日本では金融資産に占める「現金・預金」の比率が高くなっています。その背景には、株式等への投資を「投機」と同視する人が多く、投資への心理的抵抗感が根強いことが挙げられます。両者の違いは何でしょうか。JPモルガン・アセット・マネジメントでファンドマネージャーを務めた中山大輔氏の著書『日本株で30年 好成績を上げたファンドマネージャーが明かす逆転の思考法』(PHP研究所)から一部抜粋してお伝えします。

株式に投資「しない」ことが最大リスク!?

株式投資は、これまで日陰者扱いされ続けてきました。人によっては「うちは先祖代々、株式投資をしてはいけないという家訓がある」などと言い出す始末です。

先祖代々といっても、日本に株式市場が出来たのは明治11(1878)年のことですから、せいぜい4代か5代を遡る程度でしかありませんが、株式投資禁止を家訓にしているような家は、恐らく昭和恐慌や終戦などの影響で株式投資に大失敗して、家屋敷を差し押さえられたなどという歴史を、持っていらっしゃるのかも知れません。

「貯蓄から投資へ」という、金融庁が掲げているキャッチフレーズがあります。

もともとは小泉内閣の時代、2001年にキャッチフレーズが考えられ、個人金融資産を預貯金偏重から株式などの投資商品にシフトさせようというキャンペーンが行われました。しかし、笛吹けど踊らずで、今も現金・預金から、株式、あるいは投資信託など投資性商品への資金シフトは起こっていません。

日本銀行が四半期ベースで作成・公表している資金循環統計によると、2023年3月末における個人金融資産は合計2,043兆円で過去最高を更新していますが、このうち54.2%に相当する1,107兆円は「現金・預金」です。ちなみに「株式」は226兆円で11.0%、「投資信託」は90兆円で4.4%に過ぎません。

なぜこのように現金・預金に個人マネーが偏在しているのかというと、一番の要因は元本が毀損することに対する恐れが強いからだと考えられます。特にバブル経済以前からの株式市場を知っている人は、その傾向が顕著ではないでしょうか。

何しろ、1989年12月末にかけてあれだけ日経平均株価が上昇した後、それが5分の1程度まで下落する過程をつぶさに直視したわけですから、株式投資は危険なものという認識に囚われていても不思議はありません。

もちろん、預貯金の利率がある程度得られるなら、預貯金で運用し続けるのもひとつの手だと思います。しかし、今の物価水準と預貯金利率を比べた時、明らかに物価上昇率が預貯金利率を上回っています。これは、すべての財産を預貯金に預けておくと、資産価値が目減りしていくことを意味します。

前述の通り、ここ数年、預貯金利率はほぼゼロに近い状態が続いています。定期預金の利率は、預入金額の多寡、預入金額の長短に関係なく、一律に年0.002%でしかありません。

これに対して、消費者物価指数の年間上昇率は、特に2022年4月から顕著に高まり始めました。2022年12月、2023年1月は4%台に達しています。2023年の6月にかけてはやや落ち着いているものの、それでも3%台の上昇率が続いています。

つまり、銀行にお金を預けておくと、資産が実質的に目減りしていってしまうということです。資産の多くを銀行に預けておくことは、リスクが大きいということです。

その点、株式投資をしていれば、配当利回りだけで年3%を取れる銘柄も近年大きく増加し、相当数の企業が増配や自己株買いを実施しています。年3%の配当金を受け取りつつ、ROE向上を通じてさらに企業価値を高めていく企業の株価は、上昇基調が期待できるでしょう。株式投資によって得られる収益がとても合理的で魅力的であることを意味しています。

資本主義経済の世界で「株式」に投資する意味

そもそも株式投資は「ゼロサム」ではなく、「プラスサム」です。

ゼロサム」とは、膨らまないパイの中で売上の奪い合いをすることです。たとえば、成長が全く期待できないビジネスで、A社とB社が競い合っている場合、A社が売上を10%伸ばしたとしたら、B社の売上は10%落ちます。全く成長しないビジネス領域における競争は、ゼロサムになるのです。

でも、市場規模が年々20%ずつ成長しているビジネス領域であれば、A社もB社も売上を20%伸ばすことが可能になります。市場参加者全員にとって、プラスの達成が可能であることを、「プラスサム」といいます。

資本主義経済は、時には成長率が落ち込むこともありますが、それでも年0.5%、あるいは1%でも、成長し続けます。それは資本主義経済を支えている企業、そしてそこで働いている私たち一人一人が、半歩でも良いので前に進み経済を豊かなものにしていこうと努力しているからです。

そういう自分、あるいは私たちを取り巻く世界を信じられるのであれば、株式投資は必ずその信頼に応えてくれます。だからこそ資本主義経済の世界においては、株式に投資する意味があるのです。

投資と「投機」を間違えてはならない

個人投資家のなかで投資と投機を間違えている人が多いのではないか、という点を指摘しておきたいと思います。

恐らく、これは20代、30代で比較的アクティブに資産運用を行っている、あるいは興味を持っている人に多いと思うのですが、FX(外国為替証拠金取引)や暗号資産、あるいはバイナリーオプションを、投資と混同しているケースです。FXも暗号資産も、あるいはバイナリーオプションも、いずれも「投資」というよりも「投機」です。

では、投資と投機の違いは何でしょうか。これにはいろいろな考え方があります。「ファンダメンタルズのあるものが投資で、ないものが投機」という考え方や、「ゼロサムが投機で、プラスサムが投資」という考え方もあるようですが、私は「価値を買うのが投資であり、価格を買うのが投機である」と考えています。

FX、暗号資産は、いずれも「お金そのもの」を投資対象とします。FXは外国為替レートという異なる二通貨の交換比率を、暗号資産はたとえばビットコインイーサリアムと円の交換比率の変動によって、儲かるか、損するかが決まります。

単なる交換比率であって、それ自体が何か付加価値を生むというものではありません。もっといえば、お財布の中に入れておいた1万円札が、勝手に1万1,000円、1万2,000円というように自己増殖することもありません。

つまりお金そのものが付加価値を生む存在ではないので、FXや暗号資産で収益を上げるためには、価格変動を買うしかないのです。

一方、投資は対象物が持っている価値の自己増殖に資金を投入します。その代表格が株式です。株式を買うということは、その企業が将来にわたって新たに生み出していく付加価値を買うのと同義です。

そして、その付加価値が企業努力によって自己増殖した結果、配当金や、株価の値上がりへと反映されていきます。

投機商品が長期の「資産形成」に不向きなワケ

投資と投機の違いは、投資の時間軸にも影響を及ぼします。

投機の場合、それらを長期間にわたって保有し続けたとしても、価値は自己増殖しません。それは、お財布に入れた1万円札が1万1,000円にならないということからもお分かりいただけるでしょう。

したがって、収益を得るためには価格変動に頼るしかなく、その価格変動も、常に上昇し続けるものではありません。その時々の需給バランスによって、価格は上がったり、下がったりを繰り返します。

株価のように企業の業績・キャッシュフローをベースにトレンドを形成して長期間、値上がりを続けるようなことにはならないのです。つまり投機の対象となる商品で一定の収益を得るためには、基本的に短期の値動きを狙った売買になります。

でも、株式のような投資は別です。前述したように、株価は企業価値の持続的な向上によって、長期的に値上がりするという性質を持っています。

設備投資やM&Aによって成長が加速したり、複利効果で収益が加速する効果も重要なポイントです。したがって、株式は長期投資に耐えられるのです。これは、その株式を組み入れて運用する投資信託も同じと考えて良いでしょう。

ちなみに投機の一種として挙げた「バイナリーオプション」ですが、これはたとえば1時間後の為替レートが円高になるのか、それとも円安になるのかを当てる、一種の丁半博打のようなものです。

価値の増殖などは全く関係なく、単に対象物の価格変動の方向性を当てるだけの商品ですから、投資でも何でもありません。

ここまで申し上げると、多くの方にはご理解いただけるかと思いますが、投機商品は長期の資産形成には全く不向きです。

それはそれで、遊びでと割り切れるなら、多少の資金でやってみるのは良いと思いますが、長期の資産形成をめざすのであれば、投機的な商品には手を出さず、あくまでも投資商品で行うことをお勧めします。

中山 大輔

元JPモルガン・アセット・マネジメント ファンドマネジャー

(※写真はイメージです/PIXTA)