大阪府にあるフィギュアや食玩などで知られる造形メーカーの海洋堂ミリタリー模型なども数多く手掛けていますが、同社の倉庫にはなんと第2次大戦で使用された巨大な高射砲が眠っています。現地へ行き、取材してきました。

なんで会社の倉庫に大砲が?

工場や倉庫などが広がる大阪府門真市には、世界的に知られる造形メーカー「海洋堂」があります。この会社は、アニメや特撮のフィギュアだけではなく食玩の動物や小型スケールの戦車、恐竜、さらには仏像なども手掛けています。

同社が持つ精密で高い造形技術は国の内外で定評があり、多くのファンを獲得しています。また年に2回行われるガレージキットの展示・販売イベント「ワンダーフェスティバル」を主催するなど、さまざまな活動によって世界から注目を集める日本企業の1社となっています。

先日、そのような造形企業の本社倉庫を筆者(吉川和篤:軍事ライター/イラストレーター)が訪ねてみると、会社の隅に驚くべきモノがありました。その物体は色々な段ボール箱に遮られるようにして置かれていましたが、濃いグレー色に塗られた「長砲身の巨砲」は、そのような中でも隠し切れない存在感を放っていました。

近づいて見てみると、それは第2次世界大戦で活躍したドイツの8.8cm(88mm高射砲ではありませんか。高射砲とは、航空機を撃ち落とす目的で作られた大砲で、海洋堂にあったのは、大戦当時、その口径から「アハト・アハト」(ドイツ語で数字の88)という愛称で呼ばれたFlak37というものでした。

造形メーカーの倉庫にあるため、この高射砲は精密な原寸模型だと思ってしまうかもしれませんが、そんなことはなく、戦後の処理で発射機能こそ失われたものの、1944年製造の紛うことのない実物でした。近くで見ると小山のような大きさで、象よりも大きなサイズといった印象です。

どうしてこのような鋼鉄製の巨大兵器が、普通の街中にあるのでしょうか。

実はこの大砲、元々は大阪在住の別のオーナーが輸入して所有していたものだとか。十数年前にコレクションが売りに出された際に、海洋堂で専務取締役を務めるミリタリー好きの宮脇修一氏が購入を決断、同社所有になったからでした。

飛行機だけでなく戦車も撃破!

この門真の街中にあるドイツ製8.8cm高射砲、その源流は今から100年以上前の第1次世界大戦にさかのぼります。

同大戦は、飛行機が戦場に登場して急速に発展を遂げた戦いであり、上空に飛来する敵機を撃ち落とすべく1917年に生まれたのが、始祖といえる8.8cm Kw Flakになります。

この砲はクルップ社とエアハルト社(後のラインメタル社)が開発したもので、高速での連続射撃が可能なよう、自動排莢式かつ水平スライド式の尾栓を備え、上から見て十字型で360度旋回式の砲架に載せられていたのが特徴です。ただ、大戦後のドイツは新兵器開発を禁じられたため、クルップ社はスウェーデンの兵器メーカーであるボフォース社に技術者を派遣して、共同研究という体で新たな高射砲の開発を進めます。

その結果、1928年には8.8cm Flak18型が誕生します。この高射砲は牽引車で運ばれて、1門につき指揮官以下の砲手や装填手、測距手など6名以上のチームで運用され、練度の高いチームなら1分間に15~20発とこれまでの高射砲の倍の速さで発射できました。

加えて対空射撃時の有効射程は高度8000m近く、最大射程では同1万m以上にも達しました。なお、水平射撃(対地射撃)も可能でしたが、その場合は大口径大威力ゆえに車両などの目標に対してはほぼ無敵な存在でした。

その後、Flak18型をベースに改良したFlak36型およびFlak37型が開発されますが、砲としての基本設計は同じで、砲身の互換性もあったほどです。

これらドイツ生まれの8.8cm高射砲は、1936年7月に始まったスペイン市民戦争で初めて実戦に投入されます。そこで、対空兵器としての有効性を証明したのち、ドイツ空軍と陸軍にも配備されました。

第2次大戦では射撃指揮装置と組み合わせて防空任務に就き、ドイツ本土上空に飛来するアメリカやイギリスなどの連合軍爆撃機を多数撃墜しました。

また1940年の対フランス戦では、既存の対戦車砲が効かないほどぶ厚い装甲を纏ったイギリスの「マチルダII」歩兵戦車やフランスの「シャールB1」戦車に対して8.8cm高射砲が水平射撃を敢行。見事に撃退するという戦果も挙げています。なお、同様の使い方は、1941年以降の北アフリカ戦線ロシア戦線でもしばしば行われています。

こうした高い性能を持っていたため、後に8.8cm高射砲は対戦車砲にも改良されて8.8cm Pak43となったほか、ティーガーII重戦車やエレファント駆逐戦車の主砲(71口径8.8cm戦車砲)にもなっています。

他にもある海洋堂コレクション

巨大かつ貴重なお宝「8.8cm Flak37」を一通り見せてもらいましたが、この海洋堂の本社倉庫と隣接するガレージには、ほかにも実物の2cm(20mm)Flak38型対空機関砲や水陸両用車の「シュビムワーゲン」、半装軌式牽引車の「ケッテンクラート」、レプリカの「キューベルワーゲン」などといった、第2次大戦中に使用されたドイツ軍兵器や車両が数多く保管されています。

これらは、全て模型好きで、かつミリタリー大好きな宮脇専務が少年時代の夢を実現すると共に会社の資料として購入したもので、その一部は同社の製品開発にも役立っています。

また、これらドイツ軍兵器は、時おり関西で行われるミリタリーイベントなどにも貸し出されており、8.8cm高射砲は以前にタミヤ製の1/35スケールキットの箱絵になぞらえて、ドイツ兵の軍装姿のモデルを配置して十字型砲架を広げた撮影会などを倉庫前で行うなどしています。ただ、モノが大き過ぎて表に出して展開するだけでも10名以上の人員が必要なため、現状では出動する機会も減っているそうです。

とはいえ、せっかく購入した日本に1門しかない実物の8.8cm高射砲をこのまま倉庫で眠らせているのは、宮脇専務ももったいないと感じているそう。そのため、彼としてもゆくゆくは大阪府高知県にある海洋堂の資料館および博物館などで常設展示するのを目指したいとのことでした。

いつの日か、この貴重な大戦中の実物高射砲が一般公開で見られるようになるのを、首を長くして待ちたいと、ひとしきり見学させてもらったあと、改めて感じました。

海洋堂の本社倉庫に保管される8.8cm Flak37型高射砲と専務取締役の宮脇修一氏。砲身は先まで埋められている(吉川和篤撮影)。