台湾総統選に勝利し、台湾のトップに就任することとなった民進党の頼清徳氏(左)。蔡英文総統(右)の親米路線を引き継ぎ、中国の威嚇と向き合う
台湾総統選に勝利し、台湾のトップに就任することとなった民進党の頼清徳氏(左)。蔡英文総統(右)の親米路線を引き継ぎ、中国の威嚇と向き合う

台湾の新しいトップに就任するのは民進党の頼清徳(らいせいとく)氏! 中国との対決姿勢を示し続けた蔡英文総統の意志を継ぐ彼に対して、「台湾の統一」を大目標に掲げる中国・習近平国家主席による圧力はどんな様相を見せるのだろうか? 「中国」を取材し続けるルポライター・安田峰俊氏が解説する!

【写真】「台湾AIラボ」設立者のイーサン・トゥほか

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■中国製AIの世論工作

1月13日に投開票が行なわれた台湾の総統選は、与党・民進党の頼清徳候補が総統(大統領に相当)に当選した。

民進党は一般に、台湾アイデンティティが強く、中国大陸とは距離を置く政党とされる。頼清徳は開票後の演説で「(今回の結果で)台湾が権威主義の側ではなく、民主主義の側にあることが示された」と、西側諸国との絆を強調してみせた。

一方、自国による台湾併合を狙う中国は強い不満をにじませている。選挙結果の大勢が判明した13日夜には、中国外交部のスポークスパーソンが定例記者会見の席で「台湾問題は中国の内政」と主張。台湾は自国の一部であるとする従来の主張を繰り返した。

中国は台湾の選挙に対して、さまざまな介入工作を仕掛けたとみられている。まずはそれらを見ていこう。

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「2013年~22年の期間、台湾はネット上のニセ情報に対して世界で最も闘ってきた国である」

スクリーン上にそんな言葉が躍る。選挙直前の1月10日午後、台北市内の非営利研究所「台湾AIラボ」で開かれたシンポジウムでの一幕だ。

17年に設立されたこの機関は、人工知能の医療活用などの事業のほか、中国のディスインフォメーション工作(意図的な誤情報の流布)の研究を手がけている。

「台湾AIラボ」の設立者であるイーサン・トゥ(写真撮影/安田峰俊)
「台湾AIラボ」の設立者であるイーサン・トゥ(写真撮影/安田峰俊)

ラボの設立者はイーサン・トゥ(杜奕瑾)という。彼は台湾世論に大きな影響力を持つ大規模掲示板「PTT」の創始者であり、マイクロソフト音声認識ソフト『コルタナ』の開発に従事してアジア太平洋地区の総責任者も務めた、台湾を代表する天才プログラマーだ。

「工作アカウントの投稿は、PTTのほかフェイスブック、X、YouTube、TikTokなど各プラットフォームに及んでいます」(トゥ)

投稿の内容は、このまま民進党に政権を任せれば中国大陸との戦争の危機が高まる、有事の際にアメリカは台湾を助けないといった外交に関するものや、過去8年間の民進党政権の内政の失敗をあげつらうものが多い。 

さらには、昨年末に台湾で話題になった中学生同士の殺人事件について、死刑に消極的な蔡英文(さいえいぶん)政権の責任を問う主張、総統候補である頼清徳の実家の違法建築疑惑、知名度の高い美人女性候補の賴品妤(らいひんよ)が立法院(国会に相当)選挙の活動で道路渋滞を引き起こした、といった民進党のイメージダウンを図る情報拡散も多数なされている。

もっとも、これらの批判は野党の国民党や民衆党も行なっており、言説それ自体は民主主義国家としてダメな内容ではない。最大の問題は、これらの文章が中国の生成AIによって作られ、拡散されている可能性が高いことだ。

台湾AIラボによると、工作が疑われる投稿の多くは、同一アカウントによる多数の「コピペ爆撃」や、複数のプラットフォームに同内容が横断的に貼りつけられたりしたものだという。その発信源をたどると、例えばフェイスブックの場合、わずか数個のアカウントに行き着く。

蔡英文の公式フェイスブックページに寄せられるコメントの3分の1は、こうした工作アカウントの投稿です」

トゥはそう説明する。工作アカウントは、政治イベント前に新規に大量に作成される、活発にポストを繰り返すときとピタリと沈黙するときの波が大きいなど、特徴的な挙動がある。

時には投稿文に、台湾では使われない字体(中国大陸の簡体字)が交じることもある。投稿が突然英語に切り替わり、アメリカのバイデン政権を批判することも多い。

「(中国による)ネット工作は以前から存在しましたが、20年のコロナ禍を境に大きく進歩しました」(トゥ)

AI技術が長足の進歩を遂げた時期と一致する。当時は台湾製ワクチン「高端疫苗」への疑念をあおるデマや、世界最大の半導体企業のTSMCが台湾を見捨てて移転するというデマなど、各種の怪しげな情報が発信された。 

工作は動画にも及ぶ。蔡英文政権がインド労働者の受け入れを検討した際は、「蔡英文のせいでレイプが増える」という扇動的な動画が多数、TikTokにバラまかれた。トゥは言う。

「目的は社会に混乱と分断をつくり出すこと。そして人々に、民主主義体制への疑念を深めさせることにあります」

これは今後も継続的に進む戦略だろう。

■「第三極」を取り込む?

ネットと並行して現実社会でも工作は展開されている。

1月9日、台湾の司法当局は、基隆市の里長(町内会長)が中国山東省煙台市の工作機関の招きを受けて、ほかの里長ら33人を連れて5泊6日の中国旅行接待を受けたとして摘発を行なっている。

ほかにも昨年11月以降、台北市・台中市・高雄市・宜蘭県などの里長ら160人以上が中国各地の工作機関の招待を受けたとされ、台湾当局の捜査対象になっている。

台湾は地元のコミュニティが強く、里長を取り込めば地域単位で票を固められる(事実、今回の総統選と同日投開票の立法院選では、小選挙区で野党の国民党の勝利が目立った)。地道な方法ながら、世論や集票のキーをピンポイントで取り込む戦略なのだ。

候補者に露骨に浸透する例もある。1月9日には、第2野党・民衆党の桃園地区の元広報担当者で、今回の国会選挙に無所属で立候補していた馬治薇という女性が、中国のインテリジェンス機関の関係者から合計1400万円以上の金銭を受け取ったとして台湾当局に拘束された。

こういった取り込みは、総統選後も続くだろう。

民衆党の党首・柯文哲氏(左)。同党は今後の立法院(国会)の運営でカギを握る存在だ(写真撮影/安田峰俊)
民衆党の党首・柯文哲氏(左)。同党は今後の立法院(国会)の運営でカギを握る存在だ(写真撮影/安田峰俊)

民衆党は19年に結成された政党で、今回の総統選で党首の柯文哲が370万票近くを獲得したほか、立法院選でも躍進。二大政党の議席数がともに過半数に満たなかったことで、キャスティングボートを握ることに成功した「第三極」だ。既存政治の打破を訴え、従来の二大政党の争点だった対中問題には曖昧な態度を取る。

ただ、民衆党は新興政党だけに人材も不足気味。故に問題のある人物でも平気で受け入れかねないワキの甘さがある。中国から見れば格好の工作対象だ。

ほかに中国大陸との融和を主張する第1野党の国民党も、複数の関係者が中国の工作機関との関係を噂されている。

■工作は日本にも......

中国のこうした工作は、今後は日本に対してもより多く展開される可能性が高い。

従来、中国の対日ネット工作は、日本語の複雑さゆえに投稿文が不自然になるなど、粗雑なものが多かった。だが、生成AIの進歩によって、より自然な文章表現や、画像・動画を用いた情報工作が容易になりつつある。

近年の台湾の例から考えれば、災害の際にデマを流す、政府や自衛隊の対応の不備を過剰に喧伝して国家体制への不信感をあおるといった攻撃手法は十分に想定されるだろう。

今年1月に起きた能登半島地震では、Xにインプレッション稼ぎが目的とみられる不自然なアカウントが大量に出現し、ニセの救援要請が拡散して問題になった。これらは中国の工作アカウントとは限らないが、同様の行為をより組織的に、かつ不自然さがない形で実行すれば、社会混乱を容易に助長できる。

大企業の業績不振や銀行の焦げつきを伝えるニセ情報で経済を混乱させたり、ネット右翼陰謀論者のような極端な主張を持つ人たちをあおることで日本社会の分断を図る手法も考えられる。

政治家の取り込みも、例えば19年12月、内閣府副大臣を務めた秋元司がカジノを含む統合型リゾート(IR)事業の参入を狙う中国企業から現金を受け取り、逮捕された例がある。当選歴が浅い議員や、人材のチェックが甘い「第三極」の議員らは、台湾のみならず日本でも工作ターゲットとして取り込まれやすい。

基地問題を抱える沖縄県など、日本政府に不信感が強い地域の知識人やマスコミ関係者を中国側が接待し、彼らを通じて現地の反米・反政府感情を増幅させ、中国に好都合な言説を流布させる手法も考えられる。

今回の選挙で台湾が被った、中国による各種の介入工作は、日本にとっても決して対岸の火事ではないはずだ。

取材・文/安田峰俊 写真/共同通信社

台湾総統選に勝利し、台湾のトップに就任することとなった民進党の頼清徳氏(左)。蔡英文総統(右)の親米路線を引き継ぎ、中国の威嚇と向き合う