「AI機能の搭載により、ゲームプレイを有利にする」と考えられるPCモニターが話題を呼んでいる。

参考:【画像】AI搭載モニターにおける実際の画像処理の例

 はたして同機器は「ハードウェアチート」に分類されるべきものなのだろうか。トレンドトピックとなりつつあるゲーミングブランド・MSIの新製品から、チートの境界線、eスポーツシーンのあり方を考える。

■AI機能を搭載したMSIの最新モニター『MEG 321URX QD-OLED』

 話題となっているのは、台湾に本社を置き、PCパーツ、および周辺機器などを展開するゲーミングブランド・MSIの新製品だ。同社は2024年1月9日から1月12日までの日程で開催されていた電子機器の見本市『コンシューマー・エレクトロニクス・ショー 2024』(以下、『CES2024』)で、多機能モニター『MEG 321URX QD-OLED』を発表した。

 イベントを取材した海外メディアによると、同機器はMOBAジャンルの人気タイトル『League of Legends』(以下、『LoL』)のプレイに最適化されており、敵の出現位置をAIによって予測する機能「SKYSIGHT」や、自身が操作するチャンピオンのHPをバックライトで表現する機能「HEALTH INDICATOR」を搭載しているという。

 『LoL』において、ミニマップやHPバーはすべてのプレイヤーが等しく視認できる情報だが、ハードウェアの個体差、性能差によって、未確認の敵の位置を表示したり、注視する必要のある情報をより大きく表示したりすることは、ゲームの公平性を棄損する可能性がある。そうした点が「ハードウェアチートである」と問題視され、物議を醸している現状だ。

 また、これらの処理はモニター内のチップで行われているため、ゲーム自体の挙動に干渉せず、公式が使用を認知することが難しい。eスポーツの競技シーンでは、オンライン大会の実施が活発となっている。そのようなシチュエーションでは、使用するハードウェアの確認が困難であるため、大会の運営にも影響を及ぼすのではないかと懸念されている。

ハードウェアの性能差、許容すべき境界線を考える

 このようなモニターを活用し、他者より有利にゲームプレイを行うことは、チートに分類されるようなモラルに反する行為なのだろうか。深く考えるほど、そう簡単には線引きできない事情も見えてくる。そもそもPCによるゲーミング環境は家庭用ゲーム機を用いる場合とは異なり、プレイヤーごとに差が生まれることが前提にあるからだ。

 スペックの良いCPUやGPU、潤沢なRAM、高速な記憶域、リフレッシュレートの高いモニター、ゲーミングに特化したマウスキーボード、ヘッドセットなど、プレイに好影響を与えてくれるパーツ、ガジェットの例は枚挙にいとまがない。これらが倫理的とされ、件のモニターが非倫理的とされることに、誰もが納得できる形で説明ができるかと問われれば、少なくとも私は答えを示せず、“程度の問題”と着地させてしまうだろう。「ゲーム自体の挙動に干渉しない」という前提がある以上、その他大勢の環境格差と明確な線引きができないこともまた、今回の騒動を複雑なものとしている実態がある。

 とはいえ、上述の理由ではコンバーターマウサーの断罪も難しくなってくる。コンバーターマウサーとは、シューター系のタイトルにおいて、ゲームパッド(コントローラー)にエイムアシストが付与されていることを利用し、実際にはコンバーターを介してキーボードマウスで操作するプレイヤーを指す言葉(※)だ。言わずもがなだが、この例もゲーム自体には干渉していないが、倫理的には決して褒められる行為ではない。一部のタイトルでは、運営がコンバーターの使用を認めない方針を明らかにしており、大会からは使用者が排除されているケースも多くある。件のモニターについては、コンバーターマウサーとの区別も難しい。だからこそ、少なくないフリークが同機器を「ハードウェアチートである」と判断し、糾弾している面もあるのだろう。どちらにしても、今後のeスポーツのあり方を左右するトピックとなっていることは間違いない。

※これとは逆に、パッドでの入力に限定されているはずの家庭用ゲーム機において、コンバーターを経由させ、キーボードマウスで操作するプレイヤーを指すケースもある。

■加速する競技タイトルの“Pay to Win化”。道具が大勢に影響しやすいことの是非は

 「より良い環境を構築したい」。そのような想いを抱くPCゲーマーは少なくない。そのいくらかは競技タイトルを快適にプレイするために、自分好みのパーツやガジェットを買い揃えているはずだ。この「快適」という言葉は「有利に戦える」とニアリーイコールである。つまり、それらを選ぶひとつの基準が、先に述べたような「高性能であること」というわけだ。

 その前提に立つと、競技タイトルの分野は“Pay to Win化”しているとも言える。Pay to Winとは、より多くの資金を投入した人間が勝利を手に入れやすいという構造を指す言葉だ。ゲームカルチャーにおいては、基本プレイ無料・アイテム課金型のタイトルに対して使われやすい。知識・技術・プレイ時間などを重んじてきた従来のモデルとは対極にある概念であることから、そうした性質を蔑む意図でも使われることがある。

 当然だが、性能の良い製品は比例して価格も高くなりやすい。「快適にプレイする(≒有利に戦う)」ためには「高いパーツ、ガジェットを買う必要がある」という傾向が強まってきているのが、シーンの現状だ。AIを搭載した高機能モニターの登場は、そうした時流を示す一端とも考えられるのではないだろうか。

 『MEG 321URX QD-OLED』について、MSIはまだ価格を明らかにしていないが、AIという新たな機能を搭載していることを考慮すると、従来の同等の製品よりさらに高価格となることが予想される。もしこのような製品の使用が認められるeスポーツシーンとなっていけば、新規参入は難しくなっていくと言わざるを得ない。同分野の発展において重要な役割を担う人気タイトルの運営には、そうした点も踏まえた冷静な対処・判断を期待したい。

 “道具“の良し悪しが勝利に深く関わるようなeスポーツであっては、さらに逆風は強まっていくに違いない。スポーツであると主張するのであれば、バットやグローブ、ボール、ユニフォームの質で大勢が決しない分野である必要があると、私は考えている。

(文=結木千尋)

画像=Unsplashより