XR領域をテーマにしたセッションを「Adobe Day」でも開催

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Inter BEE 2023では最新トレンドとして「XR」「イマーシブ」「モーションキャプチャ」といった現実世界と仮想現実を融合させた最新のテクノロジーが多数登場し、来場者の関心を集めた。近年、XRによって映像クリエイターの表現領域は拡張され、ユーザーエクスペリエンスも「視聴」から「体験」へと大きくシフトしている。

Inter BEE 2023で行われたステージイベント「Adobe Day」においても、このXR領域をテーマにしたセッションを開催。映像・放送業界がXR分野への取り組みを重要視している今、その領域における映像表現の可能性や求められる人材についてディスカッションした。

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登壇者は、日本テレビ放送網株式会社 社長室新規事業部 チーフアートディレクターの藤井彩人氏、Vook編集長の沼倉有人氏2人に加え、アドビからはエンタープライズ製品戦略部 3D Strategic Sales Specialistの水谷肇志氏が参加した。

沼倉氏のMCのもと、藤井氏がこれまで日本テレビで取り組んできたXR領域の映像制作を振り返りながら、アドビにおけるXR関連製品の話題を交えつつ、現在から未来を見据えた対談となった。ここではその内容を抜粋して紹介する。

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日本テレビにおけるこれまでのXR制作

セッション冒頭、デモムービーとして日本テレビがこれまでに制作してきたXRの事例が紹介された。そして、話ははそのままトークテーマに基づいた話題へと入っていった。

藤井氏(日本テレビ):

私はずっとテレビ局で番組のCGを担当してきた"Adobe After Effects大好き人間"です。アドビ製品を使って30年以上この分野に取り組んでいて、最近XR領域にちょっと足を突っ込み始めました。日本テレビの中でもXRに関する実証実験や実験研究を行っていて、冒頭のデモムービーはいま話題になってるMixed Reality(複合現実)のようなものを研究していた当時の記録です。
スポーツや音楽番組のようなコンテンツのデモを作って社内で見せたところ、これはすぐにやりたいという話になったんですね。私もやってみたかったのですが、デバイスがまだ家庭に普及してないこともあって、当時はどうしてもスマートフォンの企画にせざるを得ませんでした。
そうしてここ何年かは、音楽特番の「THE MUSIC DAY」や「ベストアーティスト」という特番の中で放送連動という形でARアプリの企画に取り組んでいます。

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トークテーマ1:XRの可能性、いま起きていること

沼倉氏(Vook):

XRの面白さに惹かれるきっかけがあったと思うのですが、どういうきっかけだったのでしょうか。

藤井氏:

単純に新しいものが好きというのもあるんですけど、気になったのは表現がものすごく拡張される時代が来るという点。テレビ局の作りは録画して再生するというタイプなので、インタラクティブに変化するものや、毎回見るたびに違う表現になっているものに憧れがありました。
2015年あたりに「Oculus DK2」というヘッドマウントディスプレイを持っていて色々コンテンツは体験していましたが、Microsoftが「HoloLens」を発表したときには、VR酔いもない画期的なものではないかと思って何とか手に入れました。そこから色々コンテンツ制作に取り組んで、HoloLensベースでのMixed Realityを作り始めました。

沼倉氏:

今日はInter BEEということで、インカメラVFXのバーチャルプロダクションもXRに入るかと思うのですが、それとはまた別の分野ですよね。

藤井氏:

そうですね。最近では「イマーシブ」というワードがすごくトレンドみたいになってきていて「イマーシブミュージアム」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。
チームラボさんがやっていらっしゃるような箱形の空間の中をプロジェクターで埋め尽くして、お客さんは何も装着せずに没入体験できるというこのタイプも、XRカテゴリーの範疇になっていると思うので、一言でXRと言ってもものすごく広いし、だからこそ皆さんが可能性を感じているのかなと思います。

水谷氏(アドビ):

XRのカテゴリーは広くて、正直定義も曖昧になってきたというのが昨今だと思いますけれど、3D製品が使われる場面も本当に広がってきたのを感じています。 Adobe Substance 3Dもゲームから始まったツールではありますが、今は様々なところで使っていただいています。ゲームだけじゃなく、映像、建築、アパレルのほか、ミュージアムでのARを使ったコンテンツにも使われていて、ツールベンダーの立場としてもXRの広がりをすごく感じている部分ですね。

トークテーマ2:アドビツールのXR分野での可能性

XRコンテンツ向けのツールがどのような製品設計に基づいているかという視点を糸口に、XRの可能性や今まさに起きている映像業界における変化を読み取ろうと話は続いた。

水谷氏:

アドビの中ではSubstance 3Dという製品が提供されていて、それがいわゆる3Dコンテンツを作るツールです。それぞれの工程ごとに5つの製品に分かれていて、3Dモデルを作るツールや、ビジュアライズをより綺麗にしていくツール、レンダリングをするツールなどがあります。
また、Adobe Creative Cloudの中にも、ARコンテンツを作るツールとして「Adobe Aero」が提供されていて、簡単にARを作れるツールがすでにリリースされています。

藤井氏:

私はSubstance 3Dのプロフェッショナルではないですけど、局内では使われていますね。
先程アドビ製品を使って30年以上と言いましたが、「DTP」の時代にアドビツールを使い始めて、「Web」のツールとしてDreamweaverを含むツールがあって、今まさに「動画」という段階で当たり前のように皆さんアドビ製品を使い続けている状態。その次は「XR」という順序で、そういう時代の流れみたいなものが今、来ているのかなという認識です。

アドビの中で分類「3D & Immersive」3D&没入型体験

藤井氏の言う時代の流れというものは、2Dから3Dへ、そして空間へとクリエイティブな活動をサポートしていこうとする自然な変化ではないかと沼倉氏は指摘。それを受ける形で、アドビが考える3Dとイマーシブへの取り組みへと話題が移っていった。

水谷氏:

セッションタイトルには「XR」が掲げられていますが、アドビの中で私が所属している3D製品のカテゴリーは「3D&Immersive」、つまり没入型という言い方をしてるんですね。この没入型体験という文脈でアドビは製品開発をしてツールを提供させていただいてます。
メタバースなどを含めた没入型のコンテンツ制作というトレンドの進化については、正常な進化だと思っています。それに対してアドビはクリエイターが創りやすい環境を作るという、今まで通りツールを皆様に提供していく立場をとっている。プラットフォームを作るのではなくて、あくまでアドビツールをどんどん強化しているわけです。

藤井氏:

クリエイター側の反応という面でいうと、昨今、Apple Vision Proが発表されたり、Meta Quest 3が発売になったりした中で、XR分野がいきなりものすごい勢いで盛り上がるんじゃないかという期待のワクワクとそれに対応しなくてはという不安と、みんなどうしたらいいかというのを聞きたいのが現状じゃないかと感じています。
私が思うに、先程DTP・Web・動画の話をしましたが、恐らくXRでも同じようなことが起きるのではないかと思っています。それはどういうことかというと「デバイスやインフラの普及は、いきなりは来ない」ということ。
DTPも思い返せば「WYSIWYG」とか言っていましたが、本当に完成形がサクサク動く時代はすぐに来ませんでした。プリンターにフォントが入っていて、マシンには入れないようなそんな時代があったり、Webの世界でもJPGPNG・GIFをものすごく軽くするのに命をかけているみたいな時代があった。
動画もしかりで、解像度がSDからHDになって、やっといま4Kで当たり前みたいになっていますが、皆さんSDのノンリニアの時代をご存知だと思います。ハードディスクRAIDを組んで、どれだけお金をかけてやらなきゃいけないんだという時代もあったんですよね。
XRもまさに今それと同じだと思っていて、いきなりものすごい容量の3Dデータがぼーんと入ってくることはなく、徐々に浸透して行くんじゃないかと思います。
ただ、みんなが思い描いてる未来というのは同じなんじゃないかと思っていて、そこだけは私は勝手に安心しているんですけど…。

沼倉氏:

では逆にツール面というか、別の切り口で並行して取り組むべきこととして、アドビが考えていることはありますか?

水谷氏:

アドビツールを提供していく中で、4つのポイントを特に重要な価値観として持っています。

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1.オープンスタンダードとオープンプラットフォーム

水谷氏:

アドビの3Dツールだけで制作は完結しませんよね。バーチャルプロダクションもゲームエンジンが必須になる分野ですし、ARではまた別のツールがプラットフォームとして出てくると思います。そういった時に、アドビで作った制作物がアドビの中でしか使えなかったら何の価値もないですよね。アドビに縛られることなく使えるものじゃないといけないという考え方で、オープンスタンダードの形式で製品が作られています。
例えば、3Dモデルは最近USDが主流になってきていますが、GLBやOBJなど、従来の形式も合わせて必ずサポートするようにしてるところが挙げられます。

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2.誰もが利用できる3Dと没入型クリエイティブツール

水谷氏:

特別な人しか使えないものではなく、クリエイターの皆様をはじめ全ての皆様に使ってもらいたいと思っていますし、そのためのハードルをできるだけなくすことを大事にしています。

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3.誰もが没入型体験を活用できる

水谷氏:

きっと使い方はこれからどんどん増えてくると思います。アドビとしては簡単に使えるAR機能、その他にマーケティングクラウドの製品があって、そういったものと連携して3Dコンテンツがどのように使用されたか解析するツールも提供しています。
アイコンが「Sn」となっている「Sunrise」という、スニークで発表されたツールですが、ECなどのweb用に最適化された3DやARコンテンツの作成から、コラボレーション、公開まで一括して管理するツールです。そういった新たなツールもどんどん開発して、活用の機会を広げるところに力を入れてます。

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4.クリエイティブの透明性

水谷氏:

もう一つ大事なポイントとして考えているのがクリエイティブの透明性。 「Content Authenticity Initiative(CAI)」の取り組みをアドビはイニシアチブを持って推進しています。これはAIの部分を例に挙げるとディープフェイクなど問題になってる面で、クリエイティブの透明性を担保するために、誰がどう作ってどんなツールが使われたという業界標準の来歴情報をコンテンツに持たせようとする取り組みです。

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沼倉氏:

まさにこのCAIは必要だと感じますが、これを踏まえて何かXR領域の課題のように感じていることはありますか?

藤井氏:

XRは体験型であるから当然拡張されている部分はあると思うんですけれど、静止画や動画のコンテンツのように人に体験をすぐに共有したり伝えるというのがすごく大変。動画であればSNSなどで分かりやすく伝えられますが、XRのコンテンツはふわっとした感想になることがすごく多い。
今後共有ツールみたいなものがアドビから用意されて、ユーザーが同時に体験できたり離れた場所からも体験できるような、そういうところも今後は考えられてるんじゃないかと思いますね。

トークテーマ3:XRクリエイターに求められるもの

R領域のコンテンツ制作や周辺環境の整備などが加速する中で、続いては、XRに取り組むためのクリエイターの資質について話が移っていった。

藤井氏:

先ほどから私はAfter Effectsがベースにあって、そこから考えを広げてるので自分の中で納得感があるんですけど、もしかしたら動画が主体の方はPremiere Proから考える人がいるかもしれないし、Webのツールから発想される方も当然いると思うんです。
ただし、先ほどから話があるようにXRは範囲がものすごく広いのでいきなり全部学習することはほぼ無理なんじゃないかということ。
撮影、編集、3D、エフェクトも…となると、なかなか厳しいと思うので、だからある程度全体的に少しずつかじった上で自分が得意なところを伸ばすような形でしかXRクリエイターは生まれないのかなと思っています。なかには全部得意という方もいるかもしれないですけど…。

沼倉氏:

日本テレビのXRは多くの人に届けようとするスタンスから、いろんなスマホのスペックに合わせたコンテンツを作っていると思いますが、完全にガチガチの3Dネイティブで作ってしまうと重すぎる状況でもありますよね。ここには藤井さんが経験してこられた映像の知見が役立っているということでしょうか。

藤井氏:

いわゆる「ボリュメトリックキャプチャ」がいま成熟してきていて、クオリティとスケジュール感とコストのバランスがよくなってきています。日本テレビも東京ドームプロ野球中継で使っていたりするんですけど、そういうものはストリーミングでスマホに送ることは5Gだといってもまだできないんですね。
「ボリュメトリックキャプチャ」は当然オンエアの中では使うのですが、スマホのAR企画はいわゆるクロマキービデオでやっています。ここでアルファビデオと僕らが呼んでいるものを作っているのがAfter Effectsなので、After Effectsはフル3Dボリュメトリックキャプチャの未来に向かっていくまでは、まだまだ需要もあるし、むしろAfter Effects自体も進化していくと思って、そういった使い方を今、しています。

沼倉氏:

After Effectsユーザーは、XRと相性がいいんですね。

藤井氏:

とても近い所にいると思います。 VRやXRで3D空間を作ろうとする時に、メインのコンテンツはボリュメトリックキャプチャや3DCGツールで作ればいいと思いますが、そのほかの部分はいわゆる「書き割り」のような平面の背景やコンテンツで構成するというのは意外と理にかなっているのではないかと思っています。

沼倉氏:

XRコンテンツの制作環境がすぐに変わるわけじゃないわけだから、今ある武器を生かしながら少しでも興味ある人は、まずはできる範囲でやってみるといいんじゃないかということかと、お話を聞いていて思いました。

藤井氏:

そうですね。あとはいろんな研究や実験をやっていろんな人に作ったものを見てもらうと、やっぱり「人」が出てくるとすごく喜ばれるんですよ。ボリュメトリックキャプチャやアルファビデオでも、「人」が登場すると喜んでもらえることがわかりました。
よくよく考えてみると、いわゆるミュージカルとかコンサートとかスポーツも人が集まって見るものって基本「人」を見てるんだと思います。
チームラボさんやネイキッドさんがやっているものは人は出てこないじゃないかとおっしゃる方もいると思うけれど、私はあれはカテゴリー的に「遊園地」だと思っているので、好きな人とみんなで行って楽しむタイプのものですね。XRのコンテンツは「人」をどうやってコンテンツ化していくのかに尽きるのではないかと思います。

トークテーマ4:XR人材をどうやって育成

XRクリエイターに求められるスキルや取り組み方など、藤井氏が実体験をもとに話をする中で、次は人材をどうやって育てていくのかというトークテーマが立ち上ってきた。

沼倉氏:

今は藤井さんのチームメンバーをどうやって採用していますか。

藤井氏:

本当に今そこで悩んでいますね。ある程度ツールを覚えたりするのは簡単なんですけれど、XRの全体の地図みたいなものの中で自分が今どこにいて今後どうなっていくのかというところはなかなか教えるのが難しい。
そこで、Vook schoolでそういったコースを作れないかと、まさに今相談しながらカリキュラムを作成をしているところなんですよね。まず、体系的にXRの全体像を学んだ上で得意な分野をどんどん突き詰めていくことができるようなコースを、どうやったら作れるかと模索しています。
オンラインだけでなく体験してもらわないと分からない部分もあると思っています。虎ノ門のステーションタワーに「TOKYO NODE|東京ノード」というボリュメトリックキャプチャスタジオがあるので、そこをうまく活用しながらXRの人材をどんどん増やしていこうと考えています。

沼倉氏:

お話しいただいた通り、XR系の人材育成をどうやったらできるかというところは日本テレビさんとVookとで協議させていただいているところですね。クリエイターを育てることとは別に大事なことはありますか?

藤井氏:

あとは予算管理というか目利きみたいなところですね。そこは本当に足りていないと思います。XRをやりたいというクライアントに「あれと同じことをやりたい」というパターンの人はほとんどいなくて、「おいしいものが食べたい」というのと同じくらい、ふわっとした要望がほとんど。そういう要望をうまくまとめられるビジネスプロデューサーのような人材というのは、XRクリエイターから育っていくのかなと思っています。

沼倉氏:

Inter BEEは映像系の方が多いと思いますが、もしかすると案件ごとに予算やフォーマットなどが変わってくるイベント映像をやってる方だと強いかもしれませんね。


まだまだ手探りの部分が多いXRコンテンツ制作について、これまでの取り組みや現状把握からこれから先を読み解いていく興味深いやりとりが繰り広げられた。締めくくりには今まさに取り組んでいるプロジェクトにまで話題が広がり、裾野の広いXRならではの網羅的な内容のセッションとなった。

映像業界のXRコンテンツへの挑戦。XR領域における映像表現の可能性と、未来のクリエイターを生み出す仕組みとは Vol.02 [Adobe Day]