毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。今月は、もともとは家族でなかった登場人物たちがお互いに歩み寄り、心を寄せていく“疑似家族”の小説をご紹介。
また、2023年12月22日に『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』が文庫化された桜木紫乃さんに、本作と疑似的な家族という関係性の魅力についてお伺いしました。

今月のおすすめ疑似家族小説

『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃 角川文庫

釧路のキャバレーで下働きをしている20歳の章介は、タレント3人の世話係を務めることに。舞台でミス連発のマジシャン“師匠”と、いかついルックスとは裏腹に美声の“ブルーボーイ”、そして不愛想極まりない“ストリッパー”。キャラの濃い彼らと師走の一ヶ月を共に過ごすうち、家族とは似て異なる関係性が芽生えてくる。

『すみれ荘ファミリア』凪良ゆう 講談社タイガ文庫

トイレとお風呂、台所は共有の下宿屋「すみれ荘」を管理する一悟の前に、新しい入居者となる青年・芥が現れる。どうやら幼い頃に生き別れた弟のようなのだが、確信はもてない。芥が加わったことで、すみれ荘の住人たちそれぞれの思わぬ一面が見えてきて……。人と人の関係性と愛の可能性を問い続ける作家の、源流的一本。

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ 文春文庫

父が3人、母が2人いる優子は、17年の人生で家族形態が7回も変わっている。実母の死後の、祖父母との暮らしを経ての父の再婚。その後、父の海外転勤を機に継母・梨花との生活。梨花の再婚と再再婚と離婚……。血のつながりのない親たちに愛され、育まれてきた彼女が人生の伴侶と出会い、自らの家族をつくるまでの物語。

『Burn.-バーン-』加藤シゲアキ 角川文庫

気鋭の演出家レイジは交通事故に巻き込まれ、子役として活躍していた20年前の少年時代の記憶を取り戻す。渋谷を根城とするホームレスドラッグクイーンと出会ったことで、孤独だった自分は“家族”のぬくもりを知ったのだ……。過去と現在をシャッフルさせる構成で主人公の成長と気づきを描く著者の〈渋谷サーガ〉3作目。

『八日目の蝉』角田光代 中公文庫

不倫相手の子どもを連れ去った“母”希和子と、その“娘”として育てられた薫。逃亡生活の末に希和子は逮捕され、薫は本来の家族の元へ帰される。歳月が流れ、実の両親との関係にわだかまりを抱いたまま成長した彼女は、既婚男性の子どもを身ごもってしまい……。疑似母娘の絆を通して“親と子”の在りようを問いかける。


桜木紫乃が語る、「家族関係」と『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』

桜木さんが2021年に発表した『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』が文庫化される。どん底タレント3人と無為に生きる青年の共同生活を、慈愛に充ちたまなざしで綴っている。〈昭和〉〈北海道〉〈はみだし者〉そして〈遺骨〉と、桜木小説でおなじみのエッセンスがぎゅぎゅっと詰まった快作だ。

――本作品の題名は、大竹まことさんとの会話から生まれたそうですね。

桜木:以前「大竹まこと ゴールデンラジオ!」に呼んでいただいたことがあって、対談中に大竹さんが昔、真冬の釧路へ営業に行ったときのことを話してくださったんです。「そのときのメンバーが、俺と師匠とブルーボーイとストリッパーだったんだよ」というのを聞いた瞬間、鬼太郎の妖怪アンテナならぬ作家アンテナがぴっと立ったんです(笑)「大竹さん、それって小説のタイトルですよ。それで一本書かせてください!」と生放送の最中に叫んでしまいました。

――昭和50年という背景がいいですね。師走の釧路は「三億円事件」が時効を迎えた話題で持ちきりです。

桜木:私は当時10歳くらいで、周りの大人が「三億円あったらどうする?」なんて話で盛り上がっているのを、ふ~んと聞いていました。大人たちって子どもには分からないだろうと思って、(子どもの前で)けっこう迂闊なことを言いますよね。あの頃は200海里漁業水域問題もニュースなどで騒がれていましたが、現場の雰囲気は案外のんきだったのも印象に残っています。みんな目の前のもうけ話ばかり。そんなふうに、釧路という街にうごめく山師な大人たちをながめていました。

――大人といえば、名倉章介がアテンドするマジシャンの“師匠”と、“ブルーボーイ”である歌手のソコ・シャネル、そして“ストリッパー”のひとみさんは、それぞれまさに「大人」ですね。

桜木:この物語は章介の視点で、私自身が彼と一緒にものを見るようにして書いているので、よけい周りの人が大人に見えるんですよね。師匠たちの振る舞いには一つ一つに情があります。それも、情があるんだよ、というのを表にださず、恩着せがましくなく伝えている。それができるのは大人の証だと思います。

――そういう人間たちを描ける桜木さんもまた大人で。

桜木:私はよく自分のことをババアと称しますけど、内心ではババアにしてはあまり大人になってないなあ、と感じてるんです。十代の頃からものの見方、考え方がほとんど変わっていませんし。年齢を重ねたからといって大人になれるわけではない、というのを、いい大人と呼ばれるような年になってみて、つくづく思う。でも、そういう心持ちだから師匠をはじめとする大人たちの大人さに、新鮮な気持ちで「いいなあ」と感じられたのかも。

――夜道で転んでケガした章介に手を貸してくれるタクシー運転手や、ソコ・シャネルのいわゆる“オネエ言葉”にも平然とした態度をとるジーンズショップの店主など、一期一会のキャラクターたちの情味や礼節も心に残ります

桜木:それは嬉しいですね。主役を褒められるよりも、脇役や通りすがりの人物について褒められる方が嬉しく感じられるのは、たぶんそこに最も書き手の性分が出ると教わってきたから。小説って意外と端役とか、ストーリー上ではぜんぜん重要ではない人物にこそリアリティが宿るものだと思うんです。逆に言うと、ここを作者の都合にあわせて書くと、いいことないんですよ。

――桜木さんはプロットを作らずに小説を書くとのことですが、本作もそうでしたか?

桜木:執筆前に決めていたのは、俺と師匠とブルーボーイとストリッパーがでてくるということだけ(笑)私はただ小説の中へ「出勤」して、彼らのやりとりを間近で見て、会話を聞いて、それをひたすら記述していきました。自分の場合、プロットを作らない方が自由に書けるし、キャラクターも自由に動いてくれるのです。ただ、自由に動くとはいっても、やっぱり自分自身の経験が底の方にはあるわけで。例えば3人に連れられて章介が父親の遺骨をお墓に入れる場面がありますが、彼らがなぜそんな行動をとったのかというと、それは私が実人生でお墓に骨を入れた経験があるからなんです。

――自分の経験そのものを書くわけではないけれど、経験がものを書かせる、ということでしょうか。
 
桜木:私の経験を使って彼らが自由に動いているんです。毎日さあ書こうというとき、「師匠、今日はどこへいきますか?」と呼びかける感じかな。

――直木賞受賞作の『ホテルローヤル』から近作『家族じまい』『ヒロイン』まで、様々なかたちの「家族」関係を書かれてきました。桜木さんの家族観とはなんでしょう。

桜木:私は常々親は子に生き方ではなく、死に方を教えるものだと考えています。そして子は自分の親ではなく、他人から生き方を学ぶものだと考えています。親が子に生き方を教えようとするから仲がこじれたり、面倒な事態になってしまうんじゃないかって。生き方は親ではなく、他人様(ひとさま)から学んでくれと、子どもたちにも伝えてます。それって、いい人と出会うということだから。私自身、たくさんのすてきな先輩と出会って生き方を学びました。日々の暮らしはそのご恩返しというか、「先輩、私ちゃんと学びましたよ」と伝えているようなものなんです。そうして自分の子どもたちには、「あっぱれ」と言ってもらえるような死に方を見せたい。そこに親としての生き方がかかっているんです。

プロフィール

桜木紫乃(さくらぎ・しの)
北海道生まれ。02年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年に同作を収録した『氷平線』を刊行。12年『ラブレス』で島清恋愛文学賞、13年『ホテルローヤル』で直木賞、20年『家族じまい』で中央公論文芸賞を受賞。

本記事は「カドブン」から転載しております

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