週刊誌が昨年末、お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志さんに関するスキャンダルを報じたことを受け、所属事務所の吉本興業1月8日、松本さんの芸能活動休止を発表し、波紋が広がりました。

 その後、松本さんが同月22日、週刊誌の記事が名誉毀損(きそん)に当たるとして、発行元の出版社と週刊誌の編集長に対し、5億5000万円の損害賠償と訂正記事の掲載を求める訴訟を東京地裁に起こしたと、新聞やテレビが報じました。

 今回の松本さんのケースのように、芸能人や政治家が、報道内容を巡り、新聞社や出版社などを提訴するケースは珍しくありませんが、ネット上では、名誉毀損で裁判を起こし、勝訴したとしても、得られる損害賠償金は少ないという情報があります。

 名誉毀損に関する損害賠償金が少ないのは、本当なのでしょうか。松本さんが5億5000万円の損害賠償金の請求を認められる可能性などについて、佐藤みのり法律事務所の佐藤みのり弁護士に聞きました。

慰謝料は高くても数百万円

Q.マスコミの報道が名誉毀損に当たるとして、芸能人や政治家が新聞社や出版社などを提訴するケースがあります。そもそも、名誉毀損とはどのような行為を指すのでしょうか。

佐藤さん「名誉を毀損されたとして、芸能人や政治家が新聞社や出版社などを提訴する場合、民事上、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を起こすことになります。それと別に、刑事上、名誉毀損罪という罪があります(刑法230条)。

名誉毀損罪は『公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損』すると成立します。不特定または多数の人に情報が伝わる状態で事実を示し、人の社会的評価を下げた場合、名誉毀損罪に問われる可能性があります。示した事実がうそであれ、真実であれ、社会的評価を下げ得るものであれば、名誉毀損罪は成立します。

そのため、例えば、不特定多数の人が閲覧できるネット上で他人を誹謗(ひぼう)中傷した場合、誹謗中傷の中に、相手の社会的評価を下げるような具体的な事実が示されていれば、名誉毀損罪に問われる可能性があります。また、メディアの報道も同様に、内容によっては、名誉毀損罪に当たる場合があります。名誉毀損罪の法定刑は、『3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金』です(刑法230条1項)。

以上が原則ですが、名誉毀損罪には、例外として、『公共の利害に関する場合の特例』が定められています(刑法230条の2)。

すなわち、名誉毀損罪に該当する行為があったとしても、(1)公共の利害に関する事実について(公共性)、(2)専ら公益を図る目的で(公益目的)、(3)真実であることの証明がある(真実性)、真実でなかったとしても、行為者が真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らして相当の理由がある(真実相当性)-という条件を満たした場合、罰せられません。

例えば、新聞社が緻密な取材に基づき、政治家の不正を暴き、公にしたような場合、名誉毀損罪には問われないことになります」

Q.名誉毀損が成立する条件について、教えてください。「裁判が長期化しやすい」「成立が難しい」という情報がありますが、本当なのでしょうか。

佐藤さん「名誉を毀損されたとして、民事上、損害賠償請求する場合も、公然と事実を示し、人の社会的評価を下げたと認定されれば、賠償請求が認められるのが原則です。ただし、先述のように、『公共性』『公益目的』『真実性または真実相当性』がある場合、賠償請求は認められません。

例えば、週刊誌が芸能人のプライベートなスキャンダルを報じた場合、裁判では、そもそも『公共性があるのか』が争われることが多いです。また、週刊誌がスキャンダルを報じた主な目的は、世間の関心事を取り上げて売り上げを上げるためではないかという視点から、公益目的についても、争点となり得ます。さらに、報じられた内容が真実なのか、週刊誌側が裏付け取材をどこまでしていたのかについても、当然に争点となります。

このように名誉毀損の裁判では、争点が多く、裁判が長期化しやすい傾向にあります。一方、『公共性』『公益目的』『真実性または真実相当性』が認められるかどうかは、事案によってさまざまであり、一般的に名誉毀損の裁判が『訴えた側にとって負けやすい』というわけではありません」

Q.名誉毀損に関する裁判を起こし勝訴しても、得られる賠償金は少ないといわれていますが、本当なのでしょうか。名誉毀損の賠償額の相場も含めて、教えてください。

佐藤さん「名誉毀損の事案では、精神的損害として、慰謝料の請求をするのが一般的です。その相場は、100万円程度であり、裁判にかかる費用や手間を考えると少ないといえます。

名誉毀損の裁判の中でも、高額の慰謝料が認められる事案としては、名誉毀損の記事によって、仕事に致命的な影響が出るケースや犯罪行為に関与したかのような印象を与えられたケース、名誉毀損の行為が執拗(しつよう)に繰り返されたケース、名誉毀損をした人の発信力が大きいケースなどです。

しかし、こうした事案であっても、慰謝料の金額は、高くても数百万円程度になるでしょう」

5億5000万円の賠償請求は認められる?

Q.お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志さんが、出版社らに対して5億5000万円の損害賠償などを求める訴訟を起こしたと、新聞やテレビが報じました。裁判所が、5億5000万円の損害賠償金の支払いを命じる可能性はあるのでしょうか。

佐藤さん「松本さんが5億5000万円の『慰謝料』の支払いを求めているのであれば、名誉毀損訴訟の慰謝料相場から考えて、全額の支払いが命じられる可能性はないでしょう。

ただし、今回、松本人志さんは週刊誌の記事が出たことにより、芸能活動を休止しています。休業したことによって生じた損害についても請求する場合、週刊誌側が松本さんの休業を予見できたかどうかといった点が争われることになり、高額の請求が認められる可能性はゼロではありません」

Q.今回の松本さんのケースのように、芸能人や政治家の中には、報道内容を巡り、出版社などに対して億単位の損害賠償の支払いを求める人がいます。どのような狙いがあると考えられるのでしょうか。

佐藤さん「慰謝料の金額は、精神的な損害の大きさを表しています。そのため、億単位の慰謝料の支払いを求めるケースでは、それだけ、原告(訴える側)は報道によって傷つけられたのだというメッセージが込められているように思います。

名誉毀損の慰謝料額の相場からすると、報道側は『たとえ訴えられ、裁判で負けたとしても、たくさんの売り上げが見込める記事を出してしまった方が得である』と判断し、記事化する危険もあります。芸能人や政治家が、名誉を毀損されたとして、高額の慰謝料請求をする背景には、『書いた者勝ちは許さない』という強い思いもあるのではないでしょうか」

Q.名誉毀損に関する裁判で、裁判官が高額な賠償金の支払いを命じた判例について、教えてください。

佐藤さん「週刊誌が2007年に大相撲八百長疑惑を報じたことを巡る、2つの名誉毀損訴訟があり、東京高裁は2件合わせて計4400万円の賠償と、週刊誌への取り消し広告の掲載を命じました。この判決は、2010年10月、最高裁の判決により、確定しました。

ただし、この事案は原告数も多く、2件の名誉毀損訴訟の合計額です。本件において、1人当たりの賠償額の最高額は770万円と報じられています」

オトナンサー編集部

松本人志さん(時事通信フォト)