中国の科学者たちは数年前から、倫理的に物議をかもしている霊長類のクローン作成を進めています。

そしてこのほど、中国科学院(CAS)の研究チームが、成功率の低かった従来のクローン技術の問題点を特定し、その改良バージョンを開発。

それをもとにアカゲザル(学名:Macaca mulatta)のクローン個体を作ることに成功したと発表しました。

この猿はすでに3年以上も生きており、アカゲザルのクローン個体としては最長記録となっています。

一体、何をどのように改良したのでしょうか?

研究の詳細は2024年1月16日付で科学雑誌『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 従来のクローン作成は成功率が低い
  • 従来のクローン技術の問題点を特定!改良バージョンを開発

従来のクローン作成は成功率が低い

クローン技術は、親となる個体とまったく同じ遺伝子をもつ個体を作り出す技術です。

世界最初のクローン個体は1996年イギリスで生まれた羊のドリーでした。

それ以来、科学者たちはブタ、イヌ、マウス、ウシ、ウサギなど、様々な哺乳類クローン作成に成功してきました。

羊のドリーの剥製(国立スコットランド博物館)
羊のドリーの剥製(国立スコットランド博物館) / Credit: ja.wikipedia

その一方で、より人間に近い霊長類のクローンは倫理的な問題だけでなく、技術的にも困難なものとなっています。

霊長類のクローン作成には主に猿が用いられますが、代理母の子宮に移植されたクローン胚の半数以上が60日以内に死亡しているのです。

また奇跡的に生まれたとしても、ほとんどが数時間〜数日も生存できません。(ドリーは6歳まで生きたと報告されている)

一体、どこに問題点があるのでしょうか。

従来のクローン技術「体細胞核移植(SCNT)」とは?

クローン作成に用いられる従来の方法は「体細胞核移植(somatic cell nuclear transfer:SCNT)」と呼ばれるものです。

これはクローン化したい個体Aの組織から体細胞を取り出し、さらにそこから遺伝情報を含む「核」を抽出します。

そして代理母となる別の個体Bから卵細胞を採取し、その中の核を抜き出して、代わりに個体Aの核を移植し、代理母の子宮に戻して発生を促す方法です。

羊のドリーや他のクローン動物も同じSCNTの原理が用いられています。

体細胞核移植(SCNT)のイメージ図。代理母の卵細胞(黄)から核を抜き出し、別個体の核(赤)を移植する
体細胞核移植(SCNT)のイメージ図。代理母の卵細胞(黄)から核を抜き出し、別個体の核(赤)を移植する / Credit: Researchgate, uploaded by Melodie Labuschaigne

実は中国科学院のチームは2017年に、SCNTを用いて、カニクイザル(学名:Macaca fascicularis)のクローン作成に成功していました。

中中(Zhong Zhong)と華華(Hua Hua)という2匹のクローン猿が誕生しており、現在もまだ存命で、すでに6歳を超えているという。

しかしながら、SCNTは基本的に成功率がきわめて低いことで知られ、死産の発生率も高く、無事に生まれたとしても大半がすぐに死んでしまいます。

中中と華華も何百回というSCNT試験の中で奇跡的に生まれた2匹であり、偶然の力に大きく左右されているのです。

こちらがSCNTで生まれた中中と華華の映像。

そこで研究チームはSCNTのどこに問題があるかの解明を試みました。

従来のクローン技術の問題点を特定!改良バージョンを開発

チームは何百回とSCNTによるクローン作成を繰り返すうちに、クローン胚では後に胎盤を形成することになる外膜が正常に機能していないことを発見しました。

具体的に見てみましょう。

核を移植した卵細胞は子宮の中で成長し、子宮内膜に着床できる状態にまでなった「胚盤胞」となります。

この胚盤胞の外膜にあたる「栄養芽層(trophoblast)」と呼ばれる部分が、後に胎盤となるところです。

胚盤胞の外膜にあたる「栄養芽層」
胚盤胞の外膜にあたる「栄養芽層」 / Credit: 基礎生物学研究所(2016)

実際に、通常の人工授精で作った胚盤胞と比較してみると、クローン胚では栄養芽層の遺伝子の働きに異常が確認されました。

これが後の胎盤の機能不全の原因となり、クローン胎児の死産または発育不全を引き起こしていたのです。

そこでチームは解決策として「クローン胚の栄養芽層を使わない」という作戦に出ました。

具体的には、通常のSCNTでクローン胚まで作ったところで、その胚盤胞から内部細胞塊(ICM)だけを抜き出します。

そして、これと別に人工授精(ICSI)で正常な胚盤胞を作り、その中身を抜き出して、先のクローンの内部細胞塊を移植したのです(下図を参照)。

チームはこの改良したクローン技術を「栄養芽層移植法(trophoblast replacemement)」と呼んでいます。

「栄養芽層移植法」の図解。クローン胚の内部細胞塊を正常な胚盤胞の中に移植
「栄養芽層移植法」の図解。クローン胚の内部細胞塊を正常な胚盤胞の中に移植 / Credit: Zhaodi Liao et al., Nature Communications(2024)

わかりやすく言えば、異常のあるカプセルから中身だけを取り出し、それを正常なカプセルに移し替えるというものです。

チームはこの方法をアカゲザルに適用し、11個のクローン胚を作った結果、うち1個から正常な子供を誕生させることに成功しました。

これは従来のSCNTの約10倍の成功率だといいます。

こうして2020年7月16日にアカゲザルのクローン個体が誕生しました。

この個体は栄養芽層(Trophoblast )に移植する(Replace)方法にちなんで、「リトロ(ReTro)」と命名されています。

bクローン胚の内部細胞塊、c正常な胚盤胞に内部細胞塊を移植したもの、d妊娠60日目、e誕生したリトロ
bクローン胚の内部細胞塊、c正常な胚盤胞に内部細胞塊を移植したもの、d妊娠60日目、e誕生したリトロ / Credit: Zhaodi Liao et al., Nature Communications(2024)

リトロはすでに生後3年以上を経過しており、アカゲザルのクローン個体として最長の生存記録となっています。(先程の6歳のクローンサルはカニクイザル)

健康状態も至って良好で、研究者いわく「元気にたくましく成長している」とのことです。

「人に近い霊長類のクローンは倫理的に問題がある」

本研究の成果は、クローン技術の進歩において画期的なものですが、一方で「人に近い霊長類のクローンは倫理的に問題がある」との批判の声も多く上がっています。

何より1匹のクローン個体を得るために、何十、何百という命が犠牲になっており、クローン反対派の研究者たちは「知的で感情のある動物を単なる研究の道具にすべきではない」と指摘します。

他方で、中国国内ではクローン研究が合法となっており、同チームも「あくまで国際的な倫理ガイドラインに従っている」と主張しました。

クローン研究は医学的な治療法や薬剤を進歩させる上で有用ではありますが、倫理的な側面から、国際的にスタンダードなものとなるかどうかは分かりません。

ただ一部の国だけがクローン技術の開発研究に力を入れると、国家間の技術的な格差が広がってしまうため、こうした研究を進める国がある以上、他の国も同様の研究に乗り出して行くしかないのかもしれません。

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参考文献

A Rhesus Monkey Cloned in China Is Still Alive After 2 Years
https://www.sciencealert.com/a-cloned-rhesus-monkey-is-still-alive-after-2-years

Cloned rhesus monkey created to speed medical research
https://www.bbc.com/news/science-environment-67987633

New cloned monkey species highlights limits of cloning
https://edition.cnn.com/2024/01/16/world/cloned-rhesus-monkey-china-scn/index.html

元論文

Reprogramming mechanism dissection and trophoblast replacement application in monkey somatic cell nuclear transfer
https://www.nature.com/articles/s41467-023-43985-7

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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