日本の賃金は1990年代後半にピークを迎えて以降、低迷を続けています。この影響により、未来を担う若者の年収や定年後の退職金も大きく減ってきています。本記事では、元IMF(国際通貨基金)エコノミスト東京都立大学経済経営学部教授の宮本弘曉氏による著書『一人負けニッポンの勝機 世界インフレと日本の未来』(ウェッジ社)から、日本の賃金動向について解説します。

統計で見る日本の賃金

それでは、日本の賃金動向を詳しく見ていきましょう。

賃金に関する主要な統計には、厚生労働省による「賃金構造基本統計調査」と「毎月勤労統計調査」、国税庁の「民間給与実態統計調査」があります。賃金構造基本統計調査は、年齢、勤続年数、学歴、産業、雇用形態など属性別に賃金の実態を詳細に調査しています。ただし、大規模調査のため、年に1回だけ実施されます。

一方、毎月勤労統計調査は、その名の通り毎月行われる賃金構造基本統計調査の簡易版です。毎月調査が行われ、翌月末に速報が公表されるため、短期的な賃金動向を把握することができます。

民間給与実態統計調査は、民間事業所の給与所得者を対象としたもので、年間の給与実態を給与階級別、事業所規模別、企業規模別などで明らかにしています。また、この調査は租税収入の見積り、租税負担の検討、税務行政運営等の基本資料として利用されています。

それぞれの統計を参考に、賃金の状況を確認しましょう。

年齢、学歴、雇用状態によって大きく変わる賃金

令和4年賃金構造基本統計調査によれば、2022年の賃金は男女計で月額31万1800円、年額374.2万円となっています。男性の賃金は月額34万2000円、女性の賃金は月額25万8900円となっており、男女間の賃金格差(男性=100)は75.7となっています。

ただし、賃金には、年齢や学歴、企業規模、雇用形態などによって大きな差が存在します。

まず、年齢が上がるにつれて賃金も高くなります。20〜24歳の月給が21万8500円であるのに対して、55〜59歳の月給は37万円と、約1.7倍になります。年齢が高くなると賃金が高くなる傾向は、女性よりも男性で強くなっています。

次に、学歴別では、男女計で高校卒の月給が27万3800円、大学卒が36万2800円、大学院卒が46万4200円となっており、学歴が高いほど賃金も高くなっています。大学院卒の賃金は、高校卒の賃金の約1.7倍となっています。

さらに、企業規模別の賃金も見てみましょう。「賃金構造基本統計調査」では、常用労働者数で企業規模を分類し、1000人以上を「大企業」、100〜999人を「中企業」、10〜99人を「小企業」としています。

賃金は、大企業で月額34万8300円、中企業で30万3000円、小企業で28万4500円となっており、企業規模が大きいほど賃金も高いことがわかります。大企業の賃金を100とすると、中企業の賃金は87.0、小企業の賃金は81.7となっています。

雇用形態別に賃金を見ると、正社員・正職員の月額32万8000円に対して、正社員・正職員以外の月給は22万1300円と、正社員・正職員の月給よりも3割以上低くなっています。

また、「賃金構造基本統計調査」から外国人労働者の賃金も確認できます。2022年の外国人労働者の月給は24万8400円で、調査全体平均の約8割となっています。

短期的な賃金動向

次に、毎月勤労統計調査の数字を確認しておきましょう。毎月勤労統計調査は、賃金構造基本統計調査の簡易版なので、その数字に大きな差はありません。2022年度の給与額(現金給与総額)は月額32万5817円、年額391万円となっています。

毎月勤労統計調査では、労働者を一般労働者とパートタイム労働者の2つに分けていますが、一般労働者の月給は42万9051円、パートタイム労働者の月給は10万2078円となっており、両者の差は年間で約392万円にのぼります。

年間の給与実態

民間給与実態統計調査も見ておきましょう。令和3年分の調査結果によると、給与所得者の平均給与は433万円で、男性545万円、女性302万円となっています。また、正規、非正規の平均給与について見ると、正規508万円に対して、非正規は198万円と正規の給与の約39%となっています。

25年間低迷を続ける賃金

次に、賃金がこれまでどのように推移をしてきたのかを見てみましょう。図表1は毎月勤労統計調査の現金給与総額の推移を示したものです。月給と時給の両方について、名目賃金と実質賃金の推移が示されています。

まず、月給(名目)の動きを見ると、1997年までは着実に上昇していましたが、その後はITバブル崩壊や2008年のリーマンショックなどの影響で、2009年まで低下傾向が続きます。

2010年代の景気回復局面にはわずかに上昇しますが、2022年の数字はピーク時の1997年に比べ1割以上も低い水準にあります。実質賃金を見ても、1996年ピークから一貫して低下傾向が続いていることがわかります。

時給で見ても低迷し続けている日本の賃金

月給は労働時間によって左右されるため、時給による賃金の動きを確認しておきましょう。

正社員とパートやアルバイトなどの非正規社員の賃金を比較する際には、時給が重要な役割を果たします。正社員の多くは月給制であり、労働時間や日数に左右されない基本給が支払われていますが、非正規社員は時給制で労働時間に応じた支払いが一般的だからです。

時給で見ても、日本の賃金は1997年頃にピークに達し、その後しばらく低下傾向が続いたことがわかります。

しかし、名目時給は2012年を底に上昇に転じ、2020年には1997年の水準まで回復し、2022年には1997年の賃金よりも1.5%ほど上昇しています。実質月給も似たようなパターンをたどっていますが、2022年の時点でピークの水準までは回復していません。

以上のように、月給と時給、さらに名目と実質では賃金の動向に若干の差がありますが、いずれも過去25年間で賃金はほとんど変わっていないか、むしろ低下していることがわかります。

1990年代後半から「マイナス」のままの賃金成長率

次に、賃金の成長率に注目してみましょう。月給の成長率は、1990年代初頭には高い値を示していましたが、その後低下し、1990年代後半にはマイナスに転じています(図表2)。

2000年代は、ほとんどの年で賃金成長率がマイナスでしたが、2014年からは名目賃金の成長率がプラスに回復しました。2000年から2013年までの平均上昇率はマイナス0.7%でしたが、2014年からパンデミック前の2019年までの平均は0.6%へ上昇しています。

しかしながら、実質賃金を見ると、2000年から2013年までの平均はマイナス0.5%、2013年から2019年までの平均はマイナス0.6%となっています。

2022年には、名目賃金の成長率が2.0%に達し、日本では1992年以来、30年ぶりに高い水準を記録しました。しかし、インフレが進行したため、実質賃金の成長率はマイナス1.0%となっています。

親世代より貧しくなる子世代

さらに、別の統計でも賃金の動きを確認しておきましょう。図表3は、国税庁「民間給与実態統計調査」による、平均年収(1年を通じて勤務した給与所得者のもの)の推移を示しています。

平均年収のピーク1997年の約467万円で、その後、2009年の約406万円まで大幅に減少しました。この10年ほどは上昇していますが、2021年の平均年収は約443万円であり、ピーク時の1997年と比較して約24万円も低い金額となっています。

賃金が上がらず、若者が明るい未来を描けない現状

賃金が上がらなければ、人々の生活水準は上がりません。親世代が達成してきた生活水準を子世代が超えることも難しくなります。

実際に、2010年から2019年の10年間の平均給与額は約421万円だったのに対して、30年前の1990年代の10年間の平均年収は約455万円となっており、子世代の年収は親世代よりも約34万円も低くなっていることがわかります。これでは、若い人が明るい未来を夢見ることは難しくなってしまいます。

なお、定年後の生活の支えとなる退職金も、昔に比べてその額が大きく減っています。厚生労働省の調査によると、大卒者の平均退職金額は1997年には2871万円でしたが、2018年には1983万円と、この30年間で900万円近く低下していることがわかります。

宮本 弘曉

東京都立大学経済経営学部

教授

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