部下の指導に悩み、苦労しているビジネスパーソンは多いでしょう。かつての終身雇用年功序列がなくなりつつあるいま、部下は必ずしも上司の思惑どおりに行動するわけでなく、組織へのロイヤリティや共同体感覚が強い人も少ないのが現状です。このようななかで自分の部下を伸ばすには、どうすればよいのでしょうか。本記事では、上司が部下を伸ばすための「褒め方」についてアナウンサーの樋田かおり氏が解説します。

褒め上手な上司がさりげなくやっていること

“褒め上手”と聞いて思い出すのは、筆者が駆け出しの経営者であったころ、先輩起業家として何度か近況を報告したことのある方です。

あるとき、「今月は新規で〇件のお客様が決まりました」と伝えたところ、即座に「おお! すごいじゃん!」と喜びをわかち合ってくれました。そして、「初めましての相手にもすぐに心を開かせるよさがありますよね」と筆者の営業スタイルのよいと感じる点を具体的にあげて褒めてくれます。

さらに、「以前イベントを回って、たくさんの経営者と名刺交換をしていましたよね。その積み重ねが、結果として表れたんですね」と過去に話したことに触れながら、成果につながった理由も挙げてくださいました。

このように、褒め言葉に「具体的によかった点」と「過去の行動との紐づけ」という裏づけの言葉を加えるのは、”褒め上手”な上司が自然にやっていることです。

褒め言葉に「裏づけ」を加えられるようになるには

”褒め上手”の言葉を形にしたものが、会社のMVP表彰です。社員に成績優秀賞やバリュー賞などを授与する際、「具体的になにがよかったか」「その行動が周囲にどのような影響を与えたか」といった授賞理由を添えると思います。

普段の褒め方も、これと同じです。部下を褒めるのが苦手な方は脳内で表彰式をイメージし、授賞理由を言葉で伝えてみてください。最初は大袈裟だと感じるかもしれませんが、褒め言葉に裏づけを加えることができるようになります。

効果的な全体褒め、第三者褒め

”褒め上手”な上司は、複数の褒め方や褒め言葉を使っています。

若手の育成が上手なある人材会社の管理職の方は、毎週の定例ミーティングの冒頭をメンバーのポジティブな行動を褒める時間と決めているそうです。営業実績などの成果は全体の場で発表されるのに対し、成果につながったメンバーの日常の行動は埋もれてしまいがちです。そこで、メンバーを個別に褒めたあと、改めて全体の場で褒めるのです。

このような”全体褒め”のときは、「あの行動がよかった」とメンバーに共有するような言い方が効果的です。たとえば、

「〇〇さんがフォローメールで具体的な提案をいくつも挙げていたことが、顧客のリピートにつながったと思います」

上記のようなイメージです。本人はチームに貢献できたことを感じ、チームメンバーは望ましい行動を理解することができます。

また、他者の声を使って褒める”第三者褒め”も、効果的です。  

「お客様から〇〇さんのおかげで毎月助かっているという声を聞きました」

「別の部署の人が『〇〇さんの企画書を見習いたい』といってましたよ」

上記のように、第三者の評価を使って間接的に部下を褒めるのです。部下は直接褒められるよりも喜びが大きくなり、褒めてくれた第三者に対しても、それを伝えてくれた上司に対しても、好意的な感情を抱きます。

褒める前に「承認」する

褒め言葉で部下を伸ばすために、”褒め上手”な人が日ごろからやっていることがあります。それは相手を「承認」する声かけです。

たとえば、挨拶をする、名前を呼ぶ、持ち物を褒める、「今日は元気ない?」と声を掛ける、「それ、いいね」と共感する、「お疲れ様」とねぎらう、などのちょっとした言葉かけを通して部下の存在や行動を承認しているのです。これを行うには、日ごろから相手をよく見ていることが必要です。

ある”褒め上手”な社長は約800人いる社員全員の誕生日を覚え、声を掛けているそうです。さらにその人のいいところを見つけ、「整頓が上手ですよね」などと言葉で伝えているといいます。

また、育成の達人と呼ばれた野球監督からは、選手がベンチに戻るときの後ろ姿や歩き方を観察していたと聞きました。エラーをしても走って戻る人、下を向いてとぼとぼと歩く人と、選手によってさまざまで、気持ちや向き合い方が表れているそうです。

ビジネスシーンでも同じです。部下がどのような姿勢で仕事に臨んでいるかは、日常の姿や行動にあふれています。上司の役割はこれを観察し、承認することです。そうすることで、褒め言葉が効果を発揮するのです。

部下のやる気を上げる「3つの“す”」

”褒め上手”になる第一歩として、日常の声かけについてご紹介します。

褒め言葉として「さ行」の5つの言葉(さすが、知らなかった、すごい、センスある、そうなんだ)が知られています。筆者は褒め慣れていない上司にはもっとシンプルに、「すごい」「すばらしい」「さすが」の3つをお勧めしています。「さ行」の3つ、または「さすが」の「す」をとって3つの「す」と覚えてください。

部下から商談のアポが取れたと聞いたら、「すごい!」。部下が作った資料を見て、「すばらしい」。トラブル対応をスムーズに終えた部下に、「さすがだね!」。ポイントはあいさつをするくらいの自然さで即座に反応して伝えること、目線を合わせて伝えることです。チャットの場合は、目線の代わりに名前を呼びかけて伝えます。

このあと、裏づけの言葉を添えることを忘れないでください。  

部下のやる気を下げる「3つの“ま”」

一方、部下のやる気を下げる言葉に3つの「ま」があります。「まだ?」「また?」「任せた」です。

優秀な上司ほど「部下も自分と同じようにできて当たり前」と考えてしまいます。そのため、部下の仕事の進み具合が遅かったり、部下が同じミスを繰り返したりすると、悪気なく「え! まだ、できていない?」「え! また?」などと言ってしまいがちです。部下は自身を否定された気持ちになり、困りごとを相談する気も失せます。

また、「任せた」は一見、部下を信頼するいい声かけに聞こえますが、経験の浅い若手メンバーにとっては見放されたような言葉に感じるものです。

部下のやる気を上げるのも、下げるのも、上司の言葉かけ次第です。上司の言葉から、部下が「期待されていない」と感じ取り、モチベーションを下げた結果、離職につながることもあり得ます。ぜひ、日ごろの声掛けを見直し、部下を伸ばす”褒め上手”を目指してください。  

樋田 かおり

株式会社トークナビ

代表取締役/アナウンサー

(※写真はイメージです/PIXTA)