住宅購入はライフイベントのなかでも最も大きな買い物のひとつといわれています。購入に際しては住宅ローンを活用することが大半であるため、夫婦でよく相談して諸々を決めるべきなのですが、ここで夫婦間の揉め事に発展するケースも多いようです。本記事ではKさん夫婦の事例とともに、住宅購入時の家族間のコミュニケーション不足に潜むリスクについて、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

住宅購入の過程で離婚する夫婦

若い夫婦が住宅を買おうとするとき、その段取りは決してスムーズなものではありません。ハウスメーカー選び、住宅ローン選び、予算の決定、学区の選定、生命保険の見直し、営業マンとの交渉……夢のマイホームを手に入れるのはこんなに大変なものなのかと驚いてしまいます。

なかでも「夫婦で何度も話し合いを持つ」ということに、大きなストレスを感じる場合があります。莫大な借金をしてマイホームを手に入れるわけですから、本来は夫婦どちらも真剣に取り組み、意見のすり合わせを常に行っていくことが理想の姿です。

しかし、現実はそうは簡単にいきません。普段からコミュニケーションが少なく、話し合うことが苦手な夫婦は非常に苦労します。

夫が妻に「興味がない」といって家づくりに関わろうとしないのに、妻が決めたことに対してあとから文句を言うケース。妻が家の間取りや仕様を決める際に、夫婦の話し合いもそこそこに一人で暴走して予算オーバーとなるケース。「住宅を買うなんて愚か者がやることだ、投資をすべき」とネットで聞きかじった持論を繰り返し、妻の長年の夢を頭ごなしに否定する夫のケース……。

その結果は案の定、夫婦喧嘩です。人生の一大事にフェアな話し合いを持てないのですから、お互いの不満が爆発して当然でしょう。

実は住宅購入を検討している過程で離婚に至る夫婦は、決してめずらしくありません。「こういう関係性では、35年間もかけて住宅ローンを返済していくような共同作業は無理。夫婦関係自体が無理だろう」と判断してしまうのです。

住宅を購入するというのは、その夫婦関係のあり方が試されるタイミングなのかもしれません。ここでは、住宅購入の打ち合わせ中に離婚を決めた夫婦の内情と、その後の様子について事例を紹介していきます。

住宅購入を検討する世帯年収1,310万円の30代夫婦

<事例>

妻K 35歳 会社員 年収850万円

夫M 37歳 会社員 年収460万円

子供なし

夫は4年前に任意整理と転職あり

妻の預貯金 1,200万円

妻のKさんは大手企業に勤務する会社員です。同期のなかでは最速のスピードで昇進し、現在の年収は850万円。夫のKさんとは5年前に知り合い結婚しました。結婚後もずっと激務に身を投じたため、子供を作るかどうかについて夫婦で話し合いを持てないままでした。

2年前に夫のMさんは社内不倫のトラブルが発覚し、退職を余儀なくされました。

本来であれば妻のKさんは怒りに震えるところですが、自分も家庭を顧みず家族の一員としての役割を果たしてこなかったことにも原因があると反省したのです。夫は寂しくてそうなってしまったのだろうと理解しようと努力し、夫婦関係を解消するという事態にはおよびませんでした。

家づくりに興味のない夫

子供を作るかどうかの話し合いもしたいし、もう少し家庭生活も大切にしたいという思いから、マイホームの購入を考えるようになりました。タワーマンションにも憧れましたが、夫Mさんの実母が一人暮らしをしていて体に障害を持っているということもあり、夫の実家の近くに戸建てを購入することを思いつきました。

どうせなら注文住宅にして、延べ床面積45坪程度の広めの家が欲しい。リモートワークにも対応できるようにワークスペースを整え、広いキッチンにして料理も本格的に覚えたい。妻Kさんの夢は広がるばかりです。

しかし夫Mさんは気もそぞろな様子。家づくりに興味がないようです。

住宅メーカーの展示場を数社訪問し要望を伝えたところ、土地込みで7,000万円程度の資金計画になるということがわかりました。1,000万円を自己資金として入れ、住宅ローンの借入は6,000万円。35年返済、金利0.5%で毎月の返済額は約15万円となります。少し高いなと思ったものの、夫婦合わせて世帯年収で1,310万円あるため、決して無理な額ではないだろうと思いました。

まさかのローン事前審査に落ちる…一体なぜ?

ある住宅メーカーに決め、銀行に住宅ローンの事前審査を出してみたところ予想外のことが発覚します。夫との連帯債務の形で申し込みましたが、審査はNGでした。

呆然としていると、営業マンから「あくまでも銀行からの提案という形ですが、奥さんだけで審査をもう一度かけてみてはいかがかということです」と告げられます。つまり、夫との連帯債務であればお断りだということです。

「理由はわかりません」と営業マンが言いますが、なにやら含みのあるニュアンスです。こうしたケースの場合、夫が金融事故を起こしているのは間違いなさそうですが、このときも妻はあまり気に留めることがありませんでした。その後、提案どおり妻Kさんだけの単独で行った審査には無事通過しました。

夫の2度目の不倫が発覚

住宅メーカーとの契約の締結をし、銀行との金銭消費貸借契約も行ったあとで、夫が突然言い出しました。

「家はやっぱり欲しくない」

「えっ、いまさらなにをいうの?」妻Kさんは驚いてしまいます。

「なぜいまになっていうのかわからない」どうしてもっと前に言わないのか、住宅メーカーの打ち合わせ時も興味がない態度を露骨に出していたのに、なぜなにもいわなかったのか。妻Kさんは理解に苦しみます。打ち合わせは主に土日でしたが、仕事があるといって出かけていき参加しなかったことも一度や二度ではありません。

そのときは夫はそれ以上なにも言わなかったため、契約をキャンセルするような話にはなりませんでしたが、次第に夫への不信感と不愉快さが募るようになりました。

その数日後、衝撃的な事実を知ることになります。夫はよく自宅のパソコンでメッセージアプリを開き、知人とやりとりすることがありましたが、ある日その画面がログイン状態のまま放置されていることに気づいたのです。

Kさんがふと見たところ、どうやら女性とのやりとりのようでした。目に映ったのは取引先の人や友人とは思えない言葉の数々。驚いて詳しく読んでみると、どうやら相手は職場の女性のようでした。不倫関係にあると判断していいようです。

不倫を繰り返す幼稚な夫の末路

そのやり取りのなかで、こんなことが書いてありました。

不倫相手が、夫Mさんが妻と共有名義で家を買うことを嫌がっているのです。これに対して夫は言い訳を繰り返します。

「家なんて俺は欲しくないのに、妻が強引に買おうとしている」

「離婚をするともう告げたのに、強引に俺名義で家を契約した」

キャンセルしてくる」

「結婚したらマンションを買おう」

夫の幼稚さに呆れてしまいます。住宅ローンの審査がNGだった自分がなにをいっているのか……。

Kさんはさすがに今回ばかりは怒り心頭です。審査が通らない夫を許し、夫の実家の近くに土地を買い、自分は通勤に1時間以上もかかることも覚悟したというのに、夫は不倫相手とのママゴトに夢中になるばかり。不倫を隠し通せるほどの能力もないのかと一気に気持ちが冷めてしまいました。

Kさんは、このやりとりをすべてスクリーンショットとして残し、夫に突きつけました。最初は否定していましたが、不倫相手の女性への損害賠償請求の話になると慌てはじめ、また仕事を辞めなくてはいけなくなると泣きついてきました。

「離婚するし、あなたたち2人は仕事を辞めて結婚でもすればいいよ。でもお金はしっかり払ってもらいます」

そういって、妻Kさんは離婚することにしました。

問題は契約した家のこと

離婚するとなったら、わざわざ郊外に家を買う必要はありません。それどころか、別れた夫の実家の近くに1人で住むなんてありえません。

しかし自宅はすでに基礎工事が始まっています。キャンセルはできるのでしょうか。怖くて担当営業マンには言えませんでした。

FPに依頼し、恐る恐るキャンセルの手続きを訊いたところ、こんな回答でした。

・着工しているため、違約金というよりも損害賠償をしなければならない

・建材費や人件費だけではなく、本来メーカーが得られていたはずの利益も弁償する必要がある

・銀行はすでに融資が実行されているためキャンセルは不可能。一括返済を求められる

そして結論としては、

・このまま家を完成させ、すぐに売却するか賃貸物件として貸し出すほうが損害は少ない

・賃貸にする場合には住宅ローンを事業ローンへ借り換えする必要がある(金利は3倍近く高くなり返済期間も短くなる)

・賃貸にした場合はローンを抱えているため、今後あらたな住宅ローンを借りられなくなる

・夫の不貞行為によって損害を受けているので、不倫相手の女性への慰謝料の請求額に若干反映できるのかもしれないが、300万円以下である

・新築後すぐに売却しても、オーバーローンとなり、住宅ローン分を相殺できるのがせいぜいで、その場合は自己資金の1,000万円は戻らない損失となる

ということでした。

売却と賃貸、どちらが「損害」を最小限にできるのか

売却するか賃貸にするかを比較検討したところ、賃貸は維持費、税金、金利、火災保険料、空室リスク、将来の解体費用を考慮すると利益はゼロかマイナスになる可能性があることがわかりました。

郊外であるため家賃も高くできません。住宅ローン控除も適用になりません。さらに返済期間が短くなり金利も高くなるため、年単位でのキャッシュフローはギリギリです。

次に、売却することを考えると、おそらく住宅ローンの元金程度の金額でしか売れないことが予想されます。しかも売れるまでのあいだ、火災保険や税金などの維持費がかかります。

不倫相手の女性からの慰謝料300万円、夫からの離婚慰謝料500万円が入るとすれば、自己資金の一部になるため、損害は最小限で抑えられるかもしれません。しかし慰謝料の額が最大であればの話です。また、実際には居住しないため住宅ローン減税の手続きはできません。

その後、ふたりは離婚の手続きをしましたが、夫は多重債務者となっていて離婚慰謝料を支払う余裕がありませんでした。公正証書を作成して分割払いをすることにしました。不倫相手の女性もまた慰謝料を支払うだけの貯えはなく、やはり分割払いをすることに。

どちらも社内に不倫の事実を知られ、退職することになったようです。そうなると慰謝料の支払い、またはその遅延に伴う差押えの手続きも困難になる可能性があります。

いずれを選択するかはまだ決定していないものの、妻Kさんは自分が受けた理不尽さに怒りが収まりません。しかし、最初の不倫事件を大目に見たこと、住宅ローンの審査がNGだったことも不問にしたことなど、重大な局面で話し合いをしていなかったことも今回の顛末の遠因となっていることは否めないでしょう。

家を買うときに試される夫婦間のコミュ力

夫婦関係が行き違っている状態で高額な借り入れをすることは絶対に避けるべきです。必ずどちらかが無関心、無責任な状態となります。

家がどうしても欲しい妻、置いてきぼりをくらう夫という関係性ではいずれ問題が起きます。住宅購入によってコミュニケーションの希薄さが顕在化しただけであって、それ以前にすでに問題が進行しているのです。

これから一生にわたり一緒に生活をし、力を合わせて借金を返済するわけですから、その覚悟をふたりで確認し合うべきなのです。普段からコミュニケーションが十分でなければ家を買うよりも、まずやるべきことがあります。

夫婦に問題が起きても起きなくても、日ごろから会話を深める習慣を作りたいものです。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)