小学校低学年の時、放課後にあそぶ友達もいなかった私はとにかく退屈していた。毎日少しずつ楽しみに読み進めていた月刊少女漫画誌も読み終えてしまい、まだ明るい時間から月9が始まるまでの時間をやり過ごすことは小学生にとって苦痛だ。
おやつにチョコパイを一箱抱えて、お父さんのDVDボックスを散策し、たまたま手に取った1本が『タイタニック』だった。この作品との出会いが私をこじらせたと言っても過言ではない。
みなさん知っての通り、1900年代豪華客船タイタニックで貧乏な絵描きの青年ジャックと上流階級の娘ローズが劇的な恋に落ちる話。
盛大なネタバレになってしまうので本当は避けたいところだが、実際に船が氷山に衝突し沈没するまでの2時間40分に合わせて物語が進んでいく。最後まで演奏する手を止めなかった音楽家、最期までベッドの上で抱き合う老夫婦、頭にこびりついて離れない名シーンの数々。そして幼い私は、若かりし頃のレオナルド・ディカプリオを一目見て恋に落ちた。画面越しに恋に落ちたのはアンパンマンの愉快な仲間・しょくぱんまん以来だった。
同志はいらっしゃいますか? あの人、本当にずるいですよね。もうそれからはクラスで一番人気者の男子ですらポテトにしか見えなくなっちゃって、大変だった。
おかげさまで、女子同士の恋バナに1ミリも理解を示すことができず、20年ほど経った今でも恋愛話が苦手なまま。一箱食べ切ったチョコパイのせいかディカプリオの美貌のせいなのか危うく鼻血が出そうになったあの日のことは今でも忘れられない。就職活動のエントリーシートでも好きな作品を聞かれたら真っ先に『タイタニック』と答えるほど愛した作品だった。もちろん今でも大好きだ。
しかし、大人になると事情は複雑で『タイタニック』を見られなくなってしまった時期が2度ほど訪れた。
まず一つ目は、韓国の留学生が教えてくれたタイタニック飲酒だ。
大きめのジョッキにビールが程よく注がれていてさらにそのジョッキの中にひとまわり小さいサイズのグラスが浮かんでいる。そこにチャミスルのような焼酎を順番に注ぎ、最終的にビールの海へ沈没させてしまった人が負けというゲームだった。
黒ひげ危機一発以上の緊張が走るゲームは、はじめて。セリーヌ・ディオンの『My Heart Will Go On』をBGMに注がれていく酒。サビに行く前にすでに表面張力ぎりぎりのグラス。体育祭で走る種目で「位置についてよーいドン!」の掛け声にすら耐え切れない私の手は小刻みに震えていた。
ぽちゃん。この時はじめてタイタニックの恐ろしさを痛感した。
涙なのか酒なのかわからないほどの一滴がグラスにきらりと注がれた瞬間、勢いよく沈んでいくグラス。ジャックーーー!! 沈みきった後に混ざり合うビールと焼酎。ジャックとローズとは真逆で、絶対に結ばれてほしくないふたりが出会ってしまったのだ。
私は、ジャックもローズも肝臓も救うことはできなかった。壮大な海を前にして鳥肌がたった。これはあかん。黄金色のビールに甘ったるい果実が香る焼酎によって完成したちゃんぽんは、確実に激しい嵐のような二日酔いを巻き起こす。リズムゲームのように襲いかかる胃痛の津波。私を救い出してくれるディカプリオは残念ながら見つからなくて100年の恋も冷めていった。
続けて、また懲りずにビールが登場するわけですが二つ目は二郎系ラーメン屋さんでの出来事。
その日はとにかく何もしていなかったけどお腹が空いていてぺこぺこだった。極限の空腹状態の時って、無限になんでも食べられてしまうという錯覚に陥ってしまう。寝巻きのまま何も考えずに家を出たから、自分が古着屋で買ったディカプリオが堂々とプリントされたTシャツを着ていることを忘れていたのだった。流石に恥ずかしくて、カウンター式じゃないファミレスとかはきついなぁ…と思い二郎系ラーメン屋に入店。
そこで私は過ちを犯してしまったのだった。
まず、ビールと餃子を注文。ダンス終わりにぐびぐびっとジャックとローズが飲み干したあの黒ビールは置いていなかったので、みんながよく知る黄金色のビール。そして到着した餃子。エクレアみたいな大きさの餃子が皿に4個ずっしりと構えていた。宇都宮、またの名を餃子王国出身の私でも見たことがない大きさだ。もう面構えが違う。がぶっとかぶりつくと、「小籠包?」と疑う量の肉汁がぶっしゃぁ広がった。
車の中に隠れたジャックとローズふたりの熱気で車の窓ガラスが曇った時のようにめがねが曇る。あまりに熱すぎて己を見失う前にビールでぐいっと流し込むを繰り返すこと4回。餃子の名残りでまだ口内はアツアツなのに私は震えていた。
「ビール飲みたいなぁ〜。あっ! 餃子も頼んじゃお♪」
そんな軽い気持ちで注文してしまったが、その後のラーメンのことを何も考えていなかったのだ。しかも、ニンニクアブラヤサイマシマシという『タイタニック』のエンドロールに並んでいてもおかしくない横文字の呪文を唱えてしまったなんて口が裂けても言えない。当初まだ覚えたての呪文だったので調子に乗ってかっこつけようとしてしまったのかもしれない。
餃子を食べる前までの胃袋は無限だったけど、もう有限になっていた。
スープの死海に浮かぶもやしとキャベツによる氷山。食欲が完全に沈みきる前にもやしを片っ端から処理していく。シャクシャクと鳴り響く虚無。この時はまだこんもり盛られた野菜と麺の位置をくるっと入れ替える「天地返し」という技を習得していなかったので、味のしない素材のままの野菜をうさぎのごとく食べ進めた。
食べても食べても麺が見つからず、ようやく箸で麺をサルベージ。この時、すでに胃の中でビールと野菜が集合して水分量がなんかもうすごいことになっている。
気付けば私は泣いていた。腹パンで。大好きなドラマで「泣きながらご飯食べたひとは生きていけます」という台詞があったけど、泣き飯にこれも入るのだろうか。
さらに問題がひとつ。野菜のタイムアタック中に麺がスープを吸って巨大化していたのだ。
すすってもすすってもなくならない。ラーメンが無限になっていたのだ。まさに永久機関。お酢による味変にはだいぶ助けられた。今でも恩人だと思って、毎回必ずお酢を多めに入れている。それでも完全には、麺たちを消し去ることができなかった。サボテンのトゲがお腹に刺さったらぴゅーっと全てが出ていきそうなほど限界を迎えていた。しかし、残したらブチギレられるとネットで見たことがあったのでどうしよう…と目の前が真っ暗になった。
最終的に、どうしても食べ切れなかった残りをバレないようにスープの死海に見えないようにタイタニックさせることを決意。まるで死体を埋めているようなどんよりとした罪悪感と自分へのやるせなさに気持ちはバッドエンド。あれから絶対、余計なコールはしないように心がけています。
酒村、猛省。
今回もディカプリオは、Tシャツ越しに微笑んでいるだけで何も助けてくれなかったと勝手に失望した。今でもニンニクが匂うたびに、彼のことを思い出す。
みなさんは泣きながら二郎を食べたことはありますか? もしかしたらこの先、ひょんなことから泣きながら二郎をすする未来が訪れるかもしれません。そんな時は、タイタニック技を使ってみてください。ジャックは、ローズを救い出すためにタイタニックに乗り込んだタイムリーパー説も浮上しているけど、私もこの文章を読んでくれた誰かを救う未来があればいいなと思ってます。
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