国税庁令和4年分 民間給与実態統計調査」によると、2022年に1年間を通じて勤務した給与所得者5,078万人のうち、「年収1,000万円超」給与所得者の割合は所得者全体の5.4%。現役時代に年収が1,000万円を超えたサラリーマンは、いわゆる「勝ち組エリート」といえそうです。しかし、老後も安泰かというと、そううまくは行かず……。本記事では、社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が、Aさんの事例とともに元高収入サラリーマンの老後の注意点について解説します。

セカンドライフも勝ち組のはずが…

関西在住の67歳Aさん。現役時代は中堅商社で部長職を務め、退職間近には年収1,200万円となり、60歳で会社を退職しました。Aさんの60歳時点での65歳からの年金額は約240万円となっていました。

ここまでなら「勝ち組エリート」といえそうです。ですが、退職時には4,500万円あったAさんの貯金は現在、500万円程度に。現役世代からの年収を考えると貯金が少なく、老後破産に陥る危険性があります。なぜこのような事態になったのでしょうか。

寂しい生活から脱出!

Aさんは、定年と同時期に交通事故で配偶者に先立たれ、当初計画していたセカンドライフの転換を余儀なくされました。配偶者を失ったことで、ひとり寂しい毎日を忘れたいため、役職が取れ、年収も下がりましたが、再雇用で65歳までフルに働くことにしました。

しかし、家に戻ると明かりがなく、1人の寂しさが身に染みる毎日です。そんなとき、仕事前によく立ち寄るコーヒーショップでアルバイトをしていたSさんにAさんは話しかけます。Sさんは20歳年下ですが、馬が合うのか、あまり年齢差を感じず、毎朝顔を合わせることで、次第に打ち解けていきます。お互い配偶者がいないことから、休日には一緒に出かける仲に。

人生100年と考えると65歳から亡くなるまで35年。このまま孤独な人生を送るのは寂しすぎると、残りの人生をSさんと過ごしたいと考えるようになりました。お互いの気持ちを確かめ合い、65歳を節目に再婚することを決心したのです。

しかし、Aさんの再婚に反対したのは、2人の子どもたちです。Aさんの子ども2人はすでに独立し、それぞれが家庭を持ち、幸せに暮らしています。一方、Sさんには中学生の子どもが1人いることから、Aさんの子ども達はのちに訪れる相続問題を危惧したのです。

それでもAさんの再婚する意思は変わりません。ただ、子どもたちのことを考え、貯金4,500万円を2,000万円ずつ生前贈与することで、子ども達はAさんの再婚を承諾してくれました。

貯金と年金だけではどう考えても足りない…

Aさんは65歳で再婚し、Sさんの子どもと3人での生活が始まりました。家に帰れば家族がいる生活に安堵する傍ら、中学生の子どもはこれから、高校、大学と進学を考える年代です。貯金が少ない生活に不安が残ります。

まさかの大誤算!入籍日があと2日早ければ…

さらに年金事務所で65歳時の年金手続きをした際、65歳で年下の配偶者がいた場合、要件を満たすことで、配偶者加給、子の加給が受け取れる可能性があります。ですが、婚姻届けを提出したのはAさんの65歳の誕生日だったのです。

加給年金をつけるには、65歳到達時点前までに婚姻届けを出す必要があったのです。Aさんは、

・配偶者加給 39万7,500円

・子の加給 22万8,700円

→年額 62万6,200円

※2023年度金額

を受け取れない結果となってしまい、Aさんの年金は月額約20万円となりました。「あと2日早ければ……」と悔やまずにはいられません。

貯金と年金だけでは、心許ないですが、20歳も年下の妻に正規雇用のフルタイムで働いてくれとは、どうしても言えませんでした。

アルバイト三昧の生活へ

子どもの教育費と不足する生活費を稼ぐため、Aさんは65歳から新たに仕事を始めることにします。しかし、65歳での新たな仕事はそう簡単に見つからず、取り急ぎコンビニで働きながら、繁忙期に短期アルバイト募集をみつける生活を続けています。

いまは、大手飲食チェーン店の裏方で食器洗いをしています。繁忙期の大手飲食店で捌く食器は半端な数ではありません。洗い場に休む間もなくつぎつぎと運ばれてくるのです。運ばれてきたグラスは大きな業務用の食洗機に入れるため、専用のカゴに並べてセットします。Aさんはいままで飲食店で働いた経験はありませんでした。

慣れない仕事と慌ただしさのあまり、手がすべってグラスのカゴを落としてしまいました。10個以上のグラスが割れて厨房まで音が鳴り響きます。てきぱき働く年下の若手社員から「ジジイ、はよせえ!」と怒声が……。

時給は現役時代の5分の1

現役時代は年収1,200万円だったAさん。当時の年収を時給換算してみると約6,250円(1日の労働時間を8時間、1ヵ月の出勤日数を20日で計算)。

アルバイト三昧の生活を余儀なくされた現在の時給は1,200円。Aさんは、体が辛くても、怒鳴られても、新しい家族のために働かなければと背負い込んでいます。

それでも、ひとり寂しかった時期に比べると、家で待っている家族のために働くほうがやりがいを感じると言います。新しい家族のために老後破産しないよう、もっとがんばって働かないと……。少し疲れた顔をしながら話していました。

AさんとSさん、それぞれの働き方を変える

Aさん夫婦が老後破産しないようにするにはどうすればいいのでしょうか。Aさんは現役時代のスキルを活かして、社会保険に加入する働き方ができるか、転職を検討することをお勧めします。70歳まで社会保険に加入することで年金額を増やすことができ、私傷病で仕事ができない期間の生活保障に、傷病手当金を受け取ることができるからです。

妻にも腹を割ってお金について相談してみるべきでしょう。Sさんと比べても、年齢的にAさんは病気やけがのリスクが高まっています。二馬力で働くことで、こうしたリスクを下げることにもつながるかもしれません。

まずは、ひとりで背負い込んで無理し過ぎずに、配偶者と話し合い、共働きでがんばってみてはいかがでしょうか。

三藤 桂子

社会保険労務士法人エニシアFP

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)