人気アニメシリーズの1作であり、時系列的にはいちばん最初の物語になる「傷物語」。2016年よりアニメーション映画が全3部作(『I鉄血篇』『II熱血篇』『III冷血篇』)で公開され、好評を博した同作が、それらを再構成する形で1本化。総集編にあたる『傷物語 -こよみヴァンプ-』として公開中だ。

【写真を見る】『傷物語 -こよみヴァンプ-』の収録時のエピソードを明かした尾石監督。「改めて声優陣の演技力のすごさを思い知りました」

これを受けて「傷物語」3部作および、『傷物語 -こよみヴァンプ-』を手掛けた尾石達也監督と、同作の制作プロデューサーを務めるアニプレックス石川達也氏にインタビューを実施。制作の経緯から、両者のこだわりが込められたシーン、さらには収録時にあった声優陣とのエピソードまで、たっぷり語ってもらった。

■「3部作全編を通して“シリアスな雰囲気”に仕上げたのが、今作のテーマ」(尾石)

――『傷物語 -こよみヴァンプ-』はどういった経緯で制作されることになったのでしょう?

尾石「もともと3部作も、当初は1本の作品として企画がスタートして。そのつもりで絵コンテを描いていたんですけど、話が進むにつれ、どんどん規模が大きくなっていき、最終的に3部作として公開されることになったんです。自分としては作りきった達成感があり、出来にも満足していたのですが、3作目の公開中にプロデューサーの岩上さん(現アニプレックス代表取締役社長の岩上敦宏)から『テイストを変えて、改めて1本の作品として映像化してみませんか?』というお話をいただきまして。シリアスヴァンパイア・ストーリーとして、作品を再構築するのはおもしろい体験だなと思い、お引き受けすることにしたんです。なので編集作業そのものは、3部作の公開直後からスタートしていました」

――かなり前から動いていた企画なんですね。

尾石「映像自体は数年前の時点ですでに完成していたのですが、コロナ禍の影響で音響以降の作業が止まってしまって…。そのほかにも様々な要因が重なり、このタイミングでの公開になりました」

――3部作だった「傷物語」を1つの物語として描くにあたり、盛り込むシーンはどのような基準で選ばれたのでしょう?

尾石「今作のテーマに沿って、シリアスなシーンを抽出する形で再編集しました。それと今回は劇伴も半分近く作り直して、新しい曲を多めに使っているので、視聴時にはそちらにも意識を向けていただけるとうれしいです」

――新たに作られた劇伴はどのようなものになりますか?

尾石「3部作では要所ごとにコミカルなシーンが入り、そこでは緊張を和らげるようなホッとする曲を使っていたのですが、今作は全編を通してシリアスな雰囲気に仕上げたくて。もともとは明るい曲が流れていたシーンも緊張感のある曲に差し替えたりして、作品の空気感を統一しました」

■「昔からのファンから触れたことのない人まで、誰しもが楽しめる“原点”になる作品」(石川)

――3部作がヒットしたあと、シリアス路線で物語を再構築しようと思われた理由や、ねらいについてお聞きしたいです。

石川「尾石監督がおっしゃった通り、もともと『傷物語』は1本の作品として想定していたのですが、監督の用意された絵コンテがすばらしくて。これを最大限に活かすには尺を増やすしかない…となり、3部作で展開することになったんです。ただ、それと同時に、制作陣のなかでは『分割せずに、純度の高い1本作品として仕上げたい』という思いも根強くあって。そうしたチャレンジ精神が8年間消えずに残っていたことが、再構築を実現させたいちばんの理由かな…と思っています」

――3部作と本作、同じ物語でありながら、異なる見方ができるのはおもしろいですね。

尾石「尺的にもかなりコンパクトなので、シリーズに触れたことがない、初めてのお客さんでも観やすくなっていると思います。もちろん、3部作をご覧になった方にも、新しい作品を観るつもりで楽しんでいただけるように仕上げていますので、ご期待ください」

石川「シリーズとしても原点になる作品なので、ここから観ていただいてもまったく問題ありません。予備知識なしでも十分楽しんでいただけると思いますよ」

――今作で「傷物語」に触れて、そこから3部作を視聴する…といった楽しみ方もアリですか?

石川「ぜひぜひ!どちらもご覧いただけますと幸いです。両方を見比べて違いを検証する…といった楽しみ方もできますし、本作から3部作といった見方をしていただくことで、作品に対する理解もより深まると思います」

■「改めて声優陣の演技力のすごさを思い知りました」(尾石)

――お2人のオススメのシーンを教えてください。

尾石「先ほど劇伴について触れましたが、本作を制作するにあたり、声優陣の皆さんにも再収録をお願いしたので、キャラクターたちの会話シーンではセリフそのものにも意識を向けていただけると幸いです」

石川「オススメはすべてのシーン…といいたいところですが、本作ではより、キスショット(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)と暦(阿良々木暦)に焦点を当てる形でストーリーが展開していくので、同シリーズにおける中心人物の“出会いの物語”として、2人のシーンを中心に楽しんでいただきたいですね」

――再収録の際、声優陣にはどのような演出をされたのでしょう?やはり、3部作よりもシリアスな芝居を求められたのでしょうか?

尾石「声優の皆さんには、3部作の収録時にもかなりハードな芝居を要求していまして。たとえば、キスショット役の坂本真綾さんには、序盤のシーンで全身全霊の命乞いをお願いしたのですが、この難しい注文に見事に応えてくれました。まさに完璧なお芝居でしたが、それはその時点の坂本さんが、あらゆる情報を整理し、自分の中で咀嚼したうえで発する“その時しか表現できないお芝居”でもあるので、それをもう一度やってくださいとは言いづらかったですね。でもその結果、当時とはまた違う、まさに本作にぴったりのお芝居をしていただけたので、改めて声優さんの演技力のすごさを思い知りました」

――同じシーンでも、今作と3部作では前後のシーンとの繋がりが違っていたりするので、それに合わせてお芝居にも微妙な差異が生じるわけですね。そうした変化の付け方は、声優さんが独自に判断されているのでしょうか?

石川「そうなります。むしろ今回は、演出側から『こういうお芝居をしてください』というディレクションはいっさいなかったですね」

尾石「本作の声優陣は実力派ぞろい…ということもあり、そういった形でお願いしました。とくに暦役の神谷浩史さんとは20年来の付き合いなので、『神谷さんに演じてもらえば大丈夫』という安心感がありました」

――そんな神谷さんのお芝居のなかで、いちばん痺れた箇所…といいますか、すごいなと思われたシーンはどちらですか?

尾石「どのシーンも非常に魅力的に演じていただきましたが、いちばん印象に残っているのは、やはりラストシーンですね。詳細は伏せますが、息遣いだけで暦の感情を見事に表現してくださって、すごく印象に残りました」

――貴重なお話、ありがとうございます。それでは最後の質問になりますが、シリーズ全編を通して、お2人のお気に入りのキャラクターを教えてください。

尾石「テレビアニメ『化物語』の制作時は、メインヒロインの一人、戦場ヶ原ひたぎに思い入れがありました。そのせいか、羽川(羽川翼)はおざなりな扱いになってしまって…。それを後悔していたので、『傷物語』3部作では羽川を魅力的に描こうと思ったのですが、そうすると今度は彼女の占めるウェイトが大きくなり、キスショットが不憫なことになってしまって…(苦笑)。こうした反省を踏まえて、この度の『傷物語 -こよみヴァンプ-』では暦とキスショットにフォーカスした構成になっていますので、そういった部分にも注目していただけると幸いです」

石川「僕は昔から羽川推しです(笑)。『傷物語』に限らず、シリーズを通して特異な立ち位置にいるキャラクターなので、次はどんな行動を取るのか、毎回ワクワクしながら、その動向を見守らせてもらっています。それともう1人、お気に入りのキャラクターを挙げるとしたら暦は外せないですね。なんだかんだあっても、やっぱりかっこいいキャラなので、これからもその活躍を見ていきたいです」

取材・文/ソムタム田井

『傷物語 -こよみヴァンプ-』を手掛けた尾石達也監督と、制作プロデューサーを務めるアニプレックス石川達也氏/撮影/河内彩