自分の人生ってこれでいいのかな?自分って本当は何をしたいんだっけ?――こんな「人生袋小路」のような疑問に、ぶち当たったことはないだろうか。実はこうした疑問がなんとなく心の奥の方にくすぶっている気はするけれど、普段は「見ないことにしている」という人も案外いるかもしれない。もしもあなたもそんな気持ちに思い当たるなら、伽古屋圭市氏の新刊「猫目荘のまかないごはん(角川文庫)」(KADOKAWA)を手に取ってみてほしい。主人公と一緒に悩みながら、自分なりの「新しい何か」に出会えるかもしれない。

※2023年10月8日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です

春のある日、降矢伊緒(29)は、阿佐ヶ谷にある新しい引越し先の「猫目荘(ねこのめそう)」の前で逡巡していた。「まかない付き」の言葉につられ下見もせずに決めた下宿は、年季の入った物件とは聞いていたものの、予想を超えた古さの昭和な建物だったからだ。ショックで呆然としていると大家の小金井に声をかけられ、伊緒はひとまず屋内へ。まかないはありがたいけれど、食事タイムは下宿の人がみな集合することになっていたり、風呂も共同だったり「えっ?」と思うこともちらほらあり、部屋も古さも相まって入居早々辟易とする伊緒……と、不穏な気配で始まる本書だが、伊緒が「猫目荘」の住人たちと交流するようになってから、彼女の目線も少しずつ変わっていく。

実は主人公の伊緒は「女のくせに」「女はこうしろ」と頭ごなしに押さえつけてくる父親の支配から逃れようと、5年前に神戸の実家を飛び出して東京に来たものの、再就職にも婚活にも行き詰まって「猫目荘」に暮らすことになった女性だ。かつて描いていた「理想の自分」も今はぼんやりとして、「猫目荘」にやってきたときは、自分が何をやりたいのか、これからどうしたいのかもわからなくなって、淡々とバイトをこなす日々を送っていた。

そんな彼女が猫目荘で出会ったのは、大家の小金井と深山、カフェの経営者・茅野、役者の蓮田、ユーチューバー二ノ宮といった面々で、いずれも「自分らしい生き方」を着実に実践している個性派ぞろい。伊緒は彼らと少しずつ対話を重ねることでさまざまな価値観を知り、「こんな生き方もあるのか」と大きな刺激を受ける。そして関西人らしい小気味いいセルフツッコミで照れ隠ししながらも、自分の「やりたいこと」探しを再び真剣にはじめるのだ。もしかすると、そんなふうに迷いながらも前に進もうとする等身大の伊緒の姿に、悩んでいる自分を重ねる方もいるかもしれない。果たして伊緒はどんな自分を見つけるのか――ラストの晴れ晴れとした彼女の姿には、きっと勇気づけられることだろう。

ところで本書のタイトルにもあるように、物語には下宿の「まかないごはん」が密接に関わってくる。カレー、温奴、クリームシチューや豚キムチ……普通の家庭料理のはずなのに、旬の食材と微妙なアレンジを加えたメニューの数々はどれも魅力的で美味しそう!さらには「下宿のみんなで食べる」というシチュエーションも絶妙なスパイスとなって、なんだかホクホクと幸せそうな「猫目荘」の住人がうらやましくなってくる。やっぱり「美味しいは正義!」なのだ。

文=荒井理恵

「猫目荘のまかないごはん(角川文庫)」(KADOKAWA)