文=松原孝臣 撮影=積紫乃

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学生生活の終わりが区切りとなる理由

「全日本選手権は特別な舞台」

 しばしば、スケーターやそのコーチは口にする。

 世界選手権あるいはオリンピックなど国際大会の代表選考対象の大会であることも特別な舞台としている理由の1つだ。でもそれだけではない。スケーターが小さな頃から憧れ、目標としてきた舞台である。

 さらには競技生活の「集大成」の場とするスケーターも少なくない。そして多くの場合、学生生活の終わりとともに競技にめどをつけ、精一杯の演技を披露しようと全日本選手権に臨む。

 学生生活の終わりが区切りの1つとなるのには、理由がある。その先、スケーターとしてどう歩んでいけばよいか、道筋が不明瞭だからだ。トップスケーターは別として、社会人スケーターとして競技に打ち込む環境は、例えば経済面をとってみても整っていない。続けるにしても選択肢は多くない。

 でもそこで選ぶ道が増えたら?

 その可能性を秘めるのが、高橋大輔がプロデュースする「滑走屋」だ。2月10日から12日まで3日間、福岡オーヴィジョンアイスアリーナで開催される。

 1公演は1時間15分、1日あたり3公演行われる。通常、2時間半強はあるアイスショーとして異例のことだ。またチケットの料金も通常のアイスショーと比べれば低価格におさえられている。

「今までずっと見て応援してきていただいた方々にはもちろん、今までアイスショーを見たことがない方々にも来てほしいと思っています」

「初めてだと2時間、2時間半は長く感じると思うので、公演時間を1時間15分にしました。もちろんその時間で十分楽しめるものにします」。

 高橋は語る。

 試みは公演の枠組みにとどまらない。高橋や村元哉中、村上佳菜子、友野一希、山本草太、島田高志郎、三宅星南、青木祐奈と国内外の大会やアイスショーで活躍してきたスケーターに加え、「アンサンブルスケーター」として14名が出演することだ。

 彼らのほとんどは現役の学生であり、トップスケーターたちによるアイスショーに参加した経験はない。

 高橋が語る。

ほんとうにスピード感のあるスケーターたち

「東日本選手権、西日本選手権を見に行って、そこで出てほしいと思った選手にオファーしました。まずは人数で圧倒するパフォーマンスを見せたい、疾走感やスピードが生み出す迫力を出したいと思っています。出演する学生の子たちも、ほんとうにスピード感のあるスケーターたちです」

 従来のアイスショーにないスケートの魅力を打ち出したいという意図からの試みは、別の意義も持っている。

「今シーズン限り」と決めて競技生活に打ち込んできた櫛田一樹は、昨年12月の全日本選手権フリーで4回転トウループを決めたのをはじめ渾身の演技で観る人の心を揺さぶった。

 試合後、出演する「滑走屋」についてこう語っている。

「(今後について)まだ何も決めていなくて、とりあえず高橋大輔さん主催の滑走屋に出て、そこから少し決めていこうかなと思っています。そこで自分の今まで磨いてきたスケーティングだったり見せ方だったりで評価されて、アイスショーのほうもいろいろオファーされたらいいなと思っています」 

 江川マリアもアンサンブルスケーターとして参加する1人だ。

「アイスショーの機会をいただけて、本当にすごい貴重な経験だと思うので、すべてを吸収したいというそういう気持ちです。アイスショーは初めてなので、たくさんいい経験ができたらいいなと思っています」

 全日本選手権で一昨年より2つ順位を上げて10位となったことが象徴するように着実に成長のあとを見せる江川にとって、ショーへ向けての練習も含め、貴重な時間となるだろう。

 江川は福岡でスケートを始め高校時代までを過ごしたが、拠点とするリンクが閉鎖されたため上京した経緯がある。その閉鎖されたリンクが新たな名称とともに再開したのが福岡オーヴィジョンアイスアリーナだ。そういう意味でも、大切な機会となる。

 彼ら2人だけではない。参加するスケーターはそれぞれに競技人生を歩んできた。ときに競技を続けるのに苦労し、それでも打ち込んできた。競技人生にここで区切りをつけるスケーター、今後を模索するスケーター、それぞれであっても、アイスショー出演がこれからの大きな糧となるだろう。

 今回出演するスケーターだけにとどまらず、「滑走屋」がフォーマットとして成立して継続することができれば、中高生、大学生ら多くのスケーターにとって1つの目標となり活動していくための場となりえる。

 年が明けて、「滑走屋」の練習が始まった。大きな試みの、ささやかな一歩とともに、アンサンブルスケーター―たちも晴れの舞台へと進んでいく。

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