大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回取り上げるのは、主演の役所広司がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したヴィム・ヴェンダースの新作『PERFECT DAYS』。役所が演じるトイレ清掃員・平山の慎ましくも豊かな日常をドキュメンタリータッチで描き、多くの賞賛を集めています。

『PERFECT DAYS』

『PERFECT DAYS』

『PERFECT DAYS』は試写に行く機会もいただいていたのですが、なんとなく映画館で観たほうがいいなとピンときたのでそうしました。大正解でしたね。映画館がぴったり。家だともしかしたらあの心地好さにいい意味で眠らされていたかも……(笑)。

──確かに気持ち良く寝れる感じですよね(笑)。

本当に良い映画でした! 映画のあらすじとしては、役所広司さん演じる平山というトイレの清掃員の日常を描いて、特に大きな出来事が起こるわけではなく、毎朝起きて植物に水をやり、仕事に向かう。家に帰ってきて読書をして眠りにつく。寝てる間にその日の出来事がコラージュされたような夢を見る。そしてまた起きて、似たような、でもどこか違う新しい日が幕を開ける。休みの日は少し遅めに起きて、コインランドリーに行って、行きつけの居酒屋に行って、また家に帰ってきて……という、とても丁寧にひとりの男の緩やかな凸凹で”完璧な日々”を映し出した映画でした。いつの間にかドキュメンタリーになっていたモキュメンタリーとも言うべきか、移動し続けないロードムービーとでも言うべきか。時間が一旦休憩に入るような年末年始にぴったりな映画だと思いました。夏よりも冬に観れて良かった。

──役所さんがカンヌで最優秀男優賞を受賞したことも大きなニュースでした。

本当におめでとうございます!ですね。受賞した時の役所さんのコメントが「やっと柳楽(優弥)くんに追いついた」でしたけど、真摯でありながらウィットにも富んでいて素敵でしたね。

──そうですよね。

ヴィム・ヴェンダースと役所さんは初タッグだそうですけど、相性がとても良かったように思いました。役所さんはエグゼクティヴ・プロデューサーとしてもクレジットされてましたね。

『PERFECT DAYS』より

『PERFECT DAYS』より

■企画から始まった映画ではあるけれど、ヴィム・ヴェンダースの作品にちゃんとなってる

──最初役所さんは、共同脚本・プロデュースを手掛けた電通の高崎卓馬さんから、「The Tokyo Toiletプロジェクトのトイレを舞台に映像作品を作りたい。監督はヴィム・ヴェンダースにお願いしたい」と伝えられ、「そりゃ無理だろう」と思ったそうです。結局ヴェンダースが監督することに決まり、「自分の俳優人生でヴィム・ヴェンダース作品に参加する日が来るとは夢にも思っていませんでした」と。

先に役所さんが決まっていたんですね。でも変な言い方ですが、あまり大人が絡んでいる感じがしないですよね(笑)。企画から始まった映画ではあるけれど、『パリ・テキサス』とかに連なるヴィム・ヴェンダースの作品にちゃんとなっていて。企画の枠を飛び越えてますよね。あと、脇を固める柄本時生さんとかアオイヤマダさんも素敵な空気感でした。

──柄本さんが演じるタカシは「お金がないと恋もできないんですか」みたいなことを言ってました。

下北沢のレコードショップで叫んでましたね。「こんなやつ、絶対友達にいて欲しくない」って思いました(笑)。

──確かに(笑)。

でも意外と的を得ているし、なんだかんだ結構いいヤツなのかもっていう描写も出てくるし。

──平山にとってもタカシは憎めないヤツっていう感じですよね。

そうですよね。「お金がないと恋もできないんですか」というセリフに共感……いや、違うな。哀れみを感じていたのかな。結局、数千円を渡してヤマダさん演じる女の子のところに「行ってこい」ってやってたし。平山は「何を思っていたのかな?」と考えてしまいますよね。基本的には多くを語らず、観ている人に登場人物の背景や思考を委ねる映画ですよね。僕の周りにも結構考察を楽しんでいる人が多かったです。でも個人的には、考察というよりは観察して楽しむ映画だったなと思います。もちろん考察するのも楽しいしおもしろい。そういう描写が多いからね。ただ、「過去がどうであれ、どうでもいいじゃん」と思わせられる。そういう感じって実際の日常でもあるじゃないですか。喫茶店で隣に座ったカップルが喧嘩してて、なんで喧嘩してるのか考えてみるんだけど、コーヒーを飲み終わって、喫茶店を出たらもうそのこと自体忘れ始める、みたいなね。そういう風に登場人物のエピソードが自然と自分の体に入ってきて、またすっと抜けていく感覚がすごくリアルだったし、実際の日常っぽいなって思いました。

『PERFECT DAYS』より

『PERFECT DAYS』より

■ああいう丁寧な生き方ってすごくいいなと思いましたね

──そうですよね。平山と妹の関係性とか、あと父親との間にも何かあったんだろうなと想像するけど、深追いしなくてもいい空気感がありますよね。

あそこらへんの涙を流すシーンは「平山にもいろいろなことがあったんだろうな」っていうのが垣間見られるような重要なシーンだと思うんですが、その後もやっぱりまた同じように夢を見ているような描写が挟み込まれるじゃないですか。画面が白黒になって、その日の出来事みたいなのがフェードアウトしながら重なっていく。その描写が終わるとまた次の日になってリセットされて、起きてドアを開けて空を見たらまた一日が始まる。あまり前のことを引きずらず、「それはそれで」っていう感じの進み方が平山の人生そのものに思えて良かったですね。

──朝起きると、ああいうリセットされた感覚もありますよね。

そう。平山を見ているうちに、こちら側も深くは掘り下げないようになっていくのがおもしろかったな。「いろんなことがあったようですが……まあとりあえずハイボールでも飲みましょう」という感じで、映画の終盤、平山がある人物に優しく話しかけるような気持ちになっていくっていうか。やっぱり良い映画のキャラクターって、いつの間にか自分に乗り移りますよね。僕は『PERFECT DAYS』を観に行って、次の日起きて窓開けて、平山と全く同じ表情で空を見上げてました(笑)。

──(笑)。

ああいう丁寧な生き方ってすごくいいなと思いました。ルーティンと言える平凡で整理された生活かもしれないけど、自分のペースがあって、一日一日違いがあって、機械のように動いてるわけじゃない。周りで巻き起こるものとインタラクティブしているのが人間らしくて憧れる部分もありました。ヴィム・ヴェンダースも「こういう人になりたい」みたいなことを言ってたけど、多くの人がそう感じるのかもしれない。

──「慎ましくてもこういう風に豊かに生きられるんだ」っていう風に憧れる人は多いでしょうね。

そうですよね。おそらく平山の実家って、お姉ちゃんの雰囲気を見てると裕福だと思うんですよ。

──お姉ちゃんは裕福な暮らしをしてる感、すごくありましたよね。

あれ、旦那が金持ちっていうよりは根っからだと思うですよね。

──平山のアパート暮らしを蔑むような発言がありましたしね。

あれは「私たちのコミュニティから出た」って感じがしましたよね。ここは考察してしまいましたが、お父さんがやってる家業みたいなのがあって、平山は「それを継げ」って言われて、継ぎたくないから出て行って、結果お姉ちゃんかその旦那が継いだのかなって。姪は結局お姉ちゃんの娘ってわかったけど、最初「おじさん」って呼んで勝手に家に上がってきたから、「これ、おじさんって言ってるけど、別れた奥さんの子供かな」って思った。物心ついてない時に「お父さん」って言い辛くて、「おじさん」って言ってるのかなとか。具体的な説明はないけど、いろいろ想像を膨らませたくなりますよね。

『PERFECT DAYS』より

『PERFECT DAYS』より

■「撮影期間、プライベートはどんな雰囲気だったんだろう?」って思うくらい役所さんは平山だった

──そうですよね。姪が家出して平山のところに来たのも、裕福だけど窮屈さを感じる家庭から抜け出したくなって、そこから出ていった伯父に共感する部分があるのかなとか。

そういう平山と関係性のある人たちとのエピソードがちりばめられてるのも良かったですね。

──石川さゆりさん演じる平山行きつけの居酒屋のママと三浦友和さん演じるママの元夫のこともいろいろ想像しますよね。

二人が抱き合っている姿を平山が目撃したシーンもドキッとしましたよね。その後、吸えないタバコを買ったりしてて。

──明らかに動揺していましたよね。

昔吸ってたのかもしれないけど。「ママのこと好きだったのかな?」ともやもやしましたね。そのふたつの関係性はつい考察しちゃいました。

──確かに。撮影の仕方としては、テストはなく本番だけだったとか。

そうなんだ? いやあ、役所さんは本当にすごかったです。「撮影期間、プライベートはどんな雰囲気だったんだろう?」って思うくらい平山だった。最初役所さんがトイレの清掃員役って聞いた時は「え?」って思ったけど、映像観たらそのものに見えた。髪の毛が便器についちゃうぐらい一生懸命掃除してて。

──指導にあたった清掃員の方から「明日から働いてほしい」と言われるほど見事な清掃ぶりだったそうです。

そうなんだ(笑)。あと、何と言っても音楽が良かった!

『PERFECT DAYS』より

『PERFECT DAYS』より

■「こんなにルー・リードやアニマルズが東京の街やハイウェイに合うんだ?」って

──ルー・リードの「パーフェクト・デイ」が流れた時、「そういうことか」と思いました(笑)。

まさに。鳥肌が立った瞬間が何回もありました。平山が押上のアパートから渋谷区とかのトイレに移動する繰り返しで、旅をしてるわけではないのに旅してる感じがした。俺も車を運転してよく移動するけど、『PERFECT DAYS』でかかった曲はマジで良い東京ドライブソングだなと思いました。「こんなにルー・リードやアニマルズが東京の街やハイウェイに合うんだ?」って。ここ数日、運転中は『PERFECT DAYS』の曲しか聴いてないです(笑)。

──目覚め方といい、かなり平山になってるじゃないですか(笑)。

なってますね(笑)。今僕が住んでいるところからスタジオまでのルートって結構見覚えのあるルートでして(笑)、だからこそ余計にあの曲たちが聴きたくなる。

──同じことを繰り返していても、その日ごとの気分があって、かける音楽も違ってくるんだよなって改めて思いました。

缶コーヒーを買って、車に乗るほんの少しの間にどの曲をかけるか決めるっていう。それまで僕はサブスクの最新インディーロックのプレイリストとかをかけてたから、ランダムでいろいろなアーティストの曲が流れてて「この曲が聴きたいから」って感覚が薄れていたんですが、最近はもっぱら「これを聴こう」ってやってます。

──かなり影響されてますね(笑)。

いやあ、素晴らしい映画でした! 余談ですけど、『PERFECT DAYS』を観た後に、もう一本映画を観ようと思って、家でオンライン試写で『ボーはおそれている』を観たんですよ。

──アリ・アスターの新作の。

もう『PERFECT DAYS』の余韻がゼロになりました(笑)。

──『ボーはおそれている』は混乱とカオスの極みみたいな映画ですよね(笑)。

そう。それは誉め言葉ですけど、台無しになりました(笑)。混ぜるな危険の映画でしたね。

──全然違いますからね(笑)。

ね(笑)。年始から大変な事件や災害がありましたが、観られる方は『PERFECT DAYS』で穏やかな気持ちになってほしいなって思います。何もなくても恋はできるし、幸せを見出すことってできるよなって。「なるほどな」と思う瞬間がたくさんあったので。

──平山が日々の光の射し方や風の吹き方の違いにも喜びを見出しているような描写もありましたし。

映画の公式サイトにあらすじをなぞるような文章が載っていて。そこでは竹ぼうきの音とか、劇中の印象的な音が書かれているんですけど、曲だけじゃなく、効果音もしっかり演出されてたなって思いましたね。

──そういう面でも音響の良い映画館で観た方が楽しめますよね。

そうですね。正直もう1回観に行きたいと思ってます。

取材・文=小松香里

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