「猫目荘のまかないごはん」(伽古屋圭市/KADOKAWA) 第2回【全5回】

昭和の香り漂う古びた木造の下宿屋「猫目荘」。引越し先を探していた降矢伊緒は友人に猫目荘を紹介してもらい、1日2食のまかない付きにひかれて、内見もせず入居を決めてしまう。入居当日、まかないを食べに食堂に集まった住人たちは個性的な人ばかり。建物のボロさと、これからの彼らとの共同生活を思いため息が出ていた。しかし、ふたりの男性大家が作るクリームシチューや豚キムチなどにひと手間加えたまかない料理は伊緒を心から幸せにしてくれて…。「猫目荘のまかないごはん」は伊緒と住人たちが織りなす、美味しくて心が温まるお話。

※2023年10月8日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です

午後7時、猫目荘で迎える初めてのまかない。

最初に大家と話をした1階奥の台所兼食堂で、初めてわたしはほかの住人の姿を見ることとなった。

最初にやってきたのは、40代後半と思しき女性。挨拶も短く簡潔で、物静かな、落ち着いた人物に思えた。恰好も、発する雰囲気も、ひどくかっちりした印象を受ける。少なくとも今日見た住人のなかでは、結果的に彼女がいちばんの年嵩であった。

次にやってきたのも女性。歳はおそらくわたしと大きく変わらない30前後。アシンメトリーな髪型で、左サイドだけを刈り上げていた。ジャージ系のラフな恰好だったが、全身からおしゃれ感が漂っている。大家とも親しげに会話していて、社交的な人物のようだ。

3番目は男。20代のような30代のような、いまひとつ年齢を摑みにくい人物で、声を聞いて、彼が隣室のユーチューバー(仮)だとわかった。心に太陽を飼っているのではと思えるほど陽気さに満ちた人物で、髪型はマンバン。髪を後頭部でまとめた、サムライヘアとも呼ばれるものだ。

最後にやってきたのは大学生だろうか、20歳前後と思えるひときわ若い男。身長は160センチ弱のわたしとほとんど変わらないものの、凜とした佇まいで、ドキッとするほど端整な顔立ちをしていた。彼も挨拶以外はほとんど言葉を発さず、自分の世界に籠もっている印象を受けた。

明確な説明はなかったものの、どうやらこれで全員っぽかった。

2階にある居室は6つ。いまここにいる住人はわたしを入れて5人なので、ひとつは空き部屋なのかもしれない。

集まった住人を見て、若い人が多いな、という印象を受けた。六畳一間の下宿屋だから、住むのは単身者ばかりだろう。そう考えると特段不思議ではないのだが、建物の雰囲気からか、なんとなく年配の住人が多いような気がしていたのだ。

住人が食堂にやってくるたび、大家の小金井がわたしを紹介してくれて全員と挨拶は交わしたものの、借りてきた猫のようになってしまう。頭も終始ふわふわとしていて、聞いたはずの名前もさっぱり覚えられなかった。

わたしは極度のコミュ障というわけではないが、見知らぬ他人とすぐに打ち解けられる陽キャラでもない。アパレル店員に話しかけられることくらいは平気だし、うまくあしらうことができるが、やっぱり慣れない場所は緊張するし、初めての店に入るのは躊躇する。外食はいつも同じ店に通い、店員に覚えられたり話しかけられたりしたらめんどくさいなと感じ、足が遠のいてしまうタイプ。

お昼に座ったときには大きいと感じたテーブルも、見知らぬ他人と食をともにするには狭すぎる。しかもわたし以外はみんな見知った仲である。初めて行った食堂の4人テーブルで、三人連れと相席になった居心地の悪さ、いたたまれなさに似ている。

そもそもわたしは見知らぬ他人といっしょに食事をすることが苦手だった。不安を感じ、変な緊張を覚えてしまう。

大人になってから「会食恐怖症」という症状を知って、得心した。

もっともわたしの場合は「苦手」の範疇であり、日常生活に支障が出るほどひどいものではない。会社員時代も折り合いはつけることはできていて、周りに気づかれることもなかったはずである。とはいえ可能なかぎり他人との会食を避けていたのは事実だ。

原因はなんとなく想像はついている。子どものころ食事の席で、両親からよく叱られたからだ。箸の持ち方、迷い箸やねぶり箸などのマナーや、偏食について。それも優しく躾けるのではなく、かなり強い口調で叱られた。だから箸の持ち方はちゃんとしてるし、マナーも身についている。そうとわかっていても、よほど気心の知れた相手でないかぎり、誰かといっしょの食事は気持ちに余裕がなくなる。

食堂に入ってからずっと、わたしは緊張と不安に包まれ、食べる前から早く帰りたいと考えていた。

なにをいまさら、という感じではあるし、自分でもそう思う。

まかない付き、という言葉に無条件で「いいね!」と食いついたものの、ここに来るまで具体的なイメージをまるで抱いていなかった。下宿屋というワードは聞いた気はするし、であればこの状況は想像できたはずだ。それにしたって、こんな狭いテーブルで身を寄せ合って食べるとは思わなかった。

これじゃまるで――家族――じゃないか。

わたしの戸惑いなどお構いなしに、席に着いた順に大家の手によってまかないが振る舞われる。

もちろんリクエストどおり、本日のまかないはカレーライスである。しかし、このこともわたしの心を暗くしていた。

リクエストしたときはなにも考えていなかったが、ほかの住人は、わたしが入居日特権でカレーライスを希望したと知っているはずだ。わたしのときからはじまった制度ではないだろう。

せっかく自由に好きな料理を頼めるのに、「もっとええもん頼めや」と思われているのではないか。「なんでカレーやねん。小学生ちゃうねんから」と心のなかで思っているのではないか。

アシンメトリーの女は華やいだ声で「お、カレーじゃん!」とはしゃぎ、陽気なユーチューバー(仮)にこにこ顔で「匂いで気づいてたよ!」と喜んでいたけれど、どこまで本心かはわからない。

実際わたし自身が、もっといいもん頼めばよかったな、と思っているくらいだ。

ひととおり挨拶を終え、わたしも席について食事に取りかかる。メニューは大きめ具材がごろごろとたっぷり入った野菜カレー。

昼間、大家に語ったことに噓はなく、わたしはカレーが大好物だ。ただ、具材のなかにある野菜を見つけて、わたしはそっと眉をひそめた。グリーンアスパラガスが入っている。

わたしはどうにもアスパラガスが苦手だ。食べられないことはないものの、なるべくなら避けて通りたい食材である。食感もそうだし、あの青臭さがどうにも受け付けられない。野菜カレーだとしても普通アスパラガスなんて入れるだろうかと、ちょっと腹が立つ。

とはいえ昼間に好き嫌いはないと答えた手前、いまさらアスパラガスが苦手なんですとも言い出しにくい。実際、我慢すれば食べられないこともない。

誰しも〝食べられない〞と〝できれば食べたくない〞のあいだにある、境界の曖昧な食材は存在するのではないだろうか。明確に線引きはできないし、大家にどこまで伝えるべきかが難しい。

ほかの具材と合わせて、ごまかすようにアスパラガスを食した。カレーのおかげでかなりましだったけれど、青臭さが完全に消えるわけでもない。なるべく嚙まずに吞み込む。

暗い気持ちで食事を進めるわたしをよそに、食卓では軽快に会話が行き交っていた。ただし話しているのは大家のふたり、アシンメトリーの女、陽気なユーチューバー(仮)の4人にかぎられている。40代の落ち着いた女性、大学生らしき凜とした男は我関せずといった様子で黙々と食事をしていた。わたしに話しかけてくる人もいない。

その点は気楽だったけれど、なんだかいろいろ想像とは違って、カレーもちゃんと味わえなかった。義務的に胃に流し込み、とっとと食事を終えることばかり考えていた。

たしかに想像力が足りていなかったのはあると思う。

でもとにかく猫目荘に対する「思ってたんと違う」という違和感、あるいはストレスは、その後も膨らみつづけることとなった。

「猫目荘のまかないごはん(角川文庫)」(KADOKAWA)