世界のビジネスエリートたちは、今こぞって「行動経済学」を学び、グーグルアマゾン、マッキンゼーほか、名だたる企業が「行動経済学を学んだ人材」の争奪戦を繰り広げているという。なぜ、ビジネス界でこの学問に注目が集まるのか。本連載では、「行動経済学」の主要理論を体系化した話題書『行動経済学が最強の学問である』(相良奈美香著/SBクリエイティブ)より、内容の一部を抜粋・再編集。人間が「非合理的な意思決定」をしてしまうメカニズム、「システム1vsシステム2」など代表的な理論についてわかりやすく解説する。

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 第6回目は、アマゾンの「キャッシュレス効果」ほか、人間の「感情」がお金の使い方に与えるさまざまな影響について紹介する。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
■第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?(本稿)

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感情が「お金の使い方」にも影響を与える

 さて、ここまで人間の非合理な意思決定に大きく影響を与える「アフェクト」を学び、そして、アフェクトにはポジティブなものとネガティブなものがあることを紹介してきました。

 これらアフェクトは、人のさまざまな「非合理な行動」を作り出しますが、その中でも「お金の使い方」について特徴的な行動を引き起こすことがあります。

 あなたも経験があるでしょう。例えば、「気分が落ち込んだときに、ついお金を使いすぎてしまった」。もし人間が合理的な存在であれば、感情に任せてこのような散財をするようなことはしません。しかし、私たちはそのときの感情によって、「非合理なお金の使い方」をします。

 そして、そんな「非合理なお金の使い方」をする人間の集まりが経済(ビジネス)ですから、当然、経済も感情によって動かされる非合理な存在なのです。

 ここでは、感情がどのように人の「お金の使い方」に影響を与えるか、見ていきましょう。

アマゾンは「キャッシュレス効果」であなたを麻痺させる

 先ほど、ネットショッピングではタッチパネルで買うほうがより商品を魅力的に思ってしまう「保有効果」を紹介しました。感情が「お金の使い方」に与える影響の例でもあります。

 つまり、買う前の商品に対しては、「自分のもの」というアフェクトを持たないほうがいいわけですが、「お金そのもの」に対しては、「自分のもの」というアフェクトを持ったほうが無駄遣いはなくなります。また関連して、現金で決算するかキャッシュレスかという違いもお金の使い方に影響を与えます。

 日本でも急激にキャッシュレス化が進み、消費者庁の発表によれば、普及率は2019年12月の54.2%から2022年2月には64.0%に増加しています。日本でもこれほど進んでいますが、アメリカはもはやほとんどの人が現金を使わない社会で、カードかスマホアプリで支払う習慣がすっかり定着しています。

 しかし、行動経済学では、キャッシュレスの人のほうがお金を使いすぎてしまうことがわかっています。なぜなら、キャッシュレスだとお金の決済の際の「透明性が低い」ということで、「お金を使ってしまった」という心理的痛み(Pain of Paying)を感じにくいからです。また、いくら使ったという感覚も低く、「いっぱいお金を使ってしまった」ということに対するネガティブ・アフェクトも生まれにくくなってしまい、結果、簡単に使ってしまうのです。

 逆に、現金の決済のほうが透明性が高い、つまり、リアルで目の前の商品に対する現金を手渡しすることにより、「どれだけどのように使ったか」という感覚が強くなるので、ネガティブ・アフェクトが生まれやすく、無駄遣いをしなくなります。

 アマゾンなどのネットショッピングは、まさにカード決済で、しかも、ワンクリックで購入が完結する。買いたい商品に対するポジティブ・アフェクトに導かれるまま、麻痺したような経済感覚での買い物となりがちです。またお金を使った感覚が薄いので、「無駄遣いしてしまった」というネガティブ・アフェクトも感じることが少なく、ついつい続けて無駄遣いしてしまいがちです。

 もちろん、カードやアプリは安全性、利便性に優れていますから、使い分けるのも一案です。例えば健康や教育など、「自己投資として使ったほうがいいお金」はカードで支払う。なぜなら手渡しする現金では、「払うことの痛み」をもっと身近に経験し、使うのを惜しんでしまうからです。あなたが「ここにはお金をかけるべき」と考えているものには、(もちろん予算内で)あえてカードを使うのも一つの選択です。

 逆にスターバックスのラテのような「ちょっとした楽しみ・贅沢」は、現金で支払う。コーヒーの香りに対するポジティブ・アフェクトに釣られてついつい気がつかずに無駄遣いするのではなく、現金を数え、手渡しすることで、「お金を使った」という感覚を高められることになります。また、より意識的に購入することによって、「それだけの大切なお金をはたいている」ということから、その楽しみや贅沢の幸せをより強く実感することができます。

■なぜ“$20.00”より“20.00”のほうが売れるのか?

 お金との心理的距離について、さらに面白い実験を紹介しましょう。レストランで2通りのメニューを用意しました。

・Aには「○○○ $20.00」と各料理に「$+金額」を表示
・Bには「○○○ 20.00」と各料理に「金額のみ」を表示

 違うのは「$」の表示があるかないかだけ。メニューのデザインや、料理の種類など、その他の条件はすべて同じです。

 結果、Bのメニューを受け取ったお客さんのほうが大幅に消費額が増大しました。「$」という表示がないことで、頭では金額とわかっていますが、「お金を払う」という行動が心理的に響かず、簡単にお金を使ってしまったのです。

 日本でも外資系ホテルや高級レストランでは、「2000円」とせず「2000」というように、算用数字のみのメニューを置いているところがあります。

 自分が売り手側で売上を伸ばしたいなら「2000」と数字のみの表示にし、買い手側で節約をしたいとき、もし「2000」という表示になっているメニューを見たら、慎重になったほうがいいでしょう。

 また、アプリ決済やeコマースではポイント制度も盛んですが、ここにも透明性を下げる「キャッシュレス・エフェクト」という企業側の戦略があります。例えば「いつでも返品OK」というサイトは、お金ではなくポイントで返金され、「ポイント=お金」という感覚が薄らぐので、貯まったポイントを気軽に使いがちです。

 カジノやゲームセンターでは現金をコインに替えて遊ぶのも同じ理由で、お金を溶かす仕組みがあちこちに潜んでいるのです。

<連載ラインアップ>
第1回 グーグル、マッキンゼーほか、有名企業が「行動経済学」に注目する理由とは?
第2回 サラダの方が体にいいとわかっているのに、なぜケーキを選んでしまうのか?
第3回 3種類のうち、なぜ多くの客が「Bランチ」を選ぶのか?
第4回 顧客の声に応えたのに、マクドナルドの「サラダマック」はなぜ失敗したのか
第5回 なぜTikTokはやめられない?企業が駆使する「選択アーキテクチャー」とは?
■第6回 スターバックスのラテは、なぜ現金で買った方がいいのか?(本稿)

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