甘いもの好きなのは人間だけではありません。

オオコウモリは糖質の高い果物を主食とし、1日に体重の2倍もの量の果物を食べているのです。

しかしそれでいて糖尿病には一切かかりません。

これはコウモリ研究における大きな謎でしたが、米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)は今回、オオコウモリが高糖質の食事に適応できる遺伝的システムを進化させていたことを発見しました。

この成果は糖尿病の新たな治療法を開発する上で役に立つと期待されます。

研究の詳細は2024年1月9日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されました。

目次

  • 甘いものを爆食いしても糖尿病にならないコウモリ
  • 高糖質食に適応した遺伝子システムを進化させていた

甘いものを爆食いしても糖尿病にならないコウモリ

糖尿病はインスリンが十分に機能しなくなったことで、血糖(血液中を流れるブドウ糖)が増えてしまう病気です。

インスリンは膵臓から分泌されるホルモンであり、細胞内に糖を取り入れることで、血液中に糖を溢れさせることなく、血糖値を正常に安定させる働きをします。

しかしインスリンが機能しなくなって、血糖値をコントロールできなくなった状態が糖尿病です。

主な症状には「喉が渇く」「尿の回数が増える」「疲れやすくなる」などがあり、さらに何年間も放置されると血管が傷ついて、心臓病や腎臓病、失明といった重い病気を発症するリスクが高まります。

特に現代人は運動不足や食生活の変化から糖尿病にかかりやすく、日本ではすでに5〜6人に1人が糖尿病に罹患しています。

そんな私たちと対照的に、どれだけ甘いものを食べても糖尿病を発症しないのが「オオコウモリです。

ジャマイカオオコウモリ
ジャマイカオオコウモリ / Credit: en.wikipedia

熱帯の密林に暮らすオオコウモリは毎日20時間も寝た後に、4時間だけ起きて糖質の高い果実や花蜜をたらふく食べ、また寝ぐらに戻る生活をしています。

1日に自分の体重の2倍量の果物を食べているのですが、糖尿病を発症する個体はいません。

甘党の方からすれば実にうらやましい話ですが、生物学者にとっては「どうして血糖値が上昇しないのか」が不思議でした。

そこで研究チームはこの謎を解き明かすべく、果実食のジャマイカオオコウモリ(学名:Artibeus jamaicensis昆虫食のオオクビワコウモリ(学名:Eptesicus fuscusの遺伝子システムを比較調査しました。

高糖質食に適応した遺伝子システムを進化させていた

今回の研究では、糖代謝に関与している「膵臓」「腎臓」に焦点を当てました。

膵臓は血糖値を下げる「インスリン」や逆に血糖値を上げる「グルカゴン」を分泌して、血糖値を調節する働きを担います。

腎臓は血液中の老廃物をろ過し、尿として排出することで体内の水分や塩分のバランスを維持し、血圧を調節します。

そこでチームはコウモリの膵臓と腎臓の個々の細胞における遺伝子を分析しました。

研究プロセス(2種のコウモリの膵臓と腎臓の個々の細胞から遺伝子機能を調べる)
研究プロセス(2種のコウモリの膵臓と腎臓の個々の細胞から遺伝子機能を調べる) / Credit: Wei E. Gordon et al., Nature Communications(2024)

その結果、オオコウモリの膵臓は昆虫食のオオクビワコウモリに比べて、血糖値を下げる働きをする「インスリン産生細胞」を多く持っていたのです。

これにより、大量の糖質を摂取しても血糖値が上がるのを防ぐことができると考えられます。

またオオコウモリの腎臓には、血液をろ過する際に流出する「電解質」を効率的に保持するための細胞も多く見られました。

電解質の保持は糖尿病と関連する高血圧を防ぐ上でとても大切な働きです。

糖尿病のような高血糖状態になると、血管内の糖濃度が上昇し、血管外との濃度差が生じます。

体はその濃度差のバランスを取るために、細胞から水分を引き出して血管内に取り入れようとします。こうした血液量の増加が血圧の上昇につながるのです。

すると今度は逆に、血管内の水分量が増えすぎてしまうため、体は増加した水分を排出しようとして尿の回数を増やします。

多尿は糖尿病によく見られる症状ですが、この際に血圧の低下にとって重要なカリウムなどの電解質が尿と一緒に失われてしまうのです。

オオコウモリはこの電解質をうまく補足することで、血圧のバランスを取っていたようです。

オオクビワコウモリにはこうした特徴はありませんでしたが、逆にタンパク質を効率よく分解して吸収するための細胞が多く、昆虫食に特化したシステムを備えていました。

糖尿病の治療法の開発に役立つ

糖尿病の治療法の開発に役立つ
糖尿病の治療法の開発に役立つ / Credit: canva

以上の結果から、オオコウモリにはどれだけ甘いものを食べても、血糖値をコントロールして、糖尿病を防ぐことのできる遺伝子システムが備わっていることが分かりました。

こうした高糖質食に適応したオオコウモリの研究は、糖尿病の新たな治療法を開発する上で役に立つとチームは指摘します。

チームは現在、オオコウモリの高糖質食を可能にする臓器細胞のDNA配列を決定し、それをマウスに組み込む研究に着手しています。

これによってマウス血糖値を効率的に下げられるようになれば、人間にも適応できる治療法が見つかるかもしれません。

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参考文献

How Fruit Bats Got a Sweet Tooth Without Sour Health
https://www.ucsf.edu/news/2024/01/426921/how-fruit-bats-got-sweet-tooth-without-sour-health

Sugar-loving fruit bats’ genes could point to new diabetes treatments, scientists say
https://www.livescience.com/health/diabetes/sugar-loving-fruit-bats-genes-could-point-to-new-diabetes-treatments-scientists-say

元論文

Integrative single-cell characterization of a frugivorous and an insectivorous bat kidney and pancreas
https://www.nature.com/articles/s41467-023-44186-y

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

甘いものを爆食いしても糖尿病にならないコウモリの遺伝子的な秘密!