環境にやさしい鉄道がEUで見直され、国際列車の事業が加熱しています。そのなかで、「線路使用料」が高額な国が不評を買っているようです。

群雄割拠で鉄道戦国時代

環境配慮が叫ばれている欧州連合(EU)では、飛行機よりも鉄道が見直されていて、長距離でも「なるべく鉄道で移動する」ことが推奨されています。

この風潮を反映して、EU各国の鉄道会社は「長距離旅客鉄道事業で儲けよう」と画策し、群雄割拠の状況となっています。いわば「鉄道戦国時代」。実はこういった鉄道事業はこれまでドイツが「独り勝ち」でしたが、今や強い逆風が吹き、目が離せない状況になっています。

EU内では開業予定の国際新規路線が目白押しです。

例えば、イタリア国鉄の流れを汲む民営鉄道会社「トレニタリア」は2021年末にミラノ~パリで国際列車を走らせ始め、2024年後半にはパリ~マドリードにも進出すると宣言しています。

夜行列車の運行会社「ヨーロピアン・スリーパー」の躍進も続きます。ブリュッセル~ベルリンの路線を増便し、プラハまで延伸する予定なのに加え、2025年にはアムステルダム~バルセロナの新規路線を開始する旨を発表しています。

パリから10都市以上に夜行列車を運行させる計画を打ち出したスタートアップ企業もあります。この「ミッドナイトトレイン」は、2025年にパリ~ミラノ~ヴェネツィアで豪華夜行列車を走らせるのを皮切りに、パリから放射状に各方面に打って出る計画です。

また、2023年10月にはスペイン国鉄「レンフェ」がチェコの民営鉄道会社「レオ・エクスプレス」と組み、ドイツポーランドなど中欧各国での事業拡大を表明しています。

ドイツ「通行料が高い関所」で独占維持

欧州の長距離列車は格安航空や自動車におされ、一度は退潮するかにみえました。その流れが逆回転し、再び長距離列車の旅が沸点を迎える中、透けて見えてくるのがドイツの「独り勝ち」計画です。ドイツは「中欧」という名の通り、9つの国と接し、いわばEU鉄道網の「心臓」。ドイツを通過せずに欧州を横断・縦断すると回り道になりがちです。

EUでは「列車の運行」と「線路などインフラ管理」を別の会社が行う「上下分離方式」を採用しています。そのため、列車を走らせるためにはその区間の線路管理者に「線路使用料」を支払う必要があります。その足元をみるように、ドイツの線路管理会社である「DB InfraGO」は、160km/h以上の速度でドイツを通過する長距離旅客列車に対し、EU内で最も高額となる「1km当たり14.12ユーロ(約2250円)」の線路利用料を課しています(ドイツ鉄道広報による)。

東の隣国オーストリアの線路使用料がドイツの約10分の1(1km当たり1.42ユーロ。 オランダの専門紙レイルテック調べ)なのと比べると、ドイツがEU内で「通行料が高い関所」のような存在になっていることが分かります

EUでは線路使用料を払えば誰でも鉄道事業に新規参入できることになっているのですが、列車運行会社の参入が進んでいるイタリアフランススペインとは異なり、ドイツ国内の長距離旅客列車の2022年度のシェアはドイツ鉄道が96%(分析会社スタティスタ調べ)。つまり、高すぎる路線使用料が一因で、外国の列車がほとんど直通してこない状況になっています。

残り4%も、2017年からサービスを提供し始めたドイツの民間鉄道会社フリックストレインなど一部の例しかありません。ヨーロピアン・スリーパーミッドナイトトレインなども進出していますが、どちらも夜行の寝台列車に特化しています。

実は「寝台列車だけ」ドイツ乗り入れしているのには「事情」があります。ドイツ鉄道広報の説明によると、夜行寝台車の線路使用料には「割引」があり、1km当たり2.86ユーロ(約455円)と激安なのです。しかも、夜11時から朝6時までの間に運行すれば、その時間帯からはみ出た運行にも格安な夜間の線路使用料が適用されることから、「新規参入しやすい」ビジネスモデルというわけです。

高まる“ドイツ国鉄”解体への圧力

このようにEU鉄道網の中で「お高く止まっている」印象のあるドイツですが、そのあり方でゴタゴタの渦中にあります。

ドイツ鉄道の列車運行とインフラ管理は、それぞれグループ内の別会社が担っています。ですが、グループ内の結びつきは強く、実際にはドイツ政府が全株を保有している一つの大きな国営企業のような状態です。

そんな独占状況に風当たりが強まっており、EU内の競争促進の旗を振る欧州委員会はもちろん、足元のドイツの連邦カルテル庁やドイツ独占委員会といった当局まで「苦言を呈する」事態になっています。ドイツ当局としても「自国優先主義」を放置しているとみられたくないわけです。

具体的には、ドイツ鉄道の上下分離を徹底したほうが良いという圧力が高まっています。つまり「ドイツ鉄道の完全解体」。ただ政権与党の中道左派・ドイツ社会民主党SPD)や、政治に大きな影響力を持つ労働組合が強く反対しており、現時点での実現はなかなか困難です。

“国鉄”の解体には、「高すぎる通行料」の是正につながるという期待もあります。「ドイツ経由で最短経路の長距離国際列車」が隆盛するかどうか、EU内でドイツ内政への注目が高まっています。

ドイツの高速鉄道に使用される「ICE 4」(赤川 薫撮影)。