G7各国が順調に賃上げを行うなか、日本の賃金は低止まりを続け「一人負け」状態に陥っています。本記事では、元IMF(国際通貨基金)エコノミスト東京都立大学経済経営学部教授の宮本弘曉氏による著書『一人負けニッポンの勝機 世界インフレと日本の未来』(ウェッジ社)から、日本の低迷する賃金の実態について解説します。

統計で見る日本の賃金

日本の賃金はOECD平均以下日本の賃金水準は、先進諸国と比較してどの程度なのでしょうか。OECDが公表している加盟国の平均賃金のデータを見てみましょう。

OECDの統計データベースでは、各国の平均年間賃金を、

①名目・現地通貨建て

②実質・自国通貨建て

③実質・購買力平価によるドル換算

の3つで公表しています。これらの中で、国際比較が直接可能なのは、購買力平価によるドル換算のデータです。

このデータから2つのことがわかります。ひとつは、日本の賃金水準が低いということです。もうひとつは、賃金の上昇率も低いということです。

日本の賃金はG7の中で最下位

まず、賃金のレベルから確認しましょう。図表1は2022年の平均年間賃金を比較したものです。

日本の賃金は、4万1509ドルであり、OECD平均の5万3416ドルを大幅に下回っています。また、日本はOECD加盟38カ国中25位であり、主要7カ国(G7)の中では最下位となっています。

G7の平均年間賃金を見ると、最も高いのはアメリカの7万7463ドル、次いで、カナダの5万9050ドル、ドイツの5万8940ドル、イギリスの5万3985ドル、フランスの5万2764ドル、イタリアの4万4893ドルとなっています。トップのアメリカの賃金と比べると、日本の賃金はおおよそ半分に過ぎません。

また、お隣の韓国の賃金は4万8922ドルで、38カ国中18位となっており、日本の順位は韓国よりも6ランク下です。日本の順位は、2000年には18位でしたが、2010年には21位に、そして2015年には24位へと下降しました。

G7諸国の賃金が上がるなか、日本「一人負け」状態

次に、賃金の推移を見てみましょう。図表2は、1997年の平均年間賃金を基準として100とし、G7諸国および韓国の賃金の推移を示したものです。1997年を基準としているのは、日本の賃金がその年をピークにして以降、減少傾向にあるためです。

図表2から、日本の賃金が過去25年間ほとんど上がっていないことがわかります。2022年における日本の指数は100で、一方、アメリカは140で、賃金は過去25年間で約1.4倍に増加しています。

また、イギリスカナダフランスは約1.3倍に、ドイツも約1.2倍に成長しています。韓国の数字は153で、賃金の大幅な伸びが確認できます。

このように、他の先進諸国では、この25年間に賃金が2割から5割上昇しているのに対して、日本だけが「一人負け」といっても過言でないほど賃金が上がっていません。

為替レートで見ると、「2000年」はアメリカより高賃金だった…

ただし、これらの数字は現実の賃金格差を直接示すものではありません。なぜなら、データは物価変動の影響を差し引いた実質賃金であり、名目賃金ではないからです。

さらに、ドル換算に際しては、「購買力平価」が用いられて、現実の為替レートとの乖離が存在します。購買力平価とは、ある国の通貨建ての資金の購買力が他の国でも同等の水準となるように為替レートが決定されるという考え方に基づくものです。

そこで、現実の為替レートで換算した名目賃金を比較してみましょう。図表3は日本、アメリカ、韓国の各年の名目平均賃金をその年の平均為替レートでドル換算したものの推移を示しています。

目を引くのが2000年の数字です。日本の平均賃金がアメリカよりも高かったことがわかります。2000年の名目平均賃金は日本で約462万円、アメリカで3万8863ドルでした。

当時の為替レートが1ドル=107.8円だったため、日本の賃金はドル換算で4万2914ドルと、アメリカの賃金よりも1割ほど高い水準でした。また、韓国の賃金はドル換算で1万6659ドルと、日本の賃金の4割弱でした。

ところが、2022年の賃金を見ると、日本の3万393ドルに対して、アメリカは7万7463ドルと、日本の2・3倍となっています。また、韓国の賃金は3万6012ドルと、実質、購買力平価の場合と同様、日本を超えています。  

大卒初任給は、ニューヨーク市の最低賃金より安い!?

大卒の初任給についても確認しておきましょう。

厚生労働省令和4年賃金構造基本統計調査」によると、大卒初任給は男女計で22万8500円で、男性が22万9700円、女性が22万7200円となっています。これを単純に12倍して年収に換算すると、男女計で約274万円、夏と冬のボーナス(給料の2か月分)を含めると約320万円となります。

日本の大卒初任給を海外と比べると、驚くべき事実が明らかになります。アメリカの人材組織コンサル企業、ウィリス・タワーズワトソンによると、2019年の大卒初任給(平均年額)は、スイスで800万円超、アメリカで632万円、ドイツで534万円でした。

これに対して、日本の大卒初任給は経団連の調査によると262万円に過ぎませんでした。一番、高いスイスと比べると、日本の賃金は3分の1以下であり、その差は歴然としています。また、アメリカやドイツと比べても半分以下の水準です。

韓国とも比較してみましょう。日本貿易振興機構(JETRO)の調査レポートによると、2019年の大卒初任給は、日本の2万7540ドルに対して、韓国は2万7379ドルとなっており、全体としては両国でほぼ変わらないものの、大企業では韓国が日本より高く、従業員数99人以下の中小企業では日本の方が高いとしています※1。

ところで、ニューヨーク市の最低賃金は15ドルです。週5日1日8時間で働いたとすると、月に160時間×15ドルで月給は2400ドルになります。1ドル=130円で換算すると、約31万円です。日本人の大卒初任給は月額約23万円なので、ニューヨーク市の最低賃金を下回ることになります。

もっとも、ニューヨークと日本では物価が異なるので、生活水準については簡単に比較できませんが、額面上の給料にこれほどの差があるというのは驚きの事実です。

※1 日本貿易振興機構(JETRO)地域・分析レポート「韓国の賃金水準、日本2022年9月5日9月5日

「初任給を引き上げる」近年の日本企業の動き

そうした中、日本でも初任給を見直す動きが出てきています。新入社員の初任給を引き上げ、若手人材を確保しようとする企業が増えてきています。

例えば、三井住友銀行は2023年の新卒初任給を5万円(25%)引き上げました。また、ユニクロを運営するファーストリテイリングは、2023年3月から国内従業員の年収を最大4割引き上げ、新入社員の初任給は月25万5000円から30万円になりました。

一般財団法人労務行政研究所の調査によると、東証プライム上場企業の157社のうち、2023年4月に入社した新卒社員の初任給を引き上げた企業は過去10年間で最多の7割を超えています。産業別に見ると、製造業は83.3%の企業が引き上げを行い、非製造業では56.2%となっています。

図表4は初任給の引き上げ率(「全学歴引き上げ」した企業の割合)の推移を示したものです。

世界金融危機の影響を受けて、初任給を引き上げた企業の割合は2013年度までは3〜4%台と低迷していましたが、2014年度には輸出産業を中心とする企業回復やデフレ脱却に向けた賃上げの政労使合意などを背景に、23.2%に大幅に上昇しました。

2015年度にはさらに上昇し、約4割の企業が初任給を引き上げました。その後、引き上げ率は若干、減少しましたが、3割を超えて推移していました。しかし、コロナ禍の影響で、2021年度には17.1%にまで大幅に低下。

しかし、2022年年度は一転して40%台へと上昇、さらに2023年度は70%を超えました。

宮本 弘曉

東京都立大学経済経営学部

教授

※画像はイメージです/PIXTA