交渉や説得したい相手から「イエス」を引き出すためには、いつ、どのように、どんな語りかけをしたらよいのか?……イェール大学経営大学院助教のゾーイ・チャンス氏が、行動経済学や社会心理学、交渉術などの研究に著者自身の経験を交え進化させてきた、「影響力」に関する人気講座から生まれた著書『影響力のレッスン──「イエス」と言われる人になる』(早川書房)より、一部抜粋して紹介します。

相手に注目することによって、相手の注目を引きつける

あなたがほかの誰かに注意を集中しているときには、相手はあなたに注目されている、あるいは理解されていると感じます。あなたは相手にしっかりと寄り添っていて、相手にもそれが伝わります。これは明らかな違いを生みます。

存在感に関する精神的な教えでは、自我(エゴ)の解体や、自分自身の心理という罠から抜け出すことに焦点が絞られます。存在感のある演技を指導することで知られる優秀な先生方も、同じ方針を採用しています。

私はこの教えをマーティン・バーマンから学びました。彼自身、まるで奇跡のような演技のできるプロの俳優でした。バーマンは、ただ一緒に台本を読むだけで、誰からでもアカデミー賞級の演技を引き出すことができました。彼が教え子たちに明かした秘訣はきわめてシンプルでした。いわく、舞台上でもっとも重要な人物はあなたの相手役であることを、つねに頭に置いておきなさい。

強いカリスマ性をもつ人物の多くは、同席する相手にそのとき自分が世界でもっとも重要な人物だと思わせることができるとよく言われます。カルト集団の指導者で犯罪者チャールズマンソンが収監されていたサン・クエンティン刑務所を訪ねて、彼と一対一で接見した人物も、同じようなことを述べています。

「人心掌握に非常に長けた人物と会っているときには、こちらに対する強烈な関心を示されることが多い」

マンソンといると、その部屋には彼以外自分しかいないかのような気がしたと語っています(実際、彼らは二人きりだったわけですが、私の言いたいことはおわかりでしょう)。

注目の対象を自分ではなく「他者」へシフトする

注目の対象を自分から他者へシフトするための簡単な方法のひとつが質問です。謙譲表現を質問に置き換えてもいいですし、相手のことについて尋ねてみるのもいいでしょう。

人はみな自分の話をしたがるものだということは誰でも知っています。ですが、自分語りをしたいあまり、見知らぬ人たちに取るに足らない情報を伝えるために、金銭を支払うのも厭わないとは驚きです。

自己開示(セルフ・ディスクロージャー)のもたらす満足感について研究する神経科学者ダイアナ・タミルは、自分語りが金銭やセックス、チョコレートと同じ脳領域を活性化することを発見しました。だからこそ、私たちは質問をしてくれる人を好ましく思うのです。

一連の実験で、参加者は報酬をもらって他人についての質問に答えるか、無償で自分に関する質問に答えるかの選択権を与えられました。質問の内容はささいな事柄でしたが、自分についての質問に答えるという行為自体が楽しいので、参加者はもらえるはずだった報酬の約20%を諦めてまで、スノーボードが好きだとか、ピザにのったマッシュルーム大嫌いだとかいったことを伝えるほうを選びました。

自分の話をするのはとても楽しいので、私たちはこちらの話をうまく引き出してくれる人を高く評価します。アリソンウッドブルックスらの研究から、知り合ったばかりのときには、質問をたくさん投げかける人のほうが好印象をもたれ、お見合いパーティでも次のデートにこぎつける確率が高いことがわかりました。

また、相手の返答に関連した質問をさらに重ねると、深い関心の証と解釈されて、好感度がさらに増しました。ただし、質問者をより好意的に捉えたのはその質問に答えた人だけで、その場にいたほかの人たちはそうでなかった点は注目に値します。

相手の名前を「いつもより頻繁に呼ぶ」だけ

このような親近感から親密な関係に発展する可能性はあるのでしょうか? この答えは、アーサーアーロンとエレインアーロンの設計した研究に見つかります。

彼らの実験で、参加者は2人一組になって交互に36の質問をしました。質問は「夕食に招くとしたら誰ですか?」のような簡単なものから始まります。その後は次第により個人的な内容に変わっていきます。「最後に泣いたのはいつですか?」といったように。そして実験の最後に、2人は黙ってお互いに注意を集中させます。一言も発することなく、4分間見つめ合うのです。ただ注意を向けるだけです。

この実験に参加したペアのうち、一組が結婚したと伝えられています。とはいえ、あなたはここまでやる必要はありません。相手の名前をいつもより頻繁に呼ぶだけで、注意を自分の外側へ向けることを思い出せるのですから。これはまず、あなたの潜在意識に向けた効果的な合図となります──自分ではなく、相手の話だよ、と。そしてもちろん、相手の注意を引くためにも役立ちます。なにしろ、自分の名前が呼ばれることには、眠っている者をも起こすほどの力があるのです。

デール・カーネギーは早くも1938年に、名著『人を動かす』を物して、相手の名前をうまく活用するように勧めています。神経科学はその後、各人の名前には自分への言及に反応する脳部位を活性化する特異な性質があることを裏付けてきました。

私のことね。彼は私に注目しているわ! 

上の階に住むケヴィンが、会話をするたびに相手の名前を何度も何度も口にするのを聞いて、私はデール・カーネギーを思い出しました。「やあ、ゾーイ、元気でやってるかい、ゾーイ?」

彼は検眼士で、街中の人と知り合いのようでした。私たちは彼のことを“市長”と呼んでいて、 どんなときでも彼に会うと心が和みました。名前を連呼するなんて変わった癖だし、そのことでケヴィンをからかったりもしましたが、その効果は抜群でした。私たちはみんな彼が大好きでした。それは、彼が私たちに好意を抱いていると感じるからでもありました。誰に聞いても、親しみやすく陽気でおどけたケヴィンは、高いカリスマ性があると口を揃えて答えたでしょう。

カリスマであるには

カリスマ性を手に入れるには、必ずしもいい人である必要はありません(もちろん、カリスマ性を備えたいい人にはなれるでしょうが) 。また、カリスマであるには、自分の話をしてはいけないというわけでもありません。

前述の代名詞に関する調査は、クリプトナイト(スーパーマン弱体化させる架空の鉱物。唯一の弱点とされる)を使って自分への注目を抑制し、カリスマ性を発揮すべきときを知る手掛かりを見つける役には立つでしょうが、「私」を一切使わないなどのやりすぎは禁物です。

この新たな洞察を、今注意を向けるべき人は誰かと、ときどき確認し直すための合図として役立てましょう。そしてそのような相手がいたら、自分に向いていた注目をそちらへシフトすればいいのです。

ゾーイ・チャンス

イェール大学経営大学院助教

画像:PIXTA