大企業を中心に兼業を許可する勤務先が増え、副業を始めようとしている人も多いのではないのでしょうか。本記事ではAさん夫婦の事例とともに、収入が足りないと感じる際にまず最初に考えるべきことについて、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

投資では今月、来月の生活費の足しにならない…

自分の給料がもう何年も上がっていないと感じる方は多いと思います。国土交通省の「民間給与実態統計調査」によると、平均給与は90年代よりも低くなっていることがわかります。さらに実際の手取りは社会保険料の負担増や増税、物価高によって減っている状態なので、日本人の生活が苦しさを増していることは否めません。

そこで多くの人が関心を持つのが投資。老後資金を少しでも貯めようとコツコツと投資にお金を回す人が増えています。しかし投資は長期で取り組むべきもの。今月、来月の生活費の足しにはなりません。むしろ投資に回したお金が手元から離れるので、生活はより苦しくなります。

そのようななか、投資と並んで多くの人が興味を持っているのが、副業です。自分が持っている知識やスキルを利用していますぐ使える現金を稼げるのは大きな魅力があります。もし月に15万円の副収入があれば、所得税や住民税の負担は増えるものの、10年20年の投資では得られにくいほどの大きな収益が残ります。大企業が中心ですが兼業を許可する勤務先も増えているため、今後さらに副業に取り組む人が増える可能性は高いでしょう。

簡単に始められ収益が大きな「SNS副業」

しかし、稼げる副業にめぐり合える人はごくわずかです。「お金になるような知識もスキルもない……元手になる資金もゼロ……」これが副業に取り組むハードルのひとつです。

ところが最近はスマートフォンが普及したことから、ネット上で副業をすることが簡単になっています。これなら元手がさほど必要ありません。動画サイトに投稿し再生回数によって広告料を得るもの、SNSアカウントやブログで宣伝し、その売り上げによって収益を得るアフィリエイト、企業から依頼を受け商品を紹介することで対価を得るインフルエンサー、ブログ記事そのものをサブスク方式で販売するものなど、現在では多種多様になっています。

このような稼ぎ方によって本業以上の収益を得る人もいることはよく知られています。顔出しなし、実名非公表で、年商で数千万円を稼ぐ人もいます。こうして稼いだお金をさらに投資に回せばより資産が膨らんでいく可能性があります。

SNSなどネット上で稼ぐために必須なのは、自分のアカウントにフォロワーが数万~数十万人の規模でいることです。フォロワー数やチャンネル登録数の規模が一定以上なければ、稼げることはありません。

近年「バズる」という言葉をよく耳にします。これはSNSでの投稿が注目を浴び、閲覧回数が急激に増えることを意味します。バズることによってフォロワーが増え、結果として宣伝による収益が大きくなるため、あの手この手でバズろうと必死になります。悪質なフェイク情報を垂れ流す人、災害時にデマを流し拡散させようとする人、芸能界のスキャンダルに便乗し嘘情報を流す人などの目的は、愉快犯という側面だけではなく自分のアカウントのインプレッション数を増加させたいという事情もあるのです。

副業で月に数万円の収入が欲しいあまりに、犯罪者となっては無意味です。犯罪ではないもののバズりたいがために自らのプライバシーを切り売りしてしまう人たちもいます。わずかな副業収入が欲しいあまりに夫婦関係に傷をつけてしまった事例をご紹介します。

鬱による収入減をきっかけに始めた「内緒の副業」

夫 Aさん 33歳 会社員 年収540万円

妻 Bさん 30歳 契約社員 年収250万円

妻Bさんは27歳のときに鬱状態となりました。当時勤めていた会社で毎日深夜に帰宅し休日も出勤するような過酷な業務を強いられたことが原因でした。朝起きあがれないほど毎日体調が悪く、頭がぼんやりして簡単な料理すら作れなくなりました。身だしなみを整えるのも難しく毎日同じ服装。

心療内科から「鬱状態」と診断書をもらい職場に休職を申し出たものの、上司は舌打ちをして露骨に嫌がる状態。そこで夫のアドバイスを得て退職弁護士に代行手続きを依頼。勤務先とは一切話をせずに退職しました。

1ヵ月間、精神科病棟に入院して療養したのち、2年間自宅で療養しました。感情に起伏が激しく夫に対してささいなことで激昂したり、被害者意識を膨らませて号泣したり、ネットで何度も高額な衝動買いを繰り返すなど、性格が以前とまったく変わったかのようでした。

妻Bさんが静養期間に心配していたのは、買ったばかりだったマンションのローンのこと。連帯債務の契約で住宅ローンを借りているのです。「僕が1人でも支払えるから問題ないよ」と夫はいってくれましたが、夫ひとりの年収で月12万円のやりくりは難しいのが現実です。

500万円あった貯蓄は少しずつ減っています。就業不能保険に加入していましたが、Bさんの状態では支払い対象にならないようです。

夫Aさんは妻のことを気遣い、家計の収支のことは妻には伝えないようにしていました。住宅ローンの返済が家計を圧迫しているのは間違いないのですが、貯蓄がゼロになるまでは現状のままでいようと考えました。

幸い、妻Bさんは2年後の29歳のときに体調が落ち着き、契約社員として再就職することができました。しかし、年収は前職よりも200万円減る見込みです。

「これでは貯金はあまりできないよね……」と申し訳なさそうにする妻Bさん。「ゼロよりはずっと助かるよ。いまある収入でやりくりしていけばいいさ」と夫Aさんは慰めます。夫はよくいえばおおらか、悪くいえば大雑把な性格なのです。

妻Bさんが知った副業のやり方

妻Bさんは毎晩寝る前にSNSを眺めるのが日課でした。興味があったのは「副業」のことです。収入が減った分をなんとか補いたい、できれば楽をして稼ぎたい、という思いに囚われていました。

副業について調べていると、おすすめ欄に次々と情報が流れてくるのがSNSのアルゴリズム。埋もれそうなほどの情報量です。そのなかで副業についての「教材」を販売しているアカウントを見つけました。SNSの投稿をマネタイズするという内容で、アカウント主は月に50万円も稼いでいるとのこと。真偽はわかりませんが、どうやって稼ぐ仕組みなのか知りたいと妻Bさんは思いました。

いわゆる「情報商材」というものでしたが、2万円を支払い、教材を手に入れました。そこにはこんなことが書かれてありました。

SNSでフォロワーを増やす

ブログに誘導する

ブログで商材を紹介し収益を得る

簡単な話ですが、妻Bさんには初めて聞いた知識でした。いままでSNSで紹介されて買ったもの……あれはいわゆるアフィリエイトだったのかと驚きました。自分がいつも見ているアカウントはフォロワーが10万人以上いて、ときどき唐突に宣伝を始めるのが不思議でしたが、あれがそうなのかと。

これなら私にもできるかもしれないと思った妻Bさん。自分のアカウントで、自分の病気と療養生活について紹介してみようと考えました。そのうえでなにを宣伝していくのかはあとで決めるとして、とりあえず始めてみることに。

そう簡単にフォロワーは増えない…

夫に内緒で始めたアカウントでしたが、一向にフォロワーは増えません。なにを投稿しても「いいね」はひとつもつきません。同じように療養の様子を投稿するアカウントはあり、そちらはフォロワーが数万人います。見ると確かに面白く、自分との差を感じるばかり。だからといって真似しても意味がありません。

突然注目された「ある投稿」

自分のやり方を見つけなければ……と試行錯誤した結果、ある投稿が急に伸びたのです。それは夫への愚痴でした。あまり几帳面ではない夫は、キッチンに洗い物が溜まっていても気にすることがありません。自宅療養していたときはいつもキッチンが汚れていて、夫に何度も頼んでやっと洗ってくれるような状態だったのです。

そのころの様子を写真付きで愚痴として投稿したところ、急に閲覧数もコメント数も伸びました。

「これはありえません……奥さんが可哀想」

「私の夫もそうでした!」

「ほんと腹が立ちますよね!」

と共感を呼んだようです。これは、と思った妻Bさん。アカウントは病状を解説するものから「夫への愚痴」をいい続けるものへと変貌していきました。夫の様子を隠し撮りし、愚痴とともに投稿するのです。日ごろの配偶者への不満が溜まっている人は多いものです。そのような人が共感を示し、フォロワーが毎日のように増えていくようになりました。といっても、フォロワー数はまだ5,000人程度。これでは宣伝しても売り上げはわずかでしょう。

投稿はどんどん過激に…

そしてまた偶然、フォロワーが増えるきっかけがありました。妻Bさんが気まぐれで自分の姿を鏡の前で撮り、投稿してみたのです。自宅の中での普段着でしたが、なぜか男性のコメントが多く付きました。

「きれいです!」

「想像していた人と全然違いました!」

などというコメントとともにフォロワーがこれまで以上に増えました。フォロワーが増えるのはともかく、チヤホヤされて悪い気はしません。さらにまた際どいお色気写真を投稿してみたところ、それが本格的にバズったのです。こうして妻Bさんのアカウントは、夫の愚痴とお色気写真を交互に投稿するように。

フォロワーは3万人を超え、Bさんはますます過激化。夫の愚痴のネタがなくなると、今度は創作しはじめたのです。

「夫が浮気している、これが証拠」

「夫を尾行したら女性と食事をしていた」

など、すべて嘘でしたが、なにを投稿しても反応がよく人気が出ます。お色気画像に群がる中年男性達にとって、夫の愚痴をいう女性は隙があるように見えて魅力的なのでしょう。これで副業としても成り立つかもしれない、と思った妻Bさんですが、事態は最悪の方向へ。

夫が妻のアカウントに気づいてしまった

夫AさんはめったにSNSを見ない人でしたが、夫のアカウントと電話番号によって繋がってしまったのです。夫Aさんが見ると、そこには自分の陰口で盛り上がる姿と、謎にお色気を出した妻の写真が。

「これ、見ちゃったんだけど」夫は妻Bさんにそう問い詰めます。

「なんのためにこんなことをしているの?」妻Bさんは慌てて言い訳をします。副業のためだと力説するのですが、夫Aさんはこういいます。

「副業というならいくらか稼げているの」「まったく稼げていないよ……」と妻。

「それじゃあ、ただの嫌なアカウントだよね、これ。僕の悪口を言ってそんなに楽しい? 浮気しているとか嘘だよね。この浮気現場とかいう写真、一緒に食事に行ったときのやつじゃん……それと、たまに夜中にスマホをみてニヤニヤしているなとは思っていたけれど、ネットでこんな写真を出してオジサン達にチヤホヤされて喜んでいるなんて、いい年をしてどうかしているよ」。夫は冷静にこう続けます。

「収入が少ないと焦っているようだけど、世帯年収で考えたら決して貧乏ではないと思う。ファイナンシャルプランナーに2人で一度相談しようと考えていたところだった。僕は、支出を節約して貯金をしていけば、贅沢はできないけれどなんとかやっていけるはずだと思っているのだけれど」。そして妻Bさんの迷走した謎アカウントを閉鎖するよう伝えます。

Bさんはそのアカウントを伸ばしお金を得るために工夫したことを思い出して未練がありましたが、夫を不愉快にさせた以上は閉鎖もしかたないと受け入れました。副業というのは、そう簡単ではないようです。

最初にやるべきことは副業ではなく、家計の見直し

給料が増えない、手取りが下がっているということに焦るあまりに、副業やリスクの高い投資を始めようとする人は少なくありません。しかしその前に家計の収支を見直すことが最優先です。会社員である以上、年間の収入は決まっています。その枠のなかで生活をなんとかしなければなりません。

収入が減ったのならいままでの生活のなにかを捨てなければならないのは当然のことです。もちろん副業をして、年収を上げることでもっと豊かな生活を手に入れたいと思うのも当然のこと。しかし副業することが本業や健康、家族関係を脅かすようではまったくの無意味です。

もし本業に将来がないと思う、あるいは熱心になれないと思うのであれば転職したほうがいいはずです。本業に不満があるから副業をする、というだけでは、人生とお金に迷走するだけかもしれません。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)