リモートでつながる利便性に隠された現実や世界観のゆらぎコロナ禍中に構想された、デジタル社会を映し出すグループ展

国立新美術館は、2024年3月6日(水)から6月3日(月)まで、当館では5年ぶりとなる現代美術のグループ展「遠距離現在 Universal / Remote」を開催します。

 20世紀後半以降、人、資本、情報の移動は世界規模に広がりました。2010年代から本格化したスマートデバイスの普及とともに、オーバーツーリズム、生産コストと環境負担の途上国への転嫁、情報格差など、グローバルな移動に伴う問題を抱えたまま、私たちは2020 年代を迎えました。そして、2020年に始まった国境のないパンデミックにより、人の移動が不意に停止されたものの、資本と情報の移動が止まる気配はありませんでした。かえって、資本や情報の本当の姿が見えてくるようになったと思えます。豊かさと貧しさ。強さと弱さ。私たちの世界のいびつな姿はますます露骨に、あらわになるようです。

 展覧会タイトル「遠距離現在 Universal / Remote」は、資本と情報が世界規模で移動する今世紀の状況を踏まえたものです。監視システムの過剰や精密なテクノロジーのもたらす滑稽さ、また人間の深い孤独を感じさせる作品群は、今の時代、あるいはポストコロナ時代の世界と真摯に向き合っているようにも見えます。本展は、「Pan- の規模で拡大し続ける社会」と「リモート化する個人」の2つを軸に、このような社会的条件が形成されてきた今世紀の社会の在り方に取り組んできた8名と1組の作品をご紹介します。アジア、欧米、北欧など国際的に活躍しているアーティストたちの作品を通じて、ポストパンデミック社会と個人の在り方を鑑賞者とともに読み解きます。

開幕に先立ち、本展に関連した、出展アーティストによるトークイベントなど最新情報をご案内します。


出展作家・作品

現代社会に生きる人々の不安や欲望を、メタファーを通して「彫刻」した映像作品


井田大介 Daisuke Ida

1987年鳥取県生まれ、東京都在住。2015年に東京藝術大学大学院美術研究科(彫刻専攻)を、2016年にMADアートプラクティクスを修了。
近年の主な個展に「SYNOPTES」(Tezukayama Gallery、大阪、2023年)「あなたが鳴らしても鐘は止まない」(デカメロン、東京、2021-22年)、「Photo Sculpture」(3331 Arts Chiyoda、2018年)など。東京ビエンナーレ(2021年)や「日本国憲法典(part2)」(無人島プロダクション、東京、2023年)などの芸術祭やグループ展にも参加している。主な受賞歴に第19回岡本太郎現代芸術賞入賞(2016年)など。

《誰が為に鐘は鳴る》

井田は彫刻という表現形式を問いながら、目には見えない現代の社会の構造や、そこで生きる人々の意識や欲望を彫刻・映像・3DCGなど多様なメディアを用いて視覚化している。2021年に制作された3点の映像作品《誰が為に鐘は鳴る》、《イカロス》、《Fever》が、本展のための3部作として再構成される。いずれの作品でも「炎」が重要な要素となっており、熱がもたらす上昇気流やSNSの炎上などから「飛行」「上昇」「落下」のメタファーでコロナ禍社会を可視化する。


井田大介《誰が為に鐘は鳴る》2021年
(C) Daisuke Ida, courtesy of the artist

国際的に高い評価を得ている現代美術の巨匠による初の映像作品
監視カメラが映す現実から壮大な虚構を生む


Xu Bing Studio

徐冰(シュ・ビン) Xu Bing

1955年中国、重慶生まれ。北京とNY を拠点に活動。1987年に北京の中央美術学院版画専攻の修士課程を修了。
近年の主な個展に「Xu Bing: Gravitational Arena」(浦東美術館、上海、2022-24年)、「Xu One: Xu Bing」(ブルックリン美術館、2019-20年)など。2015年にアメリカ国務省芸術勲章を受章したほか、第14回福岡アジア文化賞(2003年)などを受賞している。
実在しない「偽漢字」や漢字のように見える英文「新英文書法」の創作、絵文字と記号のみで書かれた小説「地書」、廃材を用いたインスタレーション作品などで知られている。

とんぼの眼》

本展では徐の初の映像作品《とんぼの眼》(2017年)を上映する。チンティンという女性と、彼女に片思いする男性、クー・ファンの切ないラブストーリーが語られる。しかし、この映画に役者やカメラマンは存在しない。全ての場面が、ネット上に公開されている監視カメラの映像のつなぎ合わせである。徐と彼の制作チームは、20台のコンピューターを使って約11,000時間分の映像をダウンロードし、若い男女を主人公にした物語に合わせて編集した。


徐冰《とんぼの眼》2017年
(C) Xu Bing Studio, courtesy of the artist

“見えない” 問題を浮き彫りにするアーティスト
私たちを取り巻く、テクノロジーと権力の相互メカニズムが可視化される


Photo by Axel Dupeux

トレヴァー・パグレン Trevor Paglen

1974年アメリカ、メリーランド州生まれ、ベルリンニューヨークを拠点に活動。アート・インスティテュート・オブ・シカゴで修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で地理学の博士号を取得。近年の主な個展に「Trevor Paglen: Hide the Real. Show the False」(ノイエ・ベルリナー・クンストフェライン、ベルリン、2023年)、「Trevor Paglen: You’ ve Just Been F*cked by PSYOPS」(ペース・ギャラリー、ニューヨーク、2023年)など。東京電力福島第一原発事故に伴う帰還困難区域内で開催されているプロジェクト「Don't Follow the Wind」(2015年~)に参加している。主な受賞歴にマッカーサー・フェローシップ(2017年)、ナム・ジュン・パイク・アート・センター賞(2018年)など。

〈上陸地点〉〈海底ケーブル〉〈幻覚〉

グレンは地理情報と軍事機密、マシンビジョン、監視と通信システム、AIによる自動生成イメージなどをテーマに、写真、映像、立体作品を制作している。本展では、大陸間を海底でつなぐ通信ケーブルの上陸地点の風景を撮影した〈上陸地点〉シリーズ、海に敷設されているケーブルを撮影した〈海底ケーブル〉シリーズ、パグレンが設計したAIエンジンが生成したイメージによる〈幻覚〉シリーズの3シリーズを展開する。


トレヴァー・パグレン《米国家安全保障局(NSA) が盗聴している光ファイバーケーブルの上陸地点、米国ニューヨークマスティックビーチ》2015年
(C) Trevor Paglen, courtesy of the artist; Altman Siegel, San Francisco; Pace Gallery, New York

ハイブランドBALENCIAGA と、労働者のためのBELANCIEGE
現代の政治と社会を「バレンシアガ方式」で読み解く


Photo by Leon Kahane

ヒト・シュタイエル Hito Steyerl

1966年ドイツミュンヘン生まれ、ベルリン在住。日本映画大学とミュンヘンテレビ映画大学でドキュメンタリー映画を学び、2003年にウィーン芸術アカデミーで哲学の博士号を取得した。
近年の主な個展に「ヒト・シュタイエル:壊れた窓の街」(ライプツィヒ美術館、2023年)、「ヒト・シュタイエル:データの海」(国立近現代美術館、ソウル、2022年)など。日本では「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」(2018年、水戸芸術館 現代美術ギャラリー)などのグループ展に参加。2017年に出版された『デューティー・フリー・アート:課されるものなき芸術 星を覆う内戦時代のアート』は2021年に邦訳版が出版されている(フィルムアート社)。Art Review の「Power100」ランキングでは2013年より現在まで10年連続入選、2017年には1位に選ばれた。

《ミッション完了:ベランシージ》

本展に出品される《ミッション完了:ベランシージ》は、2019年に開催されたシュタイエルの個展においてレクチャー・パフォーマンスとして発表された後、インスタレーションに再構成された。ファッションをキーワードに、1989年ベルリンの壁崩壊からの30年間の、格差という風景を永遠に見せ続ける資本主義の堂々巡りの旅を説く。


ジョルジ・ガゴ・ガゴシツェ、ヒト・シュタイエル、ミロス・トラキロヴィチの共同制作《ミッション完了:ベランシージ》2019年
展示風景:「ヒト・シュタイエル」ノイエ・ベルリナー・クンストフェライン(n.b.k.)、2019年
Courtesy the artists; Neuer Berliner Kunstverein, Berlin; Andrew Kreps Gallery, New York; Esther Schipper, Berlin
Photo (C) Neuer Berliner Kunstverein (n.b.k.) / Jens Ziehe

「心の恋人」の痕跡を辿りながら、日本社会の深層を浮き彫りにする映像作品
忘れたら、見なかったことになる?


Photo by marisa shimamoto

地主麻衣子 Maiko Jinushi

1984年神奈川県生まれ、東京都在住。2010年に多摩美術大学大学院美術研究科を修了。2019年から2020年までヤン・ファン・エイク・アカデミーのレジデンスプログラムに参加。
主な個展に「MAMプロジェクト031:地主麻衣子」(森美術館、2023年)、「親密さと距離」(Centre A、バンクーバー、2023年)、「ブレイン・シンフォニー」(旧横田医院、鳥取、2020年/ Art Center Ongoing、東京、2020年)など。「越後妻有 大地の芸術祭 2022」や「And again {I waitfor collision}」(KINGS Artist-Run: Side Gallery、メルボルン、2019年)など国内外の芸術祭やグループ展に参加している。

《遠いデュエット

地主は映像、インスタレーション、パフォーマンス、テキストなどを総合的に組み合わせて「新しいかたちの文学的な体験」となる作品を制作している。本作品は彼女が自身の「心の恋人」とする詩人・小説家ロベルトボラーニョ(1951‒2003年)最期の地であるスペインを訪れる旅を題材にしている。現地で出会う人々との対話を通して、日本の社会を再考する、5章からなる映像作品。


地主麻衣子《遠いデュエット》2016年
(C) Maiko Jinushi, courtesy of HAGIWARA PROJECTS

孤独死の現場から私たちに問いかける
社会保障が充実していれば、幸せになれるのか


Photo by Kent Klich

ティナ・エングホフ Tina Enghoff

1957年デンマーク生まれ、コペンハーゲン在住。ニューヨークのインターナショナル・センター・オブ・フォトグラフィー (ICP) で写真を学ぶ。
本展に出品される〈心当たりあるご親族へ〉プロジェクトは2003年の個展(ニコライ・クンストハル、コペンハーゲン)にて発表された。その他近年の主な個展に「Displaced」(デンマーク王立図書館 ブラック・ダイアモンドコペンハーゲン、2022年/シシミウト美術館グリーンランド、2021年)、「移住者の記録」(フォトグラフィスク・センター、コペンハーゲン、2013年/ Gallery Tegen2、ストックホルム、2013年)など。スウェーデンArbetets Museum が主催するドキュメンタリー写真賞を2018年に受賞した。

〈心当たりあるご親族へ〉

日本初出品の作家。エングホフは記録写真における表象と可視性の問題を扱う作品を制作している。主に北欧における植民地主義や福祉国家の制度的暴力、アーカイブの権力構造といったテーマに関心を持ち、コミュニティへの参加や共同制作、アート・アクティヴィズムを中心としたプロジェクトを実践する。〈心当たりあるご親族へ〉は孤独死した人の身元引受人を探すための新聞記事に着想を得ており、都市に存在する孤独を問う。


ティナ・エングホフ《心当たりあるご親族へ――男性、1954年生まれ、自宅にて死去、2003年2月14日発見》2004年
(C) Tina Enghoff, courtesy of the artist

世界中をつなぐ通信のケーブルを地道につなぐ作業員の“手”
小さな個人の手仕事から、大きな世界を見通す


Photo by Jungwoo Park

チャ・ジェミン Jeamin Cha

1986年韓国生まれ、ソウル在住。2010年に韓国芸術総合学校美術学部を卒業後、2011年にロンドンチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで修士号を取得。
近年の主な個展に「Troubleshooting Mind I, II, III」(Kadist、サンフランシスコ、 2020年)、「Love Bomb」(サムユク・ビルディング、ソウル、2018年)など。「第14回光州ビエンナーレ」(2023年)などの芸術祭のほか映画祭にも参加しており、第69回オーバーハウゼン国際短編映画祭(ドイツ、2023年)では審査員特別賞を、第47回DMZ 国際ドキュメンタリー映画祭(韓国、2022年)では特別賞を受賞した。

《迷宮とクロマキー》

日本初出品の作家。映像、パフォーマンス、インスタレーションと執筆活動まで、多岐にわたる媒体で制作を続けている。チャの作品は、身体と心理や感情との関係性を扱い、表現しがたい経験を持つ個人に焦点を当てる。また、技術の進歩によって縮小していく未知の領域を保存することに関心を持っている。映像作品《迷宮とクロマキー》では、「ネット強国」を自負する韓国社会の片隅で、「配線」という目に見えないインフラを作る作業者の姿から、大量の情報を支える個人の労働が浮かび上がる。


チャ・ジェミン《迷宮とクロマキー》2013年
(C) Jeamin Cha, courtesy of the artist

アートをハッキングするアーティスト
無作為に並べられた大量の画像があらわす現代の肖像画


エヴァン・ロス Evan Roth

1978年アメリカ・ミシガン州生まれ、ベルリンを拠点に活動。メリーランド大学で建築学を学び、パーソンズ・スクール・オブ・デザインでデザイン&テクノロジーを専攻しMFAを取得。
本展に出品される《あなたが生まれてから》はジュ・ド・ポーム国立美術館(パリ、2020年)やMOCAジャクソンヴィル(フロリダ、2019年)においても披露された。その他近年の主な個展に「Skyscapes: Berlin-Mitte」(/rosa、ベルリン、2023年)、「Red Lines with Landscapes:Portugal」(フィデリダデ・アルテリスボン、2020年)など。目の動きだけで絵が描ける装置《The EyeWriter》の開発プロジェクトに携わり、第14回文化庁メディア芸術祭(2010年)で優秀賞を獲得した。

《あなたが生まれてから》

ロスは私たちを取り巻く環境を完全に作り変える力をもつ点に芸術作品の制作とハッキングの相似性を指摘し、絵画や彫刻、ウェブサイトまで多様なメディアに応用する。《あなたが生まれてから》は彼が2021年から取り組んできた〈インターネット・キャッシュ自画像〉シリーズのうちの一つで、自身のコンピューターのキャッシュ(cache)に蓄積される画像データを抽出して空間を飽和させるインスタレーション。本作では、彼に次女が誕生した日以降にキャッシュされた画像を用いて没入的な空間を作り出す。


エヴァン・ロス《あなたが生まれてから》2023年、展示風景:「あなたが生まれてから」ジャクソンビル現代美術館、2019年
(C) Evan Roth, courtesy of the MOCA Jacksonville
Photo by Doug Eng

変わる世界と変わらない風景 あなたの日常はどこにありますか?


木浦奈津子 Natsuko Kiura

1985年鹿児島県生まれ、鹿児島県在住。2010年に尾道市立大学大学院美術研究科油画専攻を修了。
近年の主な個展に「目の前をよぎる」(Takashi Somemiya Gallery、東京、2022年)、「表面をなぞる」(EUREKA、福岡、2022年)など。2019年に第45回鹿児島市春の新人賞を受賞し、受賞記念展として「うみとこうえんと、」(鹿児島市美術館、2021年)が開催された。このほか「VOCA展2022 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─」(上野の森美術館、2022年)などのグループ展に参加している。

《こうえん》

木浦は一貫して風景、特に日常の景色の油絵を描き続けている。カメラで捉えた近郊の風景をもとに描かれる彼女の作品は、単純で抽象的でありながらも、見たときの風景そのままを保存する不思議な魅力をもつ。《うみ》《こうえん》《やま》など身近な風景を通じて、私たちの生活の変わらない本質を捉える。会場では、新作を交えて大小さまざまな風景を、木浦自身がインスタレーションのように壁面いっぱいに展示する。


木浦奈津子《こうえん》2021年
(C) Natsuko Kiura, courtesy of the artist
Photo (C) EUREKA

関連イベント

アーティスト・リレー・トーク

井田大介、地主麻衣子、ティナ・エングホフ、チャ・ジェミン、エヴァン・ロス

日程:3月10日(日)13:00 - 16:30

会場:国立新美術館 3階講堂

参加費:無料

※日本語と英語の同時通訳あり

徐冰(シュ・ビン)講演会

日程:3月17日(日)

会場:国立新美術館 3階講堂

参加費:無料

※日本語と中国語の同時通訳あり

アーティスト・ワークショップ

木浦奈津子

日程:5月12日(日)

会場:国立新美術館

ヒト・シュタイエル×トレヴァー・パグレン 対談

日程:5月25日(土)

会場:国立新美術館 3階講堂

参加費:無料

※日本語と英語の同時通訳あり

キュレーターによるギャラリートーク

尹志慧(国立新美術館 特定研究員/本展企画者)

日程:会期中複数回の実施を予定しています

会場:国立新美術館 企画展示室1E

参加費:無料

詳細は後日、ホームページ等でお知らせします。


開催概要

会期:2024年3月6日(水) ‒ 6月3日(月)

休館日:毎週火曜日 ※4月30日(火)は開館

開館時間:10:00‒18:00(毎週金・土曜日20:00まで)

会場:国立新美術館 企画展示室1E

観覧料:一般1,500円 大学生1,000円

主催:国立新美術館

協力:ゲーテ・インスティトゥート東京

プレスリリースダウンロード: PDF [2.3 MB]

https://www.nact.jp/pr/media/UR_0116Ja.pdf

配信元企業:文化庁

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