日本人の金融リテラシーを高めるため、高等学校でも金融経済教育がスタートしました。しかしその一方で、なぜかまだ、手数料の高いファンドラップが人気を得ています。なぜこのような状況にあるのでしょうか。FP資格も持つ公認会計士税理士の岸田康雄氏が解説します。

なぜ日本人の「金融リテラシー」が育たないのか

生徒:いよいよ新しいNISAが始まりました。これにより、国民の資産所得は倍増するのでしょうか? 高等学校でも金融経済教育が始まっていますが、周りの若いみなさんは、資産運用のことをサッパリ理解していないように感じます。

先生:新しいNISAが始まったことで、金融機関の顧客獲得競争が激しさを増しています。しかし、日本人の金融リテラシーの改善を後押しするはずの金融教育は進んでいません。これは、教育をリードする予定である「金融経済教育推進機構」がまだ立ち上がっていないからでしょう。

生徒:「金融経済教育推進機構」とはなんでしょう?

先生:日銀の金融広報中央委員会が母体となって設立された組織で、官民両方から理事や運営委員の人材を募り、金融教育の中心を担うことが予定されているものです。ここでは、これまで金融広報中央委員会が蓄積してきた教育コンテンツが利用されるはずですが、最近、新しい教育コンテンツはまったく制作されていません。

生徒:金融経済教育推進機構が、新しいNISAやiDeCoの使い方を教えてくれるのですか?

先生:金融経済教育推進機構は、新NISAやiDeCoなどについて、投資助言業の要件を緩和したアドバイザーの資格認定と教育・研修を行う予定です。

生徒:では、そのアドバイザーに「どの商品を買ったらいいですか?」と質問をすれば、正しい答えを教えてくれるのでしょうか?

先生:いいえ。残念ながら、正しい答えは教えてくれないでしょう。そんなことをすれば、NISA口座を普及させるべき金融機関から、大反対を受けるからです。

生徒:えっ! 金融経済教育推進機構は、金融機関に中立な立場で、正しい指導をしてくれるのではないですか?

先生:金融経済教育推進機構の理事や運営委員には、銀行や証券会社から天下りしてきたOBや業界団体の幹部などが入る予定です。そうなると、これまで働いてきた金融機関が売りたい商品を勧めることになるからです。

生徒:金融庁は、顧客本位の業務運営、つまり「フィデューシャリー・デューティー」を最優先するといっていますが、金融庁が責任を持って投資助言業やアドバイザーを教育しようとはしないのでしょうか? 金融庁が厳しい罰則などの仕組みを設けないと、意味がないのでは…。

先生:金融庁は忙しいですから、とてもそこまで手が回らないのかもしれませんね。

高等学校で金融経済教育を行うのは〈銀行マン〉!?

生徒:では、金融経済教育推進機構ができたとき、高等学校での金融経済教育はだれが行うことになるのでしょうか?

先生:そこは「お金の専門家」として、銀行員や証券営業マンが、全国の高等学校に大量に派遣されることになるでしょう。学校の先生のほとんどは、おそらく十分な金融知識を持っていないでしょうから、金融経済教育に自信がないはずです。そのため、銀行員や証券営業マンの講師の派遣を大歓迎するでしょう。

生徒:そうなりますか…。

先生:そのうえ、銀行員や証券営業マンは〈サラリーマン〉です。当然ながら、勤務先の会社の収益を稼ぐために働きますから、顧客の利益を優先するわけがありません。

生徒:それでは、せっかくの試みもあまり意味がないのでは…(汗)。

先生:仕方がないことです。私は以前、大手メガバンクで働いていたことがありました。もし、当時の私が学校に出向いて資産形成の講義を行うとしたら、証券口座は関連する証券会社の利用を勧めますし「その銀行の商品であるファンドラップを買って、投資のプロに運用を任せましょう」と、自信満々に教えたでしょう。

生徒:先生も、そんなセールストークをしてきたのですね…。

生徒:そうです。会社員ですから、会社のために働くのは当然なのです。きっと、富裕層のお客様に〈資産運用のプロ〉だと強調したうえで「これからはGAFAを中心としたグローバルなアクティブ運用のファンドを買うべきです。私が教えます」など、明らかに嘘だとわかっていながら、誠実そうな態度をとったかもしれませんね…。

生徒:それでは、一般の方は簡単に騙されてしまうのでは?

先生:そうなのです。銀行や証券会社を退職したOBをやすやすと金融経済教育の現場に入れてしまうと、高等学校が将来の顧客作りのための営業現場になってしまうでしょう。

生徒:では、正しい金融経済教育とはどのようなものでしょうか?

先生:どのような商品が良く、どのような商品が悪いのかを区別できるようになるには、金融の基礎知識だけでも理解しておくことが必要です。たとえば、複利や割引現在価値の計算です。これは、金融商品が儲かるか損するか、といった判断を行うために必須の知識です。

生徒:むずかしそうですね…。

先生:むずかしいのはこれくらいで、基本は掛け算割り算だけで計算できますよ。投資のタイミングを考えたり、投資対象の商品の選択を考えたりするとむずかしくなりますが、実はこれらを考える必要性はほとんどないのです。ゼロベースからスタートして「個人のための資産形成・運用方法」を確立し、体系化することが必要になってくるでしょうね。

生徒:金融経済教育推進機構が、そのような教育方法を作ってくれるのでしょうか?

先生:う~ん、それこそむずかしい問題ですね。

岸田 康雄 公認会計士税理士/行政書士/宅地建物取引士中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)

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