「売り家と唐様で書く三代目」ということわざがあります。初代が苦労して財産を築き上げても、3代目にもなると没落して家を売りに出すようになってしまうという意味で、遊びにふけり、商売をないがしろにする人を皮肉ったものです。財産は3代と続かないケースが多いでしょう。人生100年時代の現代では、老後のために自力でしっかりと資産を準備しなければなりません。本記事ではAさんの事例とともに、高齢者とともに働く職場環境について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。

3代続く老舗の洋菓子店のワンマン社長

Aさんは地方で3代続く老舗の洋菓子店の45歳の長女です。家族は、3代目社長となる75歳の父親と72歳の母親、そして20年前に結婚した48歳の入り婿の夫。夫とのあいだには中学3年生の長男と、中学1年生の長女がいます。

このお店は、創業者となる初代のころはバタークリームのケーキからスタートし、2代目はバレンタインデーの効果で発売したチョコレートのアソートやケーキが人気となって、店舗数も県内で5店舗まで増えました。

初代と2代目、そしてAさんの夫はしっかりとした職人さんですが、3代目となるAさんの父親は大学を卒業後、就職はせずにすぐに店の手伝いから入りましたが、ケーキ作りはほどほどで主に外回りでお得意さんを回っている程度でした。

初代や2代目は真面目でお菓子作りにも熱心な人でしたが、3代目となるAさんの実父は「自分は経営者だから」と、それぞれの店舗には出向いてもお菓子作りは職人さんに任せ、あまり工場へも顔を出さない人間です。

子どものころから裕福でわがままに育ったせいか、それほど仕事に熱心ではなく、商店街の仲間と飲みに行ったりゴルフに行ったりして自由に過ごしています。

その程度ならまだ周りも我慢もできるのですが、この父親の許せないところは「ワンマン社長」なところです。仕事場でも従業員に対して横柄な態度を取り、いわゆるパワハラで気に入らないことがあると大声で怒鳴ります。家でも同じで、母親もAさんも諦めており、昔からいいなりの状態でした。

母親も大人しい性格ですが、特にAさんは仏のような性格で、怒った姿を人に見せたことがありません。周囲の人は「なぜあの父親の娘があんなに気が長くて温厚なんだ」「逆にあの父親の近くで育ったせいで、驚きの忍耐強さが身についたのでは?」など口々にしていました。

さて、そんなAさんですが、父親が高齢になったため、以前から夫にお店を継がせたいと思っていました。しかし、そう事は上手く進みません。父親がちっとも社長の座から降りる気がないのです。

父親が社長の椅子を譲らないワケ

このお店が法人化したのは15年ほど前のため、3代目の預貯金は3,000万円ほどありますが、年金額は夫婦合わせて10万円程度しかなく、自由になるお金が欲しくて社長の給料をもらっているような状態です。

自らを「経営者」と称しながら、先代の成功に甘えてあまり仕事もしていないような父親。そんな経営状態だった洋菓子店を裏で支えていたのは、Aさん夫婦と従業員、そして母親でした。特にAさんの夫は新商品の開発だけでなく、ホームページを作ったり商品の写真をInstagramやX(旧Twitter)に載せたりして、若い層の顧客を増やそうと一生懸命努めてくれました。

しかし、外資系の高級チョコが人気になったり、昔と違ってバレンタインデーの盛り上がりにはあまり乗れないなど、売り上げが落ちてきてしまいました。また、クリスマスケーキもコンビニや大手スーパーから予約を取るスタイルが人気なのか、宣伝費をかけたにもかかわらず、こちらも売り上げが落ちています。

大きなイベントでの売り上げが年々落ち込んでいくとともに、昨年からの原材料費や光熱費の値上がりはかなりの痛手となっています。2人の子どもにもこれからはますますお金がかかる時期であり、お店を潰すわけにもいきません。追い詰められていよいよ店舗を2つほど閉めようか、とAさん夫婦が話していた矢先に事件は起きてしまいます。

緊急事態!「あの会社はブラック企業だ」という噂がたって…

ある従業員のちょっとしたミスに激怒した社長がこの従業員を怒鳴りつけてしまい、長年我慢してきた従業員も堪忍袋の緒が切れたのでしょうか、反発してAさん達が止めるのも聞かずに辞めてしまいます。問題はこれだけで終わらず、その後「あの店にはパワハラ社長がいる」「ブラック企業だ!」という噂がたってしまいます。

これにはいままでおとなしかった娘のAさんも黙っていませんでした。夫の20年間の努力を踏みにじられたようで、父親に対し「父さんが社長になってから売り上げが落ちている。父さんは時代の変化についていけない。お菓子作りも経営もなにもわかっていない。父さんははっきりいって老害よ! もういらない!」と激しく責め立てました。

さすがの社長もこれにはびっくりして、言い返すことも忘れて数日間は店にも顔を出さずに引きこもってしまいます。その後、商店街のゴルフ仲間の経営者に相談でもしたのか、退任を表明して娘婿に社長の座を譲ったそうです。

高齢者がともに働くことが当たり前の時代に

時代の変化や流れも速くなり、初代が苦労して成功してもそれに甘んじてしまうと3代目といわずに2代目で潰してしまう企業もあるようです。

創業者から2代目・3代目と続き、企業も確立して安定してくると「このやり方が正しい」という考えに陥ってしまい、周りの変化への対応が遅れたり、意見を聞かなくなったりしてしまいます。これは経営者だけに限ったことではありません。

年金や退職金の金額が減ってきたり、物価が上がったりで老後の生活に不安を抱えて、定年後も再雇用制度を利用して働き続ける高齢者が増えてきました。

しかし、これまでとは立場が逆転し、後輩が上司となることで人間関係がうまくいかないケースが増えています。昔からの仕事のやり方を押し付けたり、なかには上司となった後輩に「お前は俺が育ててやったんだ」「先輩の言うことが聞けないのか」と威圧的な態度を取ったりする人もいるようです。反対に再雇用者がイジメの対象になるケースもあるようです。

いずれにしても働いていて気持ちのよい職場ではありませんね。

政府は2021年4月1日から次のような高年齢者就業確保措置の実施を、企業などの努力義務として70歳まで働ける環境の整備を進めています。

 (1)70歳までの定年の引上げ

 (2)定年制の廃止

 (3)70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入

    (特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)

 (4)70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入

 (5)70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入

    a.事業主が自ら実施する社会貢献事業

    b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業

いまのところは義務ではなく努力義務ですが、これは年金の支給開始年齢を70歳に引き上げるための前準備かもしれませんね。いずれにせよ、どこの職場も高齢者率は年々高くなっていくと思われますので、働きやすい職場作りは大きな課題になっていきそうです。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)