高齢者と呼ばれる年齢になっても、働き続けることは珍しくない昨今。「給与収入を得ている間は年金をもらう必要はない」という人も多いようです。そんな人に対し、多くの専門家がおすすめしているのが「年金の繰下げ受給」。最大84%も年金が増えるという、一見するとお得な制度ですが、うまいだけの話はこの世にありません。「年金の繰下げ受給」のデメリットをみていきましょう。

年金は1円でも多くもらいたい!「年金の繰下げ受給」という選択肢

厚生労働省令和4年厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金保険(第1号)の老齢給付の受給者の平均年金月額は、併給の老齢基礎年金を含めて老齢年金が14万4,982円。一方、国民年金の老齢年金受給者の平均年金月額は5万6,428円でした。

*裁定手続きにより年金もしくは一時金を受ける権利(受給権)が確定した人を受給権者、受給権が確定し実際に給付を受けている人を受給者という

実際に老後、どれだけ生活費がかかるかは人それぞれですが、これで十分といえる金額ではないことは一目瞭然です。老後の生活の基盤となる年金。「1円でも多くもらいたい」と誰もが思うでしょう。

そんな願いを叶えるのが、「年金の繰下げ受給」。これは年金を65歳で受け取らず、66~75歳まで繰り下げて年金を受け取るというもの。1ヵ月繰り下げるごとに0.7%ずつ加算され、最大で84%も年金を増やすことができます。

また国民年金(老齢基礎年金)と、厚生年金(老齢厚生年金)は、別々に繰り下げることが可能。たとえば65歳からは国民年金だけを受け取り、厚生年金は5年、繰り下げてから受け取るとしましょう。いまどき65歳であれば、まだ元気に働くという人も珍しくないでしょう。とはいえ、現役時代と比べると給与もぐっと減るはず。そこに月6万6,250円令和5年度)の年金収入が加わるのは大きいでしょう。

そして70歳。42%増額の厚生年金を受け取ります。平均値から考えると月11.2万円ほど。国民年金と合わせると月17.8万円ほどの収入。税金や保険料を引くと、手取り15.1万~16.0万円程度になり、年金だけで生活する、というのも現実味が帯びてきます。

総務省『労働力調査』によると、2022年、「60~64歳」の就業率は73.0%、「65歳以上」は25.2%。さらに細かくみていくと、「65~69歳」で50.8%、「70~74歳」で33.5%、「75歳以上」で11.0%。65歳以降も約半数が「働き続ける」という選択をしています。

――給料収入があるうちは、年金はもらっても貯蓄にまわすだけかな

そんな人も多いでしょう。しかし預貯金の利率は0.1%以下。「年金の繰下げ」を強く推す専門家が多いのも当然かもしれません。

年金増額が狙える「年金の繰下げ受給」だが…損するケースも

――年金が最大2倍ほどにもなるのか!

年金の繰下げ制度に魅力を感じる人も多いでしょう。しかしうまい話だけではありません。

年金の繰下げ制度、年金の受取総額という点でみていくと、長生きしないと結果、損をします。たとえば65歳からの年金月15万円を受け取る場合と、70歳まで年金を繰り下げ42%増額した年金をもらう場合を考えると、額面上の損益分岐点は81歳11ヵ月。さらに手取りベースで考えると84歳を超えます。つまりその前に亡くなることがあれば、総受取額では「65歳から受け取ったほうが得だった」ということになるのです。

また老齢厚生年金の繰下げ期間中は「加給年金」がもらえないというデメリットも。「加給年金」は、厚生年金保険の「加入期間が原則20年以上」の場合、「扶養している65歳未満の配偶者」または「18歳未満の子」がいる場合に、上乗せしてもらえるお金。その額、配偶者の場合は22万8,700円。1~2目の子は各22万8,700円、3人目以降は各7万6,200円です。

65歳の夫と5歳年下の妻。夫は5年間、年金を繰り下げて「42%増額!」と喜んでいる間に、65歳未満の妻がいることで受け取れる年22万8,700円の加給年金、5年分で115万円ほどが受け取り損ねているということになります。

――そんなの聞いてないよ!

と叫んだところで後の祭りです。一見するとメリットばかりが目に付く「年金の繰下げ受給」ですが、人によってはデメリットが生じる場合も。具体的な繰り下げ期間などを比較検討したい場合は、年金相談センターなどに相談してみるといいでしょう。

[関連資料]

厚生労働省『令和4年度厚生年金保険・国民年金事業の概況』

総務省『労働力調査(基本集計) 2022年(令和4年)平均結果』

日本年金機構『年金の繰下げ受給』

日本年金機構『加給年金額と振替加算』