番組プロデューサーの石井直人さん(右)とMCを担当する栗原望さん(左)
番組プロデューサーの石井直人さん(右)とMCを担当する栗原望さん(左)

今や全国に100万人以上いるとされる「ひきこもり」の人々。報道などでセンセーショナルに取り上げられることも多い当事者たちの実態について、その生の声をラジオで届けている貴重な番組が、NHKラジオ第1の『みんなでひきこもりラジオ』だ。

2020年5月に特別番組として不定期の放送が始まり、現在は月イチのレギュラー放送のほか、収録の模様をテレビでそのまま放映する『テレビでひきこもりラジオ』も好評を博するなど、じわじわと取り組みの輪を広げている。

報道でもドキュメンタリーでもない、この「ひきこもりの、ひきこもりによる、ひきこもりのための番組」(番組紹介文より)は、なぜ誕生したのか。そこにはどのような声が集まっているのか。番組プロデューサーの石井直人さん、MCを担当するNHKアナウンサーの栗原望さんにインタビューを行った記事を全3回にわたってお届けする(本記事は全3本の1本目)。

【画像】石井直人さんと栗原望さん

■毎回400通のメッセージが届く

――『みんなでひきこもりラジオ』はもともと、『クローズアップ現代』などで「ひきこもり」について特集を行っていた取材チームから生まれた企画だったそうですね。

石井 そうですね。彼らが取材をする中で、ひきこもりの人たちがラジオをかなり聞いているということがわかって。ラジオだったら当事者の方々が参加して、お互いのことを話すような場が作れるのではないかと企画を持ち込んでくれました。

私自身もラジオのプロデューサーとして、ひきこもりの人たちがラジオを聴いてくださっているとは知っていました。番組への投稿でもそういうことを書いてあるものがけっこうありますから。ただ、実際に『みんなでひきこもりラジオ』が始まってからは驚くことの連続です。メッセージの量もすごいし、送られてくる内容も私たちが知らない実態がたくさん書かれていて。

――第一回の放送からメッセージ投稿は多かった?

石井 多かったですね。

――毎回どのくらい?

栗原 今は400くらいですか。

石井 だいたい放送前にホームページから200、オンエア中に100、ハガキや封書も100くらいいただきますから、全部まとめると1回の放送でそのくらいの投稿はありますね。

――あまり世間と接点のないひきこもりの人たちは、どうやって番組が始まることを知ったのでしょう?

栗原 SNSでの発信のほか、それこそテレビでずっとやってきた取材活動もベースになっています。そこで知り合った家族会とか当事者会の方々に、「こういう番組を始めるので、よろしくお願いします」とお伝えして、みたいな。超アナログな宣伝ですよ。

石井 以前からテレビでもラジオでも、社会問題として報じるだけでなく、当事者の方に向けて、「ひきこもりについて悩んでいたら、ここに相談してください」といった発信はしていました。

しかし、『みんなでひきこもりラジオ』は、あくまで普通のラジオ番組としてメッセージを募集して、悩みを打ち明けてもらって、音楽リクエストを聞いて、という今までほとんどなかった、普通のラジオ番組の形式でしたから、どれだけうまくいくだろうかわからなかったのが正直なところです。でも、いざ始まったらこれだけ多くの声が集まった。それは番組を続けていくうえで大きかったですね。

栗原 あと、番組を企画するにあたっては、もうひとつ重要なきっかけがありました。先ほどお話した取材チームのディレクターのもとに、当事者の方からメールがあって。テレビは観られないけど、ラジオだったら聴けるので、ラジオにひきこもりの声を届けられる場を作ってほしいです、と。それでこういう番組を作ろうと思ったそうです。そういう意味でも、当事者が求めていた番組だったから、ここまでやってこられたのかなと思います。

――テレビが苦手という方はひきこもりに多い?

栗原 明るくてガヤガヤしている雰囲気がちょっと......という方は多いみたいですね。

石井 ラジオは声だけなので、聴く側が距離感を調節しやすいというのはありますよね。『ラジオ深夜便』のように幅広い年代の方に聴いていただける番組があるのは、そういうことなのだと思います。

■庭掃除して100円もらう日々

――番組に届くメッセージですが、意外なことにいまだに紙の投書もかなりあるとか。

栗原 むしろどんどん増えています。

石井 ラジオも今やネットの時代なので、初期の放送では郵便の宛先を言ってなかったんです。でも放送が始まったら、パソコンもスマホもないって方から投書が来るので、宛先もお伝えするようにして。そうしたら一気に増えました。

――ということは、radikoではなく、ラジオ機器で聴いている方がけっこう......。

石井 かなりの割合でいらっしゃいます。でも、意外ではなかったですね。スマホを持っていても最低限の契約内容でしょうし。それにお手紙のほうが自分の気持ちを伝えやすいって方もいて。

栗原 筆圧を見るだけでも、すごいエネルギーで書かれているのがわかります。冊子みたいにして送ってくださる方もいますね。

――ひきこもりについて、よく「働かずにいられる恵まれた環境で......」みたいに批判されることがありますが、ネットにアクセスすらできない人が珍しくないのであれば、実態としては半ば自分で自分を牢獄に閉じ込めているような、かなり厳しい状況にあるということですよね。

栗原 まさにそういった批判はいまだにあると思います。でも僕がはっきり言いたいのは、番組でお話を聞けば聞くほど、ひきこもりの方々は厳しい状況で生きる人たちなのだということです。

例えば、「普段の食事」をテーマにメッセージを募集するとわかるんですが、よくあるのが「ラップに包んだご飯をチンして食べています」というもので。

――おかずもなしで?

栗原 それだけです。ほかには「庭掃除したら100円もらえるので、それでメロンパンを買って食べています」とか。だから、極めて過酷な状況で生きている。さらには、どのメッセージからも、「死にたい」っていう希死念慮が透けて見えるんです。死にたいほどつらい人がとても多い。楽をしたいからというだけでひきこもり続けているわけではないんですね。

学校でいじめられた、職場でパワハラされた、病気になった、そういったさまざまな要因があってひきこもっている。番組でメッセージを読んでいると、そういった経験がありながらも、なんとかそれでも生きようとじっと身を守っているという実像が見えてきます。

石井 ひきこもりの人たちもずっと何もしなかったわけではなく、何回も就職活動したのに、採用にいたらなかったという人もいます。あるいは年齢を重ねてから病気などで退職してしまい、再就職しようとしたけど、どこも採用してくれずにひきこもることになってしまった。そういう人もいるんです。働きたかったのにできなかったという人もいる。それぞれ事情も状況も異なるのだから、「ひきこもり」をまとめて「甘えだ」って批判するのは、ちょっと違うんじゃないかと思います。

栗原 これはメディアもそうですが、僕らは社会課題の当事者をステレオタイプ化して、大雑把に把握してしまいがちです。本当は人の数だけ現実がある。そのことを社会として捉えられていないんだなと、この番組で実感しました。だからこそ、多様な声を届ける放送が大切なんです。

■なぜメッセージをひたすら読むのか

――栗原さんは初回からMCを務めていますが、ひきこもり問題を報じるのではなく、ひきこもりの方に向けた番組という珍しい内容で、ここまで続くとは思っていましたか?

栗原 いや、全然思っていなかったです(笑)。特番時代なんて、次の放送は決まっていても、その次は不透明という状況が続いていましたから。ただ、毎回の反響の大きさを受けて、「これは続けていかなきゃならない番組だ」とは思っていました。でも、「そのために何か新しいことをしなきゃいけない」というのはなくて。

放送って、番組を続けるために「もっと大きな展開を」と考えがちなんです。でも『みんなでひきこもりラジオ』に関しては、奇をてらうのではなく、「とにかく続けること」を僕の中で最上位にしています。

――普通の番組なら聴取率を上げるためにいろいろ企画を考えると思いますが、『みんなでひきこもりラジオ』は放送回を重ねるほどシンプルな構成になっていったように感じます。送られてきたメッセージを栗原さんが読み、合間にリクエスト曲がかかる。たまに当事者のリスナーと電話もしますが、ほぼそれだけと言っていい番組です。なぜ、この形式にたどり着いたのでしょう?

栗原 それは僕なりの考えがあります。普段は報道のアナウンサーなのですが、取材の現場で必要とされるのは何よりも相手との信頼関係だと思っていて。アメリカでは「エンゲージド・ジャーナリズム」という新しい報道のあり方として注目されていますが、それは要するに、一方的に相手の話を伝えるのではなく、市民と信頼関係を作ることで、社会課題の当事者の声を反映した報道を行い、それによって世の中を変えていくという取り組みです。『みんなでひきこもりラジオ』はまさにその実践の一つではないかと思っています。

あまり大っぴらに、「これは新しい取り組みです」なんて言うつもりはないですが、当事者の声が泉のように湧き上がってくる場は、報道にとって極めて大切なものです。だから、数字を意識して内容を変えてしまっては、本来の目的からしても違う気がして。僕らの組織(NHK)の目標は、放送によって民主主義を活発にしていくことにあります。そういった目標には合致しているので、これでいいってことになっているんじゃないかって。そう勝手に思っています。

石井 私たちは社会課題をジャーナリズムとしていかに伝えていくかと日々考えていますが、そもそものところでは、まず声をあげてくれる人たちがいて、その声を伝えるからこそNHKに公共放送としての意義があるのだと思います。

もちろん、今の状況がベストだとは思っていません。まだ番組を知らない人はいっぱいいて、その人たちが参加しやすい場づくりをもっと考えていかないといけない。ただ、NHKの職員はみんな、「こういう番組はあったほうがいい」と思っているはずですよ。そうじゃなかったらNHKじゃないよねとは、みんな思うはずです。

――ありがとうございます。次回の記事では栗原さんがMCに抜擢された理由について迫ります!

■みんなでひきこもりラジオ
【放送】NHK・R1 毎月最終金曜 夜8時5分から
聴き逃し:放送後1週間「らじる★らじる
https://www.nhk.or.jp/radio/

取材・文/小山田裕哉 撮影/榊 智朗

番組プロデューサーの石井直人さんとMCを担当する栗原望さん