毎月150冊出る新書からハズレを引かないための 今月読む新書ガイド
(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)

■01『淀川長治の映画人生』岡田喜一郎・著/中公新書ラクレ

■02『私鉄探検』近藤正高・著/ソフトバンク新書

■03『見えないアメリカ』渡辺将人・著/講談社現代新書

■04『ドット・コム・ラヴァーズ ネットで出会うアメリカの女と男』吉原真里・著/中公新書

■05『英語ベストセラー本の研究』晴山陽一・著/幻冬舎新書

■06『ビジネスに「戦略」なんていらない』平川克美・著/洋泉社新書y

■07『金融vs.国家』倉都康行・著/ちくま新書

■08『理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性』高橋昌一郎・著/講談社現代新書

■09『10秒の壁―「人類最速」をめぐる百年』小川勝・著/集英社新書

■10『中国が隠し続けるチベットの真実 仏教文化とチベット民族が消滅する日』ペマ・ギャルポ・著/扶桑社新書

今回(6月発売分)の新刊は148冊。さすがに疲れが見えはじめたのか、全体に地味でした。

①『日曜洋画劇場』の名解説者として知らない人はいない、けれども、その映画批評眼がいまひとつ知られていない気がする故・淀川長治。氏と親交の深かった著者ならではエピソードで紡いだ「映画バカ」淀川長治の素描です。セックスへのこだわり、ホモセクシュアル疑惑への見解も読みどころ。

淀川長治の映画人生
淀川長治の映画人生』(中央公論新社)著者:岡田 喜一郎

②これは力作かつ労作でしょう。地域に密着した私企業であるがゆえに様々な文化を生みだしてきた私鉄。そんな「私鉄文化」の特色を、沿線ごとに歴史をふまえ切り出してみせた一冊です。名所を紹介した「私鉄探検ガイド」まで付いてそれっぽい装いですが、「私鉄文化」を入り口に、都市論、日本文化論にリーチしています。

私鉄探検
『私鉄探検』(ソフトバンククリエイティブ)著者:近藤 正高

リベラルな人はスターバックス・コーヒーを、保守的な人はクアーズ・ビールを好む――。アメリカ人の政治傾向を消費スタイルで斬った冗談のような比喩ですが、「おおまかにいって当たっていると真剣に考えられている」。独特の多様性を持ちながら、民主、共和、二つの党に折りたたまれているせいで見えなくなっているアメリカの姿をあぶりだした一冊です。ヒラリーやゴアの選挙で集票を担当した著者ならではの実地にもとづく認識と分析が出色。

見えないアメリカ
『見えないアメリカ』(講談社)著者:渡辺 将人

④アメリカの「match.com」は、日本でいうなら出会い系サイト。このmatch.comをつうじ知り合った男性たちとの顛末を日本女性がつづった体験リポートです。著者はハワイ大学教授で、なんとジェンダー研究が専門の学者さん。なのに、セックスについてもあけすけ(描写があるわけではありませんが)にさっぱりと書かれており、もっぱら理論武装したコワ面ばかりだったフェミニズムやジェンダーという文脈においては画期的な一冊ではないかと思います。

ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男
『ドット・コム・ラヴァーズ―ネットで出会うアメリカの女と男』(中央公論新社)著者:吉原 真里

⑤戦後のベストセラー英語本をあらためて分析することで、日本の英語教育を問いなおす、ありそうでなかった一冊。英語教育に対する思想の移り変わりがもう少し浮き彫りにされていれば、とやや食い足りなく思ったのですが、新書にそれは欲張りすぎでしょうか。

英語ベストセラー本の研究
『英語ベストセラー本の研究』(幻冬舎)著者:晴山 陽一

⑥著者は内田樹氏といっしょに会社を興したり、共著(『東京ファイティングキッズ』)を書いたりしている企業家、経営者。主題を要約すると「ビジネスというものに対する原理的な洞察」という大変抽象的なことになってしまうのですが、経済のグローバル化グローバリズムは違うものである、という認識によく表れているように、優勝劣敗の法則からビジネスを解き放ち、人が生きるための共同体的基板として捉えなおすことが説かれた、ある種の思想書とも読めます。新自由主義に対するサヨク的でない批判としても、検討されるべき示唆に富んでいます。

ビジネスに「戦略」なんていらない
『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社)著者:平川 克美

⑦金融リテラシーが叫ばれる昨今ですが、大体が「損をしないためのファイナンス知識」止まり。金融というものの歴史を国家という視点からひもといた本書は、本来の意味でリテラシーを養うためのテキストとして格好の一冊。

金融vs.国家
『金融vs.国家』(筑摩書房)著者:倉都 康行

⑧カタいタイトルで、扱われているのも「理性の限界」をめぐる激難易度の定理や公理ばかり。しかし、啓蒙書としてはメチャクチャ平易です。何しろ始めから終わりまでずっと「雑談」で、これ以上は砕きようがないほど。著者いわく、一流の研究者でも「雑談」が一番わかりやすい。たしかに。

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性
『理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性』(講談社)著者:高橋 昌一郎

⑨100m10秒。偶然というにはあまりに美しいこの壁を指標に、環境の変化や、テクノロジーの進歩に焦点を合わせ、100m走の歴史がたどられます。シンプルながら奥深いテーマです。

10秒の壁 ―「人類最速」をめぐる百年の物語
『10秒の壁 ―「人類最速」をめぐる百年の物語』(集英社)著者:小川 勝

チベット関係の新書が今月だけでも数冊出ていますが、一冊というならこれ。ペマ・ギャルポ氏はチベット出身で、日本の大学で教鞭を執り、コメンテーターとしても著名ですが、チベット問題についても精力的に講演などを開かれています。本書はそのエッセンスといえるでしょう。

扶桑社新書 中国が隠し続けるチベットの真実
扶桑社新書 中国が隠し続けるチベットの真実』(扶桑社)著者:ペマ・ギャルポ


【書き手】
栗原 裕一郎
評論家。1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア】
Invitation(終刊) 2008年9月号
「私鉄文化」の特色を、沿線ごとに歴史をふまえ切り出してみせた一冊