気候変動の影響が世界各地で見られる中、その範囲は異常気象にとどまらず、人々の健康と命の問題にまで拡大しています。

昨年、世界は過去10万年で最も高い気温を観測し、日本でも各地で最高気温30℃以上の真夏日が過去最長を記録、35℃以上の猛暑日も過去最多を更新しました。

 

Lancet Countdown 2023 Japan プレゼンテーション

 

 

世界的医学誌『ランセット(The Lancet)』が主宰する気候変動と健康に関する国際共同研究事業である「ランセット・カウントダウン*(Lancet Countdown)」も、COP28に先駆けて発表した「ランセット・カウントダウン 健康と気候変動に関する2023年報告書」において、気候の変化に伴って健康上のあらゆる側面が悪化し、気候変動対策がこれ以上遅れれば、健康への脅威がより深刻なものになる可能性があると結論づけています。

熱中症感染症の拡大、食料不足からの栄養不良、大気汚染といったリスクの高まりや適応の限界に警鐘を鳴らしています。

そこで2023年12月14日、世界や日本で確認されている気候変動による健康被害や医療現場の状況について、第一線で活躍する専門家が最新の知見を共有する場を設け、東京医科歯科大学および長崎大学の共同主催で、ランセット・カウントダウン後援の下、報道関係者と医療従事者を対象としたセミナーを実施しました。

 

ランセット・カウントダウン(Lancet Countdown)とは

 

有力医学誌ランセットが主宰し、世界50以上の学術機関と世界保健機関(WHO)、世界気象機関(WMO)、欧州疾病予防管理センター(ECDC)をはじめとする国際機関に所属する114名の科学者・医療従事者の専門知識を結集する国際研究事業。

気候変動対策が不十分なことで、公衆衛生上に大きな進歩が見られた過去50年間の医学の成果を後戻りさせてはならないと警鐘を鳴らす。

 

第一部の基調講演では、ランセット・カウントダウンの共著者である、シドニー大学 暑熱と健康 教授 オリージェイ(Olie Jay)先生が「ランセット・カウントダウン 健康と気候変動に関する2023年報告書」 が示す気候変動が健康に与える影響の最新知見を概説。

東京大学大学院の医学系研究科 国際保健政策学 教授 橋爪真弘先生が日本で顕著な影響に関して講演しました。

第二部では「ランセット最新報告が警鐘を鳴らす子どもたちの健康を守るためのコミットメントとは」をテーマに、気候変動が子どもの健康に及ぼす影響について、専門家たちによる活発な議論がパネルディスカッション形式で展開されました。

 

【基調講演】

 

シドニー大学 暑熱と健康 教授 オリージェイ(Ollie Jay)先生

 

第一部の前半では、ランセット・カウントダウンの共著者であり、米国と欧州で20年以上にわたって「暑熱と健康」に関する研究を行うシドニー大学 教授 オリージェイ(Ollie Jay)先生が「ランセット・カウントダウン 健康と気候変動に関する2023年報告書」が示す気候変動が健康に与える影響の最新知見を概説しました。

 

死亡リスクから感染症の伝播まで気候変動が世界中に及ぼす健康への影響

気候変動は世界中の多くの人々の健康に影響をもたらす非常に重要な問題です。

第28回目のCOPでも健康が中心的な話題になり、初めて「ヘルス・デー(健康の日)」を設けて、様々な影響や気候変動に対する解決策について人間の健康・ウェルビーイングという視点で議論されました。

 

猛暑は乳幼児の将来的な健康リスクから高齢者の病気まで広く影響を及ぼす

猛暑は色々な形で年齢に関わりなく人に影響をもたらします。

2013年から2022年にかけて、乳幼児と65歳以上の人々が経験する熱波の日数は、1986年から2005年に比べ、年間平均で108%増加しました。

さな子どもたちや高齢者など(体を)冷却する能力が低い状態の人々は極端な暑熱に影響を受けやすいです。

75歳を超えた高齢者に関しては、身体的に発汗するということが難しくなり、オーバーヒートの危険が高まります。

例えば、心臓血管の疾病がある人は皮膚の表面まで血液を回さなければいけないのにその能力が低くなってしまっています。

それによって心臓血管の疾病のリスクが非常に高くなります。

脱水そして腎疾患の基礎疾患がある人はより多くのリスクを抱え、慢性腎不全等の腎臓の疾患が悪化する可能性があります。

さらに女性が妊娠中に猛暑を経験することで、死産や早産などといったリスクが高まり、その子どもたちの体重あるいは振る舞いに影響を与えるリスクが高まることも分かっています。

 

過去10年間で世界の約10%が熱帯熱マラリア原虫の伝播に適した条件に

 

 

気候条件の変化は、公衆衛生上懸念される様々な感染症の伝播に影響を及ぼします。

例えばウエストナイルウイルスの伝播に適した気候条件で見ると、年平均で1951-1960年に対して過去10年間では4.4%増加しています。

また1951-1960年にはマラリアに関わる原虫2種類の伝播に適した条件がなかった土地のうち、熱帯熱マラリア原虫では9.85%、三日熱マラリア原虫では17.34%が過去10年間では適した条件になっています。

 

重要なのは、健康を中心に据えた気候変動対策を行っていくこと

 

健康を中心に据えた気候変動対策を行っていくことで、どこに住んでいようと、どのような環境に置かれている人であろうと、全ての人に豊かな未来をもたらすことができます。

例えば化石燃料の段階的廃止の加速や、エネルギー部門と食料システムにおける対策を優先することなどが重要です。

そして健康と気候変動に関する知識ベースと関与を拡大し続けるために、リソースと支援を増やさなければならないと私たちは警鐘を鳴らしています。

 

熱中症は災害 デング熱から自殺率の上昇まで日本ではどのような影響が起こるのか

 

 

第一部後半では、具体的に日本ではどのような影響があるのかを、東京大学大学院 医学系研究科 国際保健政策学 教授 橋爪真弘先生が解説しました。

気候変動は様々なルートで様々な健康影響を及ぼします。

例えば媒介生物の生態の変化を通して、蚊やマダニといった節足動物を媒介して伝染していく感染症マラリアデング熱といった感染症の流行範囲やシーズンが変わってくる可能性があります。

また、花粉症など、気温上昇によって大気中に浮遊するアレルゲンの季節性が変わってくる可能性があります。

さらに安全な飲料水にアクセスできないような人々に関しては、コレラやクリプトスポリジウム症といった下痢症状を主体とした水系感染症のリスクが高まってきます。

 

 

3年前に環境省が、重大性・緊急性・確信度の3つの指標を使って気候変動影響評価報告書を発行しました。

そこで3つの指標とも非常に高い、そして重大であると評価されたのが暑熱です。

普段から少し心臓が弱い、あるいは血圧が高い、呼吸器系の機能が低下しているような方がその暑さに晒されると、疾患が悪化して亡くなるといったことがあります。

また、感染症、特に節足動物媒介感染症も重大性・緊急性とも高いと評価されており、端的に言いますとデング熱の重大性・緊急性が高いと評価されています。

 

熱中症による死亡者数は自然災害による死亡者の5倍

 

 

暑熱の影響に関して熱中症による死亡者数を見てみると、端的に増加傾向が見て取れます。

直近では年間平均約1300人が熱中症で亡くなっており、そのうち8割を高齢者が占めています。

この熱中症による死亡者数を自然災害による死亡者数と比較すると5倍以上が熱中症によって亡くなっており、

熱中症は災害として捉えるといった認識が大切”になってきます。

ほぼ温暖化対策(緩和策)を実施しなかった場合、熱中症の救急搬送数は今世紀半ばには1.7倍、世紀末には4.5倍になるという予測結果が出ています。

 

日本でデング熱が流行する可能性も

 

また、デング熱に関して、ウイルスを媒介するヤブ蚊と呼ばれるヒトスジシマカの分布可能域を見ますと、1950年代には北限が北関東であったものが、50数年経ちますと徐々に北上し、2010年には秋田県岩手県辺りまで到達します。

さらに2015年には青森でも生息が確認されています。

このまま温暖化対策を推進し実施しなかった場合、北海道でも十分生息可能になると予測されています。

デング熱は今のところ海外から持ち込まれる輸入症例がメインですので、すぐにデング熱アウトブレイクに繋がるわけではないのですが、潜在的なデング熱流行のリスクは高まっていると思います。

 

気候変動は心の健康にも影響を及ぼす

 

決して無視できないのがメンタルヘルスへの影響です。

例えば極端気象による災害が激甚化した場合、一番極端なメンタルヘルスの影響が自殺です。

実際に日本のデータでは、気温が上がっていくと自殺のリスクも上がってくることが疫学研究で分かっています。

例えば気温が7.7℃程度から23℃ぐらいまで上がると、自殺のリスクが5%程度上昇することがデータで示されています。

将来予測では、気温によって発生している自殺者数は今世紀末には6.5%程度に上昇してしまうだろうといった報告もされています。

そのほかにも極端気象、洪水、山火事、熱波などの自然災害が増えることによって直接的な影響の他にも災害後のPTSD、あるいは不安と抑うつといったような影響があります。

 

気候危機は健康の危機であるといった危機感を持って臨むことが大事であり、健康を中心にした気候変動の対策を考えていかなくてはいけないと思います。

ひいては人々の健康を預かる医療従事者が気候の影響というのも見据えた上で広く自分の患者さん、また、広く社会に働きかけをして気候変動対策を進めていく、それも「人新世」時代の医療従事者の新たな役割なのではないかと考えています。

 

【パネルディスカッション】

 

気候変動が健康に及ぼす影響に関する啓発活動を行う、「医師たちの気候変動啓発プロジェクト」は、全国の20代-40代男女合計1200人に対し、2023年の“最も暑い夏”を踏まえた気候変動と健康被害の意識調査を行い、同日その結果を発表しました。

 

第二部では、今回のセミナーに協力をいただいている「みどりドクターズ」代表の佐々木隆史先生(医師)が意識調査についての解説を行うとともに、第一部に登壇した橋爪先生を筆頭に、調査結果を解説した佐々木先生、東京大学 大気海洋研究所 准教授 今田由紀子先生、東京医科歯科大学 国際健康推進医学分野 教授 藤原武男先生、長崎大学 プラネタリーヘルス学環長 教授 渡辺知保先生が、子どもの健康問題としての気候変動についてそれぞれの見解や意見を述べました。

写真左からモデレーターを務めた日本医療政策機構 副事務局長 菅原丈二、一般社団法人 みどりドクターズ 代表理事 佐々木隆史、東京医科歯科大学 国際健康推進医学分野 教授 藤原武男、東京大学 大気海洋研究所 准教授 今田由紀子、東京大学大学院 医学系研究科 国際保健政策学 教授 橋爪真弘、長崎大学 プラネタリーヘルス学環長 渡辺知保(敬称略)

 

“意識調査では1200人の対象者のうち81%が2023年の夏の暑さについて異常だと思っていること、また子どもをもつ600人のうち気候変動が子どもの健康にも非常に危険性を感じていると答えたのはたった20%ということが判明”

 

佐々木先生:今回の調査結果で2023年の夏の暑さについて「81%の人が異常だなと思う、特にここ近年が異常だなということを感じた」ということがわかりました。

また、その中でも「2024年以降も、このような異常な気象は続いていくと思いますか」という質問に対しては3分の2の67%の人がずっと続いていくと思うと回答しています。

ただ一部でオリー先生や橋爪先生の話を聞いていると、この気象は続くのではなくどんどん悪くなっているということが分かります

この67%の人が今後どんどん悪化していくと思っているのかについては疑問です。

また、今回1200人の対象者のうちお子さんがいる方は20代から40代600人でした。

その中で「2023年の暑さによってあなたの子どもの健康を損なう危険性を感じたか」という質問に対して「危険性を感じた」と答えたのは約6割で、非常に損なうと感じたのが約2割でした。

一方、気候変動が「非常に影響している」こととして「健康」をあげた人は33.6%にとどまり、自身の健康、子どもの健康に対して気候変動はあまり影響を与えていないと感じているのだと思います。

 

 

今田先生:“子どもを守るがあまりに、行動のチャンス、教育のチャンス、アクティビティのチャンス、そういったものが失われた”

1つ気になったのが「今回の猛暑自体が子どもの健康を損なう危険性を感じましたか」という質問に対して「感じた」と答えた人の数が意外と思ったほど伸びていないということです。

私自身も子どもが2人いるので、子どもへの影響について考えると、さらに問題意識が高まるなと思います。

私自身は、実際この暑さが危険だと非常に感じたので、むしろ子どもはなるべくその暑さにさらさないようにしようと考えてしまいました。

今はまだ、適応しようと思えばできる、守ろうと思えば守れる段階です。

ただ、むしろ守るがあまりに、いろんな経験を積むチャンス、教育のチャンス、アクティビティのチャンス、そういう損失の方をすごく大きな問題だと感じていました。

 

 

橋爪先生:“今の子ども世代がこれから経験していくと思われる暑さや自然災害は、深刻度が大きいと考える想像力が大事”

確かに気候変動が非常に影響している分野として健康をあげた方はそんなに多くありません。

いま健康影響ということはそんなに意識に十分上ってきてないのかなと思います。

なぜあまりそう感じないのかというと、気候変動や暑さによる影響はなかなか目に見えないので、感知しにくいのかなというところがあります。

そうしたものを数値化してき、エビデンスを提供していく研究者の役割と思います。

もう1つの視点としては、今の子ども世代がこれから経験していくであろう暑さや自然災害は、深刻度が大きいと考える想像力が大事なのかなと思います。

 

 

渡辺先生:“気候変動が実は身の回りでも起きているということに気をつけていくとそれについて考えるきっかけができる”

今、気候変動に対して何も対策を打たない場合、2070年に住めなくなる陸地が地球の陸地の5分の1に達するという、そういう研究結果が出ています。

2070年というと、いま大人でも生きている方はたくさんいますし、当然今から生まれてくる子どもにとっては、まだ中年に至るかどうかぐらいの年齢です。

何も対策をしなかった場合ですが、そういう非常に喫緊のことであるということを分かっていただきたいです。

また、オリー先生が仰るように、すでに健康に影響が現れているのだ、というところにも気をつけていただきたいです。

 

 

藤原先生:“なぜ子どもが気候変動において脆弱なのか、6つの理由”

さまざまな文献を元にお話します。

1つ目は、基本的に代謝のメカニズムが未発達であってなかなか体が対応しきれないということ。

2つ目は、子どもは感受期(sensitive period)と言いまして、非常に感受性が高い時期を過ごしています。

成長できる大事な時期に、例えば気候変動によって食べ物が取れないから農薬が使われているものに曝露してしまうということで神経発達の問題が出る、大事な遊びの機会が損失されることでの社会性の発達が心配されるなどといったリスクがあると思います。

 

3番目は、体重あたりの消費量がとにかく多いということ。

気候変動による水の汚染の問題や食品の汚染の問題ということでの負荷が大きいと、これは環境問題全般に言えることです。

4つ目は、子どもの特徴としての外遊びの多さということは気をつけていかないといけないという点があります。

外気の気温に触れる機会が多いということです。

5つ目は、子どもの時期の負荷はすごく小さいかもしれないのですが、将来までずっと長く残ります。

例えば、子どもの頃の貧困や虐待など、逆境体験の影響っていうのは高齢者まで残ってくる。

そこで認知症になったりすることも分かっています。

そして、気候変動の影響がどうなのかというのは、すごく長い研究をしないと分からないのですが、予防原則と言いまして、いろんな状況証拠からそうしたことが想定されるのであれば、予防すべきだということで立ち上がるべきだろうというふうに思います。

 

最後に6つ目、虐待の研究をしていてすごく思うのは、子どもは声が出せません。

子ども自身が決めて、何かを選ぶということをする機会はほとんどありません。

ですから、子どもを守ろうと言った時に、やはり政策決定者やその周りにいる学校や親の決定することは子どもにとって非常に重要になってくるということを、更に認識していかないといけないですし、また逆に言うと話し合える世代のお子さんであれば子どもと一緒に話し合って一緒に行動を決めていくというようなことも今後は求められるのではないかと思っています。

 

今田先生:子どもに蓄積される影響を想像すると、ただの対策ではだめで、気候変動自体を脱炭素で食い止めていく必要がある

子どもの教育のチャンスが奪われていったら、この先どのくらい能力に差が出るのだろうか、というのが気になります。

目に見えない気候変動の影響が蓄積した時に、自分の子どもがどのように成長しているかを想像すると、自ずと気候変動自体を脱炭素で食い止めていく必要があるという答えにたどり着くのではないかと思います。

 

藤原先生:ヨーロッパではすごく国民の関心が高く、政策等も動いています。

地球温暖化やいろんな異常気象は何か問題だろうという肌感覚は持っている段階だと思います。

それを本当に世論として、これは何かやらないといけない、となっていくために、我々研究者はもっとできることがあると思います。

世論として、市民の総意として、気候変動対策をやっていこう、という雰囲気が醸成されるといいなと思っています。

 

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