【東京・渋谷発】神職の資格を取得できる大学は、日本にたった二校しかない。今回の取材でお邪魔した國學院大學と私の出身校である伊勢の皇學館大学だ。渡辺瑞穂子先生は幼い頃から「暦」に並々ならぬ興味を抱き、神道研究の道に進み、女性初の神道学博士になられた。私は新聞記者、そして経営者として人生の多くを過ごしてきたが、神職を志した身でもある。先生が寄稿されたある記事を読み、何か化学反応が起きた。ある事象に、ふつふつと興味が沸き上がってきたのである。
(創刊編集長・奥田喜久男)

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●祖母が再興を果たした 元伊勢内宮皇大神社



奥田 私は冲方丁の『天地明察』を読んで暦の面白さに目覚めたのですが、この暦の世界に「2033年問題」というものがあると、渡辺先生が『神社新報』に寄稿された記事で初めて知ったんです。

渡辺 そうでしたか。それはうれしいですね。

奥田 その2033年問題については後ほどお聞きするとして、なぜ、先生は暦に興味を持たれたのですか。

渡辺 暦は、宇宙の神秘と歴史の魅力の両方を併せ持つものだと思います。私は、数学や物理などの理系科目はずっと苦手だったのですが、暦注(吉凶や運勢など)やそれに関連する占い、たとえば干支占いや生年月日の占いが子どもの頃から好きで、そうしたものに関する本などを集めてきました。

奥田 法学部に進まれていますが、現在研究されている分野とはだいぶ違いますね。

渡辺 文学部にも合格し、本当はそちらに行きたかったのですが、家族の勧めで法学部を選びました。でも、自分には神社のことを学ばなければならないという思いがあり、学部卒業後は國學院大學の大学院に進むことにしたのです。

奥田 神社のことを学ばなければならない、というのは?

渡辺 実は、私の家は、お伊勢様の故郷で、皇室にゆかりのある京都の元伊勢内宮皇大神社の社務所をお預かりしているのです。

奥田 おやまあ! たしか福知山の……。

渡辺 そうです。よくご存じですね。京都府福知山市の大江山のふもとにある神社です。最近は『鬼滅の刃』の鬼退治の舞台ともなり、訪れる方が増えているようです。

奥田 社務所をお預かりすることに、どのような経緯があったのですか。

渡辺 父方は北陸の出身で、建築・土木関係の事業を営んでいました。父方の祖母である渡辺兼子は信心深い性格で、事業で成功して得たお金で、それまで荒廃していた元伊勢内宮皇大神社の本殿や社務所を建て替えたのです。

奥田 それはすごい! いつ頃の話ですか。

渡辺 昭和40年代の後半と聞いています。

奥田 おばあさまは、どんな方だったのでしょうか。

渡辺 独特の感性をもっており、神との親交とか神との対話を通して、自分自身の意志を決めるというところがあったのだと思います。たとえ本人がしたくないことでも、それは神の意志だからすべきだという「神意」といったものを感じていたようです。現代に生きる私たちには、なかなか想像できないところですが……。

奥田 そうしたバックボーンがあって、おばあさまは神社の再興を果たされたのですね。でも、先生ご自身が神職の家系でもないのに、あえて神道研究の道に進まれた理由はどこにあるのでしょうか。

渡辺 皇大神社はかつて荒廃していたと申し上げましたが、せっかく祖母が再興してもそのまま放っておけば、瞬く間に荒れ果ててしまうと思ったからです。

奥田 なるほど。神社との関わりを持ち続けるためにも、そうした研究をされているというわけですね。それで、現在はどなたが社務所の運営をされているのですか。

渡辺 日常的な仕事は現地の方にお願いしていますが、帳簿の管理などは月に一度、父が福知山まで出向いて行っています。


●古代の暦を復元する 文理融合の学際的研究



奥田 皇大神社を守ろうという使命感のようなものが感じられますね。

渡辺 でも、ことさら神社が好きだったわけではないんです(笑)。むしろ、昔から好きだった占いに近い暦が面白くて、こうした研究に携わってきたわけです。

奥田 暦については、どんな研究をされているのですか。

渡辺 さきほど、宇宙の神秘と歴史の魅力と申し上げましたが、もう10年以上、国立天文台の相馬充先生たちと共同で、古代の暦を復元するという研究を行っています。どのように暦がつくられてきたのかということですね。こうした文理が融合した学際的研究はあまり進んでいないので、毎回新鮮な驚きや喜びがありますね。

奥田 古代の暦を復元する?

渡辺 たとえば、NHKの大河ドラマ『光る君へ』に登場する藤原道長の日記『御堂関白記』は原文が残っていて、暦注と一緒に日の出や日没の時刻が書き込まれています。そうした情報から、当時の時刻制度を復元していきました。いまは、聖徳太子に関わる年号について研究しています。

奥田 それはとても面白そうですね。天文学の知識と歴史の知識を融合させて、はじめてそういった研究が成り立つのでしょうね。

 ところで、神社あるいは神道と暦の関係は、どう整理したらいいのでしょうか。

渡辺 神社はお正月に暦を頒布するなど関わりはあるのですが、どういう仕組みで暦ができているかということについてはとくに示していません。

 他方「観象授時権(かんしょうじゅじけん)」というものが日本に限らず世界中に存在するのですが、これは「天の象を見て時を授ける権利」のことで、つまり時を司り、元号などを制定する権利は、その国家の代表や元首にしかなく、古代であればそれは国王や帝王のみが有したわけです。

 日本には元号があり、皇室が代々伝統をつないでいることを私たちは認識しており、時を治めている天皇が神道の祭主でもあることから、神道と暦の関係は深いといえますね。

奥田 先生は、そうした権力者がどのように暦をつくってきたのかということを研究の対象とされているわけですね。

渡辺 そうですね。私の研究テーマは、神道史、古代の神道と宗教であり、神社のお祭りと暦や季節の関係などについて調べてきました。それが、国立天文台の先生方との共同研究につながっていきました。

奥田 そうそう、2033年問題について、まだうかがっていませんでした。

渡辺 2033年問題は、このままではカレンダーに記されている「大安」とか「仏滅」が決められなくなってしまうという、私たちが生活していくうえで、きわめて身近な問題なのです。

奥田 先生が書かれた記事を読んで、そんなことがあるのかと思い、驚きましたが、その詳しい内容については後半でじっくりとうかがいます。

(つづく)


●幼稚園時代の絵本と栃木短大のキャンパス



 左の写真は、渡辺先生が幼稚園時代に自分でつくった絵本。年長さんにして、すでに「暦」を意識していたとのこと。右は、現在教鞭をとっている國學院大學栃木短期大学のキャンパス。お気に入りの場所の一つだ。

心に響く人生の匠たち

 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。

 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)

<1000分の第342回(上)>

※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。
2023.11.11/東京都渋谷区の國學院大學にて