。

 たとえばラオスでは野生ものへの信頼は厚く、養殖物より値段が高いそうです。日本における天然物と養殖物と似た感覚かもしれません。昆虫は決して「貧者の食べ物」などではなく、むしろ地域に根差した誇るべき伝統食と認識すべきではないでしょうか。

 最後に、報告書は13章「飼料と食料としての昆虫食の推進」のなかの「美食事業」という項で、昆虫を美味しく魅力的にすることは食品企業が直面する最大の課題だとして、コペンハーゲンNordic Food Lab(北欧食品研究所)を挙げ、色、食感、味、香りを最適化して、昆虫を西洋人の味覚にアピールすることに重点をおいていると述べています。

 さらに日本では昆虫料理研究会(現NPO法人昆虫食普及ネットワーク)が東京虫食いフェスティバルを開くなどして、日本で伝統的に食べられてきた昆虫食文化を復活させるとともに、新しい味を広げようと務めています。このように報告書が昆虫食を「たんぱく源」としてのみならず「美味しさ」も昆虫食を促進する重要な要素であるとしている点に注目です。当会はいまでも「美味しさを知る喜び!」をモットーに活動を続けています。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  日本では食べ物と見なされない「昆虫」、どうしたら“嫌悪感”を払拭できるか

[関連記事]

栄養改善と収入向上を試みる、ラオスにおける「昆虫食」のあるべき姿

9割の日本人が持つ昆虫食への“嫌悪感”、それを覆す3つの効用とは?

葉の上に乗ったコオロギ 写真/アフロ